文=高崎計三

4勝2敗で中国の勝利に終わった日中対抗戦

東西に下げられる選手の写真入り大型垂れ幕は、通常ならKrushの各階級チャンピオンのものだが、この日に限っては対抗戦の出場選手たちに。東が日本人、西が中国人だ。「興行のスピードアップ」を理由に普段は見られない選手入場式も行われ、両国国歌の吹奏も。両国の代表選手たちはそれぞれ揃いのTシャツを着用。中国選手はもちろん赤、日本選手は青。これは「ジャパンブルー」でもあるのか。さらにリングアナウンサー、ラウンドガールも日中両国から用意され、とにかくあらゆる面で両国の対抗ムードが高められていた。

もう一つ、大きな変更点があった。「大きな」と言いつつ非常に細かい話になって恐縮なのだが、通常のボクシングやキックボクシングの大会では、「正面」となる南側客席から見て、リングの左手前が青コーナー、右奥が赤コーナーとなる。そして北側客席の奥の壁にスクリーンが設置される。パンフレットなどでは対戦カードは「(赤コーナー選手)vs(青コーナー選手)」と表記されるが、その通りにスクリーンに表示すると、その手前にある実際のリング上の並びとは逆になってしまう。南から見ると青コーナーが左に、赤コーナーが右にあるからだ。そこでKrushではコーナーを入れ替え、左を赤コーナー、右を青コーナーにしている。そうすると、画面表示とリング上に齟齬が生まれないからだ。

だが、この日に限ってはいつもと違って、左が青コーナー、右が赤コーナーだった。そしてスクリーン上の表示は「(青コーナー選手)vs(赤コーナー選手)」。一瞬「なぜ?」と思ったが、答えは簡単。チーム(国)カラーとコーナーの色が一致するようにという配慮なのだ。カード表記的には日本人選手が先に来るが、コーナーだけは青。ものすごくさりげない、しかし計算し尽くされた配慮だった。

その中で行われた対抗戦は、結果から言えば4勝2敗で中国の勝利に終わった。日本人選手団は連勝中のルーキーからチャンピオン経験者クラスまで、対抗戦に選出されても何の異論も出ないレベルのメンバーだったが、特に後半3試合ではK-1でも活躍する卜部弘嵩をはじめとして、過去に何本ものベルトを巻いてきている実力者たちが初来日の選手に3タテを食らい、逆転負けとなってしまった。

目を引いた中国選手たちの個性と強さ

©Good Loser

初戦では「中国の武尊」と呼ばれるワン・ジュングァンがアグレッシブな攻撃で里見柚己に判定勝利し、リングサイドにいた“本家”武尊に対戦要求。武尊もこれに応じ、9月18日のK-1・さいたまスーパーアリーナ大会で武尊の持つK-1フェザー級王座に挑戦することが決定した。2戦目では佐野天馬がKrushタイトル挑戦の経験もあるユン・チーに判定勝ちして1勝1敗のタイに持ち込み、第3戦では成長株の瑠輝也が前評判の高かったドン・ザーチーに飛びヒザ蹴り一閃で衝撃KO。しかし、日本代表の勢いもここまでだった。

後半戦で特に目を引いたのは中国選手たちの個性と強さだ。メインで卜部と対戦したジェン・ジュンフェンは当初予定された選手の負傷欠場による代理だったものの、力強い攻撃で卜部を追い込んで勝利。そして、怖いものなどないかのようなハードな殴り合いで常に会場を沸かせる元Krush-67kg王者の渡部太基と、期待通りに打ち合いを展開したティエ・インホァは、「中国の狂虎」という異名通りの荒々しさを発揮。渡部以上のハードパンチで判定勝ちをもぎ取った。

観客の歓声を最も引き出したのは、「中国中量級最強」の前評判とともに登場したチュー・ジェンリャンだ。上中下とどんな高さでも繰り出す回転蹴りで、ベテラン・小宮由紀博を圧倒。特にダウンを奪った回転ハイキックはヒットの瞬間にものすごい音をさせたほど。回転蹴りは「奥の手」のような感じで使う選手も多いが、ジェンリャンは通常のパンチやキックのコンビネーションの中で普通にガンガン出してきて、しかも高い確率で命中させる。これまで見たことのないタイプのファイターに、場内はざわめきっぱなしだった。

中国のキックボクサーはこれまでにも多数来日して試合を行っているが、大きなインパクトを残してレギュラー参戦した選手はほとんどいなかった。当然、タイトル戦線に絡んだこともほとんどない。「変則的な動きでタフさも持っているが、トップに食い込むほどではない」という選手が多く、またスタイル的にも似た選手が多かった。格闘技ファンでも、これまでに来日した中国人選手の名前を5人以上挙げられる人は相当少ないのではなかろうか。

中国選手が飛躍的に強くなった要因とは?

©K-1

しかしそんな中国キックボクサーたちのイメージは、ここ2年ほどで急激に変わりつつある。まず今回の対抗戦にも参戦したユン・チーが、昨年6月にK-1に負傷選手の代打として初来日すると実力者の小宮山工介を破り、続く11月には初代フェザー級王座決定トーナメントにエントリー。準決勝まで勝ち上がり、武尊に対しても奮闘。今年3月にはKrushでのタイトルマッチにこぎ着けた。そして今年2月に行われたK-1初代ライト級王座決定トーナメントでは、初来日のウェイ・ルイが優勝。K-1で初めての中国人王者となった。今や中国勢はK-1、Krushにおいても“台風の目”となっているのである。

この中国人選手の躍進はどこから来たのだろうか。日中間の格闘技ビジネスの橋渡しをしているCFP代表・岩熊宏幸氏はこう説明してくれた。

「中国にはもともと散打という伝統武術がありました。パンチ、キックに投げが加わったもので、80年代後半から競技化されて盛んになりました。初めて散打の選手が来日したのが1998年のK-1 ジャパンなんですが、この頃中国には散打の選手しかおらず、彼らにK-1ルールを教えて参戦させていたという状況でした。

そこから、散打もやりながらキックボクシングも練習するという選手がだんだんと増えてきたんですが、今はもっと進化して、最初からキックだけをやっている選手が少しずつ多くなってきているんですよ。以前の中国は散打の道場がほとんどでしたが、今はキックボクシングのジムがたくさんできてるんですよ。しかも、タイやオランダから一流のコーチを呼んでいるので、練習環境は抜群にいいんです」

選手たちの生活環境も、日本とはかなり異なるのだという。

「ウェイ・ルイや、今回の対抗戦メンバーの多くが所属する大東翔クラブというジムには、選手が300人います。ジムは寝食完備なので、彼らは皆ジムで合宿生活を送り、ファイトマネーを収入源として生活しています。日本の格闘技では専業のプロはほんの一部で、多くの選手は他に仕事をしながら活動していますが、中国の選手たちは全員が専業です。日本のプロ野球やJリーグのような感じですね。ただし、入れ替わりが激しいんです。弱い選手、勝てない選手にはオファーが来ませんから、結果を出さないとジムを辞めざるを得なくなります。強い選手だけが残っていくという図式ですね」(岩熊氏)

中国国内だけでなく、海外でも積極的にイベントを開催

中国人選手が躍進したのはジムなど環境が整備されたためであることはよく分かった。ではそれが実現できたのはなぜなのだろうか。その理由として、中国国内における格闘技イベントの大規模化が挙げられる。日本からもネット中継などで見ることができるが、大会場できらびやかなライティングがふんだんに取り入れられたゴージャスさは、かつてPRIDEや旧K-1が地上波中継されていた時代をも凌駕するほど。同国のイベント事情について、再び岩熊氏に聞く。

「先ほどお話した散打の隆盛以後、2004年になると『武林風(ぶりんふう)』という格闘技イベントが確立されて、プロ化が始まります。最初は中国人同士の試合がほとんどでしたが、興行規模がどんどん拡大し、2010年ぐらいからタイ、ヨーロッパ、そして日本など国外の選手たちを招聘するようになり、さらにイベントの規模が大きくなりました。3年前あたりまでは大箱ブームが起きていて、1万人規模でも向こうの感覚では小さく感じるほど。3万人クラスの興行が当たり前になったんです。最近は少し落ち着いて、8千~1万人、大きいもので1万5千人というのが平均的なところでしょうか。

 それだけ成長したのは、もちろん中国自体の経済状態がいいこともあるんですが、現地での投資対象の一つに格闘技があって、大会にメジャー企業のスポンサーがつくんです。実は中国ではチケット収入はあまりあてにしていないんです。収入のメインは大手スポンサーからの出資なんですね。だから客入りに左右されることもなく、収支が読みやすいので選手へのファイトマネーも高額で、プロモーターの支払いもしっかりしてきています」

そうして成長してきた中国格闘技イベントだが、近年は少し傾向が変わってきたという。

「選手たちの実力がアップして国外のトップクラスを倒せるような選手も出てきたことで、3年くらい前あたりから、イベント自体が海外に打って出るようになってきました。もちろん国内でもイベントは開催していますが、中国国内で中国人選手が外国人選手に負けると、彼らはすごくメンツを潰すんです。もともとメンツを重んじる国ですからね。

 ただ、もし負けるにしても海外で負ける分には、プレッシャーも少ないんです。そのためと勢力拡大の両方のメリットがあることから、団体が海外に出て行くことにスポンサーがつくようになってきました。ヨーロッパやタイなどに大挙して遠征し、中国内では「●●(イベント名)・イン・(国名)」というような形でTV放映する。その形だと企業や投資家も出資しやすいので、大きなビジネスになっています」

今回のKrushでの日中対抗戦は、中国では「GLORY OF HEROES(GOH)」というイベントのコンテンツとしてネットPPVとTV放送が行われた。中国人選手たちはGOHの代表だったのだ。同番組の中国におけるネットPPVは70万ヒットを記録。成果は上々だったという。

とは言え、日本側としてはKrushの大会として行うことに変わりはなく、大会運営も日本側の手によるもの。通常の大会とは違う「特別企画」であったために、冒頭で説明したような特別な演出が施されていたわけだが、Krush側はそこに様々な注意を払ったのだという。それは、Krushを運営する宮田充プロデューサーの大会終了後のツイートによく表れていた。

「今回の日本vs中国対抗戦で心掛けたのは、すべてにおいて50:50であること。日本のイベントに、中国が敵役として参戦する形は、もう古いし、きっとファンも気分が良くない。と思った」
宮田充 K-1プロデューサーのツイッターより

 対抗戦が試合内容のよさで盛り上がったこともあり、このツイートは多くのファンの共感を得た。宮田プロデューサー自身に、この真意をもう少し詳しく聞いてみた。

「昔だったら、中国人選手との試合は『中国なんてやっちまえ』というムードで行われていたんじゃないかと思うんです。でも今、他のプロスポーツイベントを見渡しても、そういうことはやっていないなと。例えばサッカーだったらどうか、そういうことを考えた時に、50:50であること、対等であることが必要だろうと。

 大会ポスターにしても、中国から送られてくる選手写真は日本の物に比べてまだクオリティが落ちるので、以前は日本人選手を大きく使ったりしたこともあったんですが、今回は両国の国旗をメインにして、選手は全員同じ大きさで入れました。そういう部分でも、いつもの興行と違う雰囲気を出せればと思っていました」

ただ、やりとりする中ではお互いの“常識”の違いから来る行き違いもあったという。

「日曜日の後楽園ホールは昼間にも別の大会が開催されるので、選手や関係者が会場入りできるのは15時半以降なんですよ。それが中国側からすると『あり得ない』ということで、どうして朝から入ってリハーサルできないんだ、何なら前日も取るもんじゃないのか、と。向こうのビッグマッチの感覚からすると、それが当たり前なんですね。だから15時半に会場入りして17時に開場するまでは、戦争みたいな騒ぎでしたね」(宮田氏)

リスクも見え隠れする中国との格闘技ビジネス

©Good Loser

少し前までは、「日本vs中国」や「日本vs韓国」は興行の目玉にできるような企画ではなかった。まして「全面対抗戦」として今回のような規模で行うとなると、当然リスクもあったのではないか。結果的に当日は満員の観客で盛り上がったが、実は今後のビジネスに対する先行投資のような部分もあったのではないだろうか? そう聞いてみると、宮田プロデューサーからはやや意外な答えが返ってきた。

「実はそういう目論見は、そんなにないんです。もちろん、興行ですからチケットを売って、ある程度以上の黒字は出さないとしょうがないんですが、実はもっと『選手ありき』というか、ウェイ・ルイやワン・ジュングァン、チュー・ジェンリャンといった選手たちを日本のリングに上げたかったというのが大きいんです。ここ2年ほど、中国との交流が活発になってきて、僕も何度か行かせていただいたんですが、向こうのジムには日本で闘いたがっている選手がたくさんいるんですね。彼らを見ているうちに、僕自身が彼らのファンになった部分もあって、ぜひ彼らに活躍するチャンスを用意したいなと。磨けば光る玉があって、呼べるのなら呼びたいんですよ。

 僕は今までもそうだったんです。全日本キックボクシング連盟で活躍したタイのサムゴー・ギャットモンテープやワンロップ・ウィラサクレック、それにK-1で王者になったゲーオ・ウィラサクレックもそうですが、すごくいい選手がいる、彼らを日本のリングに上げたい、それが大きなモチベーションだったりするんですよ。

 もちろん、やる以上は続けていかないと面白くない。これまでにも中国のイベントが日本側と組んで開催したりしたことはありますが、正直、『あの時は誰が来てたんだっけ?』という感じなんですね。でもウェイ・ルイを筆頭に中国人選手たちは日本でも十分にスターになれると思うし、そういう選手が出てこないと、プロモーター同士の協力も長続きしませんからね」

実際、中国人選手への関心度は以前とはケタ違いだ。この点について、岩熊氏はこう分析する。

「今はネットの影響で、ファンも来日前から中国人選手の情報を得ることができます。日本人選手や、日本でも有名な欧米選手との対戦によって、初来日でも前評判の高い選手も出てきました。逆に向こうからは、K-1やKrushに出ている選手に名指しでオファーが来るんです。自分のところの選手とやらせてみたい、あるいは選手自身がやりたいと。そこにはK-1グループのメディア戦略のうまさも影響していると思いますね」

これから中国人選手の人気がさらに上がっていく可能性は十分にあるし、交流の規模は拡大していっても何らおかしくない。そこで実際問題として、中国側とビジネスでもっと深く交流することは可能なのだろうか?

「もちろん中国側でもそれを望むプロモーターは多いですが、中国には独特の事情があるのも事実です。中国のスポーツを管理する中国国家体育総局は、今は格闘技含めたあらゆるスポーツ産業市場規模の拡大を奨励していますが、あるジャンルのみの景気が飛び抜けてくると締めにかかるというのは慣例ですからね。国が絡んでくるので、日本と同じようには考えられないんです。仕事をしていて、難しいなと思う時もありますよ。

 また、スポンサー頼みのところがありますから、スポンサーが飽きてしまった時にどうなるのかなという問題もあります。中国では毎月のように新しい大会が生まれていて、「第1回●●カップ」と派手にやるんですが、第2回がないところもたくさんあるんです。

 裾野は広いですが、どこの団体と組めばビジネスになるかという見極めは難しいですね。バックがどこか、国の指示をちゃんと仰いでいるか、格闘技に熱意を持って臨んでいるか。そういった要素がカギになります」(岩熊氏)

「中国側からはいろんなお話をいただくんですが、話が大きくなればなるほど、正直怖い部分もありますね。『ウチから選手をたくさん派遣するから、1万人規模の会場でやろう』と言われたりもするんですが、まずは後楽園規模から始まるからいいんじゃないかと。彼らとのビジネスは始まったばかりですしね。正直、先のことはそんなにいろいろ考えているわけではないんです。まずはまた対抗戦をやろうと。演出面でももっとやれたなと思うことはありますし」(宮田氏)

来日したのは中国最強軍団の、ほんの一握り

現在の中国選手たちは、かつてムエタイや欧米のキックボクシングに、必死になって追い着き、追い越そうとしていた日本のキックボクサーたちに似た空気を感じる。そして彼らのバックには、国が持つ特殊な事情と勢いのある経済状況という要素もある。そうした中で、日本格闘技界と中国とのつながりはこの先どうなっていくのだろうか。そこには輝かしい未来像も、意外な落とし穴も同時に存在する。

「20年くらい前は、日本人選手にとってはヨーロッパ遠征が誉れでした。それが今は好条件のオファーを出す中国になりつつあります。団体にしても、中国とちゃんとビジネスできるところが今後、日本国内でも伸びていくことでしょう。中国人たちは我々と同じアジア人の顔をしていても、思考は全く違います。そこを心してかからないと、呑み込まれてしまう可能性もあります。彼らの特殊性を理解し、そこを尊重しながら握手できるところが伸びると思いますね」(岩熊氏)

「今はまだ、サッカーで言うならたまたま中国代表が来て親善試合をやったという段階。我々としてはここから、“その先”……ワールドカップになるものを作っていかないといけないですね。その意味でウェイ・ルイがK-1のチャンピオンになった意味は大きいですし、K-1では世界トーナメントを開催しているので、そこに中国というカードが加わったことも大きいと思います」

中国の存在によって、可能性が広がっていく予感は十分にある。何よりリング上が楽しみなことになりそうだ。そう話すと、最後に岩熊氏はこう付け加えた。

「まだまだ強くて面白い選手はたくさんいますよ。なにしろ裾野は広いですからね。今、来ているのは中国最強軍団の、ほんの一握りです。彼らが日本で闘ってスターが生まれれば、また状況は大きく変わるでしょうね」

高崎計三

著者プロフィール 高崎計三

編集・ライター。1970年福岡県出身。1993年にベースボール・マガジン社入社、『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』などの書籍や「プロレスカード」などを編集・制作。2000年に退社し、まんだらけを経て2002年に(有)ソリタリオを設立。プロレス・格闘技を中心に、編集&ライターとして様々な分野で活動。2015年、初の著書『蹴りたがる女子』、2016年には『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)を刊行。