試合概要

試合開始から均衡した展開でしたが、前半19分にチリのマルセロ・ディアスが自陣で致命的なボールロストをし、ドイツが先制する展開に。その後両チームともに大きなスキをつくることなく前半終了。後半15分以降はドイツの守備に疲れがみえ始め、チリの怒涛の攻撃が続きましたが、最後までゴールに至ることなく試合終了となりました。

ドイツは若手主体の選手構成でしたが、特にユリアン・ドラクスラー、ティモ・ヴェルナー、ラルス・シュティンドルの3選手が攻守にわたって献身的な動きをみせ、勝利に貢献しました。一方、チリもアレクシス・サンチェスが持ち前の個人技で、アルトゥーロ・ビダルが献身的な味方へのサポートとパワーのあるプレーで、エルナンデスが後方から前線へのボールの供給役としてうまく機能していました。

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ドイツの戦い方について

攻撃時は3-4-3の形で攻め、守備のときは5-4-1の形で基本的に対応していました。具体的にいうと、攻撃から守備になったときに両ウイングのシュティンドルとドラクスラーがサイドハーフのポジションに入り、両サイドハーフのヨシュア・キミッヒ、ヨナス・ヘクターがサイドバックのポジションに入ります。

ただ、このポジションチェンジにはいくつか例外があります。例えば味方がボールを失った瞬間、ボールに近い選手がまずプレスをかける必要があります。このフォーメーション変更が必ず行なわれるということではありません。

また、いわゆるアタッキングサード(ピッチを縦に三等分したとき、一番相手ゴール側に近いエリアのこと)で相手がバックパスをし、ボールの出口を限定できる場合は5-4-1の形で自陣に退却せず3-4-3の形のままプレスをかけます。相手陣内でボールを奪えれば、大きな得点チャンスになるからです。

実際、今回のドイツの得点でも、チリの右サイドバックのマウリシオ・イスラがマルセロ・ディアスにバックパスしたことを起点とし、ドイツは4-5-1ではなく3-4-3の速いプレスをかけ、マルセロのボールロストを誘発させました。結果的にチリはマルセロ・ディアスが周囲の確認を怠り判断を誤ったことが失点につながっていますが、それはドイツの組織化されたプレスが大きな伏線になっています。

5-4-1と3-4-3の可変型システム

この可変型システムについては、先日のスペイン国王杯決勝でアラベスがバルセロナ戦に採用した戦術でもあります。最近のトレンドといって良いのかもしれません。

メリットとしては、攻撃時は味方同士でピッチ全体を広く使い、多数の三角形を作れること。これによりボールの出口をつくりやすく、前線に選手の人数を割けるので分厚い攻撃も期待できます。また、守備時にはDFラインに5人、中盤に4人の選手がいるので厚い守備も期待できます。

デメリットとしては、全体的にフィジカル面、頭脳面での負担が大きいことが挙げられます。攻守の交替や局面の変化によってポジションを速やかに、かつ正確に変えることが求められるため、サボると守備が簡単に崩れて失点するからです。

今大会のように試合間の休日が少ない短期決戦、かつ固定メンバー中心に挑まなくてはならない状況では、採用しにくいシステムといえます。試合を重ねるごとに蓄積疲労が多く溜まり、システムが機能しないリスクが高まるからです。

実際、決勝でも後半15分あたりから中盤の守備位置への戻りが緩慢になり、ドイツはチリの巧みな攻撃にさらされました。しかし最終的には守りきることができたという意味で、今回はドイツの成功といえるでしょう。

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チリの戦い方について

守備のときは4-3-3、攻撃のときは両サイドバックのジャン・ボセジュールとイスラが攻め上がり、ボランチのマルセロ・ディアスがDFラインに、ワントップのビダルが中盤に落ちて3-5-2を構成します。ただマルセロ・ディアスのミスによる失点後はエルナンデスが彼の代わりにDFラインでボールを受けていました。



このシステムはグアルディオラがFCバルセロナで監督をしていたころに採用されていた「偽の9番」(ビダルは8番ですが…)というシステムです。

攻撃パターンを大きく分類すると、ビダルが中盤でボールを受けるパターンと、サンチェスとバルガスの両ウイングがサイドでボールを受けるパターン、ボセジュールとイスラの両サイドバックがサイドを上がって攻撃するパターンに別れます。

守備については、アタッキングサードとミドルサード(ピッチを縦に三等分したときの真ん中のエリアのこと)にボールがある場合はビダルとアレクシス・サンチェスとバルガスの3人が連携して最初のプレスを行い、残りの選手は守備のスライド(ボールのあるサイドに守備選手らが寄りプレースペースを少なくさせ、逆サイドのスペースはある程度放棄すること)をしながら相手選手をマークします。

4-3-3と3-5-2の可変型システム

メリットとしては相手の守備対応によって中央突破かサイド突破かを論理的に駆け引きしながら相手守備のバランスを崩せる点にあります。

例えば“偽の9番”が相手のMFラインとDFラインの間あるいはMFラインまで下がることで相手のボランチとセンターバックはどちらがマークするのか迷いが生じやすくなります。この迷いが相手守備のズレを生じさせ、守備の隙をつくります。

もちろん相手チームが迷わない場合もありますが、相手の守り方によって攻撃方法を変えます。例えば“偽の9番”を相手ボランチがマークをするのであれば、“偽の9番”は自分をオトリとして別な選手がそのスペースを利用します。あるいはセンターバックがDFラインから離れて“偽の9番”をマークすれば、薄くなったDFラインのスペースを他の選手が利用するというように。

守備時のメリットとしては、FWと両ウイングの3人がプレスをかけることでボールを失っても速やかにボールを取り返し、さらに自分たちが攻撃できる、あるいは相手に攻撃させないということがあります。

デメリットとしては両サイドバックが長い距離を頻繁に上下動するのでフィジカル面での負担が大きいのと、両サイドバックが毎回攻め上がるためにセンターバックやボランチでボールを回し損なうとカバーができず即失点につながるという面もあります。

特にボランチはDFラインに入ったり上がったりしながら的確かつ速やかに判断してボールを回さなければならないので頭脳面での負担も大きいです。実際に今回のマルセロ・ディアスはその判断の部分で致命的なミスをしてしまい失点し、敗因の大きな部分を担うことになりました。

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両チームにいえること

二つのチームに共通するのは、チーム戦術の完成度の高さです。大会の決勝に至るぐらいの実力があるので当然といえば当然ですが、これは簡単なことではありません。一般的に代表チームはクラブチームに比べて練習時間が少なく、あまり複雑な戦術や、選手が所属元のクラブチームで馴染みのない戦術を採用すると、選手が習得しきれず消化不良に陥る可能性が高いからです。

戦術理解力といってしまえば簡単ですが、では日本代表とは具体的に何が違うのか、日本の戦い方をふまえつつもう少し詳しく話します。

日本代表の戦い方について

日本は守備時には4-4-2、攻撃時には4-2-3-1か4-3-3がベースになります。「なるべくクラブでプレーしているポジションでプレーさせる」という配慮も感じます。私としてはこの戦い方については特に異論もないですし、今回のドイツやチリのようにもっとダイナミックなシステムを導入すべきとも全く思いません。

なぜなら、残念ながら日本代表の選手の中には、基本的なプレー原則を習得できていない選手が少なからずいるため、複雑なチーム戦術を習得するのは難しいと考えるからです。このときの習得というのは頭で理解している(戦術記憶)という意味ではなく、考えなくても体が動くまでのレベルのことをいいます。

チーム戦術はグループ戦術を土台にしており、グループ戦術は個人戦術を土台にしています。攻守の個人戦術を習得できている選手は、多様なグループ戦術にも適応できます。グループ戦術を習得できている選手は、多様なチーム戦術にも適応できます。

逆に基本的な個人戦術を習得できていない選手に、複雑なチーム戦術を習得することはできません。その基本的な戦術ミスが、チームにとって致命的な失敗につながるからです。

今回はその一例としてキリンチャレンジカップの対シリア戦とその後のワールドカップ最終予選の対イラク戦における倉田選手のプレーを挙げます。

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基本的なプレー原則が欠如している例

一応、先に誤解のないようにお伝えしますが、「倉田選手だけが悪い」という話ではありません。全体としてみても、少なからず同じような課題を持っている選手はいます。今回は、たまたま2試合の失点で全く同じミスをしているという意味でとりあげました。

対シリア戦、日本の失点は後半2:41の相手コーナーキックでの守備がきっかけです。相手のショートコーナーに対して、倉田選手が相手選手にプレスをかけますが簡単にボールに飛び込んでかわされ、相手選手は悠々と正確なクロスをゴール前に入れ日本は失点しました。

プレスの原則として、相手に寄せた後にはかわされないよう止まることが大原則です。奪いにいくのであれば、相手の身体ごと自分の身体をぶつけ、最悪でもファールで止めることも大原則です。1対1のプレスがかわされ抜かれるようでは、チームの守備戦術など立てようもないからです。

対イラク戦の後半26:27、交替直後のプレーでも同じミスがみられます。相手のサイドバックにプレスをかけ、距離を縮めた後に止まらずボールに飛び込み、相手にかわされて縦パスを許し、日本の失点のきっかけとなりました。

繰り返しますが、これは倉田選手だけの問題ではありません。直近の2試合をみての評価にすぎません。逆にJクラブや育成レベルでもできている選手もたくさんいるので、日本サッカーの未来を悲観視しているということでもありません。 ただ日本代表としてもう一段レベルを上げるためには、こうした基本的なプレー原則の徹底が遠回りにみえて一番の近道と考えます。


堀江哲弘

宮城県仙台市出身。東京でサラリーマンをしながら週末に少年クラブでサッカーを教える生活をしていたが、2007年よりバルセロナに渡り現地で監督修行を開始。 2011年にスペインサッカー連盟の監督資格レベル2を取得。現在はスペインにおける最高の監督資格となるレベル3を受講しつつ、スペイン3部CFバダロナのジュニアユースでDチームの監督をしている。