文=生島淳

選手のメンタルに寄り添った「ガチ」な解説

 テニスの全仏オープン、WOWOWの松岡修造さんの解説を堪能した。

 松岡さんは「芸能人」として捉えられている向きもあるが、テニス解説の場合は「ガチ」である(SNSを見ると、それを切り離せない人が散見されるが)。肩書きも「日本テニス協会強化副本部長」として放送ブースに座った。

 試合前のオープニングでは、壁に「ナダル」という紙が張ってあり、「ワウリンカが壁を叩き続けることが大切」と、『報道ステーション』風の語りだったが、試合が始まると一変した。

 松岡さんの解説の特徴は、選手の「メンタル」に寄り添っていることだ。

 プロテニス・プレイヤーは、ミスした時にどんな心理状態に陥るのか。選手のボディ・ランゲージはどんな意味を持っているのか。特に決勝戦のナダル対ワウリンカ戦の解説は、完璧なナダルのテニスに精神的に追い込まれていくワウリンカの心理状態の解説がユニークだった。たとえば、こんな具合。

「ワウリンカは体力的に問題ないと思いますが、(ナダルに振り回されると)相当メンタル的な部分での体力ロスにつながるんです。攻めようと思っても自分のテニスができない。そのなかで走らされると『メンタル体力ロス』につながる」(第2セット第5ゲーム)

 対して、ミスをしてもまったく引きずらないナダルについては、こんな感じ。

「(ミスをしても)正しいことをやっているから、そのまま継続してやっていれば入るということが分かってるんです」(第3セット第5ゲーム)

「自分が有利になったとか、劣勢になったとか、(どんな状況になっても)なんにも変わらないです」

 結果、史上最多10度目の大会制覇を果たすナダルの、揺るがぬ自信の理由が垣間見えた。

スポーツ中継に必要な「ユーモア」のセンス

©Getty Images

 錦織圭とマレーとの試合では、錦織が第1セットで素晴らしいテニスを見せていたにもかかわらず、なぜ負けてしまったかを、あたかも自分の敗戦のように分析していた。

「諦めてはいない。本当に頑張っている。でも、トップ選手に必要な『フォーカス』、集中力が途切れるんです。もう、これだけが残念です」

 錦織は、試合が自分の流れになっているのに、出す必要のないドロップショットをミスして、流れを自ら手放してしまう(この試合では、ドロップショットの出しどころが鍵になっていたことが、松岡さんの解説でよく分かった)。

「ハッキリしてるのは、このままじゃ勝てないということです」

 そして、ユーモアもたっぷりなのが「松岡節」だ。第2セットのハイライトでは、ナダルのスーパーショットに、こんな言葉も飛び出した。

「深い。角度がある。どうしようもない。もう、どうしようもない。どうすりゃいいんだ?」と声の調子を上げたところで一拍置き、「この気持ちは分かる」。試合中はトーンを抑えているが、セット間では調子を上げているのがアクセントになっている。

 私はスポーツ中継に必要な要素として「ユーモア」があると思っている。かつて野球中継では、亡くなった豊田泰光さんが素晴らしいユーモアセンスを持っていた。サッカーでは、ダジャレを挿入しつつも、流れを読むのに長けた早野宏史さんが、抜群のユーモアセンスを誇る。

 松岡さんはガチでありながら、エンターテイナーとして優れている。放送を熟知したプロの仕事だと思う。


生島淳

1967年、宮城県気仙沼生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。勤務のかたわら、取材・執筆活動に携わる。1999年に独立。NBAやMLBなど海外ものから、国内のラグビー、駅伝、野球など、オールジャンルでスポーツを追う。小林信彦とD・ハルバースタムを愛する米国大統領マニアにして、カーリングが趣味。最近は歌舞伎と講談に夢中。