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PIW(プリンスアイスワールド)は1978年に結成された日本初のアイスショーで、他のアイスショーとは違い、在籍プロスケーターがチームとして、オリジナル演技によって構成されたショーを繰り広げる。選手時代の活躍が記憶に新しい若いメンバーも増え、彼らのプロスケーターとしての新たな舞台を楽しみに来る観客も多いようだ。(文=Pigeon Post ピジョンポスト 山内純子)
苦悩の果ての光/町田樹SP『エデンの東』
©Getty Images演技冒頭、やわらかいフルートの旋律をバックに、少し腰をかがめながらゆっくりと両掌を天に掲げ、続いてぎゅっと握る動作がある。あれは何を表しているのだろうか。
町田が演じているのは、おそらくカレブ(キャル)であろう。父の愛を請い、自分の血に潜む「悪」を恐れ、「善」を行おうとするも、すべてが裏目に出る。その苦しみや悲しみ。それでもなお、その先にある希望や光を懸命に手繰り寄せる。そんな若者の姿なのではなかろうか。
町田の中でも特に思い入れがあるという『エデンの東』。作品理解のために、原作者ジョン・スタインベックにまつわる様々な書籍を読みあさったという。スケーターきっての勉強家でもあった。それは、現在のプロスケーターとしての姿勢にも反映されている。
プログラム曲に使われたのは、80年代にアメリカで放映されたテレビドラマ『エデンの東』のメインテーマだ。グラミー賞やエミー賞に名を連ねるリー・ホルドリッジの作品で、前後のタイトルバックと、劇中の重要な場面で効果的に流される。
もちろん、「ティムシェル」という言葉が出てくる感動的なラストシーンにも流れる。
この物語は、西部開拓民としてカリフォルニアに移住してきた家族の三世代に渡る大河ドラマだ。旧約聖書の創世記をベースに、普遍的な「善と悪」「罪と赦し」をテーマにしている。
ちなみに、ジェームズ・ディーン主演の映画『エデンの東』は、2代目と3代目の親子に焦点を当てた作品になっている。登場人物やキャラクター設定も少し違えてある。
原罪という概念
©Getty Images少し聖書の話をしよう。人類は神にその命を与えられるが、エデンの園で「罪」を犯し、東の果てに追放される。そこでアダムとイブは、カインとアベルという二人の子をもうける。
ある時、若い兄弟は神に捧げものをするが、神はアベルの捧げ物しか受け取らなかった。それを妬んだカインは、アベルに殺意を抱く。悪意を察した神は、カインにある警告をした。
『おまえが正しくないのなら、罪が戸口で待ち構えている。罪はおまえを慕うが、おまえは罪を治めなければならない(抑えなければならない)』
この「治めなければならない」の部分が、「ティムシェル(timshel)」というヘブライ語にあたる。創世記4章7節の最後の部分である。
カインは結局自分の中の「悪」に負け、アベルを殺してしまう。これがアダムとイブから引き継がれた『原罪』である。
許しのことば
©Getty Images小説『エデンの東』の中では、聖書にある「ティムシェル」という言葉の解釈について、トラスク家二代目で信心深いアダムと、教養豊かな中国人使用人、リーとのやりとりがある。
ヘブライ語を原書とする英語の聖書には、「あなたは罪を治めるだろう」と、「あなたは罪を治めなければならない」という二通りの訳がある。昔から議論のある箇所なのだが、リーが最終的にたどり着いた解釈は、「意思あらば、罪を治めることができる」という、「人間の自由意思」が入ったものだった。
町田が演ずる上で自分なりに解釈したという、『運命は自分で切り開く』がそれにあたる。
この物語の登場人物は、「善」と「悪」とに色分けされている。二代目のアダムは善人であり、その妻は殺人も含めてありとあらゆる悪に手を染めた女である。生まれた双子のアロンは善で、カレブは悪という立ち居地になる。
カレブは父に愛されず、出来のいい兄弟を疎ましく思い、ついには間接的に死に追いやることになる。
心労が重なり病に倒れた父を前に、カレブははじめて罪を告白し、許しを求める。それを聞いたアダムは、死の床で「ティムシェル」と呟く。それは、かつて使用人リーが語っていた「人間には善と悪とを自ら選択する権利、選ぶ責任が与えられている」ということを息子に伝えるために。そして過ちを許すのである。
町田の演ずるカレブには、痛々しいまでの純粋さや危うさ、そして一筋の光のような救いを感じる。
『運命は自分で切り開く』、惜しまれつつも自ら競技人生に終止符を打ち、新たな世界に飛び出していった町田樹。その芽が開き始めている。
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