ダルビッシュもナーバスな表情に

 現地時間7月31日、期限ギリギリにダルビッシュ有投手のトレードが成立しました。2012年から5年半にわたって所属してきたテキサス・レンジャーズから、ロサンゼルス・ドジャースへ。そのトレードが決まる直前の彼のツイッターの投稿がとても印象的でした。

 前日に、チームメイトのエイドリアン・ベルトレ選手が3000本安打を達成。仲間たちと記念撮影している写真を添付したツイートなどはとても楽しげなものでしたが、私の心に引っかかったのは「10min!!」という一言とともに投稿された写真のほうです。

 自分のロッカーの前で「T」マークのブルーのキャップをかぶるその表情に、複雑な心境がにじみ出ているように見えました。私は、人の心は「目」に表れると思います。この写真のダルビッシュ投手の目は、私にはとてもさびしそうに見え、あの自信に満ちあふれた彼でさえ、トレードというものにこれだけナーバスになるのかと感じさせられました。今年3月にキャンプ地のアリゾナで会って、何でもストレートに話してくれる自信満々の彼の姿に触れていただけに、その印象はとても強いものになりました。

 トレードの交渉は極秘に進められるため、選手にとってはまさに晴天の霹靂。別の球団に移ることを命じられた選手が、ある程度の覚悟はしていてもショックを受けるのは当然のことでしょう。

ウェットな日本、ドライなメジャー

 ただ、トレードの性質は日米で違いがあるようにも感じます。

 メジャーで大きな要素としてはたらくのは、「チーム順位」と「年齢」だと思います。レンジャーズはアメリカン・リーグ西地区の4位で、ポストシーズンに進出することは厳しい状況。一方のドジャースはナショナル・リーグ西地区の首位を独走しており、ワールドシリーズを勝ち抜くためにさらなる戦力強化をもくろんでいたことでしょう。

 今回、30歳のダルビッシュ投手1人と入れ替わりでレンジャーズに移るのは3選手で、22歳、20歳、19歳という若手です。年齢が高く実績のあるダルビッシュ投手を即戦力として首位チームが獲得し、下位チームは主戦を放出する代わりに、来期以降を見据えて有望株を3人獲得した。今回のトレードは、そんな構図が描けます。

 一方、日本のプロ野球のトレードには、もっとウェットな感じがあります。

 思い起こされるのは、私がベイスターズの球団社長になった初年度の2012年に藤田一也選手のトレードが成立した時の光景です(楽天の内村賢介選手との1対1の交換トレード)。選手たちに知らされたのはビジターでの試合後でしたが、みんなが涙を流し、ホテルまでのバスの中がまるでお通夜のような雰囲気になっていました。

 藤田選手は当時、守備は抜群ながら、なかなかバッティングで結果を出せないでいました。環境を変えることで課題を乗り越えてくれれば、との思いからトレードの話へと進んでいった経緯がありました。結果として藤田選手は楽天で大活躍し、バッティングも非常によくなりました。

 彼に限らず、プロ野球では「選手の環境を変える」あるいは「出番のない選手にチャンスを与える」という要素がトレードの引き金になりやすいと言えます。矢野謙次選手や大田泰示選手(いずれも巨人→日本ハム)なども、まさにそういう事例かと思います。

 選手がショックを受けることに違いはありませんが、「選手のため」という思いも込められたトレードであり、100%チーム事情によるメジャーとは違って、「新しいチームでがんばれ」というウェットな感情が伴うものになっています。

ダルビッシュ選手の勝負は、ここから。

 メジャーでは、もっとドライに、“売り買い”の対象として選手は扱われます。ダルビッシュ投手は3月に会った時、レンジャーズについて「いい球団だ、いいGMだ」と話していましたが、そうした個人的感情はまったくと言っていいほど考慮されず、一枚のカードとして交渉の材料となるのです。

 選手の心情を考えれば、自分のためにという思いで放出される日本以上にショックを感じることだろうと想像します。ダルビッシュ投手がツイッターに投降したあの写真の表情は、まさしくそれを物語っているような気がしてなりません。

 しかし、ここからが彼の本当の勝負です。あの目に映し出されたかに見える不安やさびしさを乗り越え、ドジャースの一員として立つマウンドで、どんな表情を見せてくれるのか。 投球内容もさることながら、新天地での彼の表情、その目の輝きにも注目してみたいと思います。

第五回に続く

◆◇◆ ProCrixへのご質問を大募集中!◇◆◇

記事やコメントを読んでの感想や、もっと深く聞いてみたいことなど、宛先と内容をご記入の上で下記のフォームよりお問い合わせください!

池田純氏へのご質問はこちらから!

横浜DeNAベイスターズを5年で再生させた史上最年少球団社長が明かす、マネジメントの極意。史上最年少の35歳でベイスターズ社長に就任し、5年間で“常識を超える“数々の改革を断行した池田純が、スポーツビジネスの極意を明かす。
 
2011年の社長就任当初、24億の赤字を抱えていたベイスターズは、いかにして5億円超の黒字化に成功したのか――。その実績と経験をもとに「再現性のある経営メソッド」「組織再生の成功法則」「スポーツビジネスとは何か」が凝縮された1冊。
【内容紹介】
■第1章「経営」でチームは強くなる
赤字24億“倒産状態”からの出発/【経営者のロジック】でアプローチする/【トライアンドエラー】を徹底する/成功の鍵はブレずに【常識を超える】こと/球団経営に必要な【人間力】

■第2章「売上」を倍増させる18のメソッド
【顧客心理】を読む/【飢餓感】を醸成する/【満員プロジェクト】で満員試合が11倍に!/グッズは【ストーリー】とセットで売る/トイレに行く時間を悩ませる【投資術】

■第3章理想の「スタジアム」をつくる
【ハマスタの買収】(友好的TOB)はなぜ前代未聞だったか/【一体経営】のメリット/行政は【敵か、味方か?】/【聖地】をつくる/【地域のアイコン】スタジアムになるための選択肢

■第4章その「投資」で何を得る?
1年間の球団経営に必要な【コスト】/【2億円で72万人】の子どもにプレゼントの意図/【査定】の実態―選手の年俸はどう決まる?/ハンコを押す?押さない?―【年俸交渉】のリアル/【戦力】を買うか、育てるか

■第5章意識の高い「組織」をつくる
意識の高さは組織に【遺伝】する/戦力のパフォーマンスを【最大化】するシステム/【人事】でチームを動かす/【1億円プレーヤーの数】とチーム成績の相関関係/【現場介入】は経営者としての責務

■第6章「スポーツの成長産業化」の未来図
【大学スポーツ】のポテンシャルと価値/【日本版NCAA】が正しく機能するために/東京五輪後の【聖地】を見据えた設計図/スポーツビジネスと【デザイン】【コミュニケーション】/【正しい夢】を見る力

(Amazon)スポーツビジネスの教科書 常識の超え方 35歳球団社長の経営メソッド

日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。PR代理店勤務などを経て、2010年から6年間『Sports Graphic Number』編集部に所属。現在はフリーランスのライター・編集者として、野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを取材対象に活動中。