文=後藤勝

小野伸二も認めた存在感

 まもなく16歳となる2001年生まれの久保建英は高校1年生。本来ならU-17ワールドカップに出場するべき年齢だが、飛び級でU-20ワールドカップに出場するU-20日本代表に選出されている。もしも、5月20日に開幕する同大会の決勝ラウンド1回戦を突破すれば、準々決勝が開催されるタイミングで6月4日の誕生日を迎えることになる。

 飛び級でプレーしているのは年代別代表だけではない。所属クラブであるFC東京の下部組織「FC東京U-18」では、1年生ながら3年生中心のAチームで先発メンバーに入っている。それどころか2種登録選手として「FC東京U-23」が参加するプロのJ3リーグでもこの半年間、出場を重ねている。J1のカテゴリーでデビューを果たすのも時間の問題と考えられていたが、5月3日、ついにその日を迎えた。J1リーグではなくルヴァンカップだが、日本代表の髙萩洋次郎、森重真人、林彰洋を擁するトップチームの一員として、小野伸二が先発した北海道コンサドーレ札幌を相手に30分間プレーした。

 このときの久保についての評価は小野の言葉が正鵠を射ている。「ゴールしちゃうんじゃないかというオーラが出ていた。非常に堂々としていた感じが頼もしく見えました」と褒めつつ、具体的なプレーを問われると「今日に限っては、そこまで披露できていない。多分、少し遠慮もあったと思うんですけど、U-23の試合やユース代表になったら、また違うものが見えてくると思う」と答えている。

 清水商業高校時代、史上稀に見る天才と謳われ、年代別代表の王様でありつづけていた小野の言葉には真実味があった。

 久保のファーストタッチは後半21分にピッチに入ってから1分後。左足でシュートを放つが、至近距離でブロックされた。29分には左の中島翔哉からのパスをさらに右の阿部拓馬へと経由させ、32分にはピーター・ウタカから受けたパスをつなぎ、42分にもピーター・ウタカとパスを交換したが、真に決定的なチャンスに絡んだのは、39分に阿部のパスを受けて倒されながらシュートを撃った場面と、そこで得た直接フリーキックを41分に自ら蹴った場面の2回のみ。

 大きなインパクトは残していない。しかし大人に混じってプロの試合を平然とこなしていたこと自体が驚異的であり、能力の高さは十分にわかった――そんなところだろう。

この1年で描いた大きな成長曲線

©Getty Images

 1年と2カ月半前の2016年2月18日、中学2年生(新3年生)だった久保は、高校生のチームであるFC東京U-18に組み込まれ、駒沢オリンピック公園総合運動場第二球技場で、関東第一高校を相手にT1リーグ(東京1部)の開幕戦を戦っていた。FC東京U-18は高円宮杯では最上位のプレミアリーグに参加しているチームであり、T1リーグはBチームの試合だが、先発ではなく、後半19分からの途中出場。後半23分、左コーナーキックからのこぼれ球を強烈に撃ってスタンドをうならせたのはさすがだった。しかし背は小さく、スピードもなく、守備面では迫力不足。中村忠FC東京U-18コーチ(現トップチームコーチ兼U-23監督)に、「追ってみろ! タケフサ! 獲れるよ! 獲れるよ!」とけしかけられ、おぼつかない様子でプレッシャーをかけるのが精一杯だった。よちよち歩きもいいところで、もし、あの時点でトップチームの試合に出すなどと提案したら、痴れ者扱いされていただろう。

 しかし、その後の1年間で久保は大きく成長した。

 4月2日に江東区・夢の島競技場で開催されたJ3第4節「FC東京U-23vs.鹿児島ユナイテッドFC」の試合後、FC東京の大金直樹社長に今後の方針を訊ねると、「(久保は)J3をベースにやっていく。一番の目的は上のレベルでどんどんやっていくということ。(久保)建英だけでなく、(久保と同じFC東京U-18の)平川怜、小林幹もそうです」と明言した。

 この試合で、久保はプレスバックして鹿児島の田中秀人を吹っ飛ばしていた。体力面での問題がなくなり、過剰な保護を必要としない段階に到達しているのは明らかだった。

 20日後の4月22日には、久保が連休中にトップチームの試合に出場することが判明、いっせいにその事実が報道された。このときまでに強化部は篠田善之監督をはじめとするトップチームの現場と話し合いを重ね、J1の水準でプレーできる状態にあることを確認し合っていた。ただ、試合直前の週のトレーニングに参加できなければ、トップチームの試合には出られない。U-20ワールドカップに出発する前に、学業に差し支えないようトップチームの全体練習に参加することができる時期は、ゴールデンウイークだけだった。

 立石敬之GMは「彼の特長はゴールとアシスト。ゴールに直結するプレーがある一定の水準を超えている。大事にしていきたいが、高校生になったので、そういった環境でやらせないといけないと考えている」と言っていた。

 翌4月23日、久保はFC東京U-18vs.市立船橋高校の高円宮杯プレミアリーグにフル出場し、90分間、鬼のようなプレッシングを続けていた。その姿が、立石GMの言葉を裏付けていた。

 補助輪はもういらない。そういうことなのだろう。

 しかし取り扱いは慎重で、準備は周到だった。

 篠田監督は21歳以下の選手の中でも久保は上位の実力を持つと高く評価していたが、同時に15歳に対する気遣いも見せていた。久保が全体練習に合流した初日である4月28日、トップチームの主力は練習場の奥のコートでトレーニングメニューをこなし、ファンもメディアも見学場所は手前のコートに設定され、接近は制限された。それ自体が特別扱いになってしまうのは承知のうえだったろう。久保をチームになじませると同時に、トップでの試合出場が可能かどうか、最終的にGOサインを出せるかどうかをじっくりと見極めなければならなかったことを考えれば、妥当な措置だった。

15歳の久保が持つ、突出した能力とは

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 4月30日、J3第6節「AC長野パルセイロvs.FC東京U-23」に出場した久保は、中二日の調整でコンディションを十分なものとし、5月3日のルヴァンカップグループステージ第4節で大人の仲間入りを果たした。

 久保の良いところは賢さ。自分の内側も、外側の世界で起きていることも、すべてを把握して物事に当たっている。だから落ち着いて、小野が言うところの「堂々とした」プレーができる。

 5月2日、U-20日本代表選出に関する囲み取材で、久保は「小川(航基/ジュビロ磐田)選手、岩崎(悠人/京都サンガF.C.)選手、堂安(律/ガンバ大阪)選手、いろいろな選手がゴールを決めて調子を上げてきていたので、正直“これでは(実績が)足りないのではないか”という思いがありましたけれども、選ばれてホッとしています」と言っていた。

 自信はある。しかし他者の評価はそんな自己評価とは関係なく、実績によって決まるのだということを、久保はこの年齢で理解しているのだ。

 実績で言えば、ルヴァンカップGS第3節でハットトリックを決めてFC東京を下した小川のほうが上だ。久保の評価が高いのは、彼がまだ15歳で、19歳になったときには小川たち以上の存在になっているかもしれないという期待値が含まれているからだろう。もし成長が滞ればそのアドバンテージはなくなり、神童はただのひとになる。久保自身、3日の試合後に「いまの時点でほかの同年代の選手より半歩くらい前にいると思う。スタートが早いだけじゃなく、このまま失速せずにどんどん上に行きたい」という言葉を残している。日々の修練を欠かせば脱落するという点では、ほかの若者たちと変わりはない。

 彼の思考力を推察するために、2日のU-20日本代表選出時の囲み取材と、3日のルヴァンカップ後の囲み取材で、ひとつずつ質問をした。それらの答えは、いずれも久保が具体的、論理的な思考を得意としていることがわかるものだった。

 2日には「上位のカテゴリーで相手が強くなり、試合の難度そして決定機の難度が上がったとき、いかにゴールを決めるか」と訊ねた。久保はこう答えた。

「正直、どのようなゴールでも1点は1点なので、泥臭くこぼれ球を決めたり、切り返して左だったりとか、かたちを問わず貪欲にゴールを狙っていきたい」

 J3やプレミアでやっているとおりにできないのであれば、それでも勝てる方法を探す考え方をしているということ。スタイルに拘泥しない潔さがあることも同時にわかる。

 3日には「(ユースの)プレミアでは90分間、強いプレスをかけられるが、J1ではどうなると思うか」と訊ねた。久保は次のように答えた。

「J1とプレミアだとどうしても体格差がある。体格差が問題ではなかったとしても精神的なもの、戦術のところも含めて、一回のプレスを全力でやったあとに、次のプレスをまたかけるというのは、息が続かないってわけじゃないですけど、J1だと難しいな、と。プレミアだと全然、何回でも行けるんですけど、Jリーグになってくるとまだそういうのは困難だなって思いました」

「自分にできることとできないことがわかっている」とは、内山篤U-20日本代表監督の久保に対する評価だが、まさにそれがわかっているからこそ、試合ごと、局面ごとに、何をすればいいかを把握している。

 今後、久保がさらに成長するためにどうすればいいかを問われた小野も「バルセロナでもともとやってきた選手だから、何をしないといけないかは彼自身がよくわかっていると思う」と言っていた。自助努力で自身を成長させられる力こそが、久保の最大の長所と言えるのかもしれない。

 U-20ワールドカップから帰国するとき、久保は20歳以下のJリーガーとすっかり肩を並べる存在となっているはずだ。おそらくJ3とプレミアを主戦場としながら、J1での出場機会をうかがうことになるだろう。だが、スケジュールさえ許せば、トップチームに合流する機会が増えるかもしれない。篠田監督の「これからたくさん高いレベルの試合で彼の姿を見られると思う」という言葉も、その近未来を想像してのことだろう。

 3日の試合後にカメラマンが殺到した事態を鑑みれば、警備や取材体制の課題は残るが、久保自身にはなんら問題がない。

 FC東京のスタッフは「育成の前倒し」というキーワードを用いている。FC東京U-18のBチームからAチーム、U-18からU-23、そしてU-23からトップと、久保は段階的に活躍のカテゴリーを上げてきた。適切な刺激を与えるために、どんな活躍のフィールドを用意するか。その答えはもう出ているのではないだろうか。


後藤勝

1993年頃から出版業界。1998年頃からサッカー関連の取材、執筆を始め、主に『サッカー批評』『スポーツナビ』などに寄稿。現在はWebマガジン『トーキョーワッショイ!プレミアム』でFC東京関連の記事を日々掲載している。著書に小説『エンダーズ・デッドリードライヴ』(カンゼン刊)など。