大谷翔平、放出ならば今オフが濃厚か

 今年9月、北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手が来季からメジャーに挑戦することが濃厚になった、と報じられました。球団社長を経験した立場から言わせていただくと、ファイターズとしてはやはり、大谷選手を放出するなら今シーズンのオフだと考えているのではないでしょうか。

 そう考える理由の一つは、ポスティングシステムです。

 1998年に始まったポスティングシステムは何度かの改定を経てきました。その結果、「所属球団が2000万ドル(約22億円)を上限とする譲渡金を設定し、応札したMLB全球団が当該選手と契約交渉を行うことができる」というのが現行制度です。

 この制度の効力があるのは今年10月31日までで、新たな制度がNPBとMLBの間で交渉中です。新制度では選手が結ぶ契約の総額によって譲渡金が設定される見込みで、NPB球団が手にする譲渡金の額は流動的になります。

 また、MLBの労使協定では「25歳未満の海外選手獲得に使える金額は契約金や年俸など込みで年間475万~575万ドル(最大1010万ドルまで増額可能)」とされており、23歳の大谷選手はこの協定の適用内です。ポスティングシステムの新制度と、この労使協定とを合わせて考えると、ファイターズの手に渡る譲渡金の額は最大でも2億円に届かず、現行制度に比べてかなり小さい額になってしまいます。

 ただ、報道によれば、大谷選手については特例協議が行なわれる見通しで、「大谷ルール」として譲渡金の上限は現行どおり2000万ドルとなる可能性が高いといいます。そうなれば大谷選手とMLB球団との契約が成立することで、ファイターズに最大約22億円が転がり込むことになります。

「大谷ルール」が本当に成立するのかは現時点では不透明です。ただ、こうした特例協議が行われようとしているのは、制度改定による譲渡金の変動幅があまりに大きいことがその理由として考えられます。言い換えれば、大谷選手が来年のオフ、24歳でメジャーに移籍するとしても特例協議が行われる可能性は極めて低く、譲渡金を2000万ドルに設定できる可能性が高い今オフのほうが、経営上の優位性はかなり高いと言えます。

 ファイターズは札幌ドームを本拠地としていますが、一体経営を目指し、新たなボールパークの建設構想を進めています。それを実現させるためにも、最大で20億円以上という譲渡金は大きなお金。もちろん譲渡金を得ることが大谷選手をメジャーに送り出す第一義ではないと重々承知していますが、もらえるお金はしっかりと手に入れておきたい、というのも、球団経営の面から言えば偽らざる本音なのではないでしょうか。

■メジャーで“二刀流”を貫くのは非常に難しい

 大谷選手がメジャーで活躍できるかどうか、二刀流にチャレンジするかどうかというのはファン目線では大きな関心事だと思います。しかし球団社長の目線で気になるのは、そこではありません。大谷選手を獲得した球団は、彼の起用法やコンディショニングについてどう考えるのか、という部分のほうが気になります。

 アメリカが極めて合理主義的な考え方をする国であるという前提に立つと、大谷選手はまずはとにかく「投手として結果を残す」ことが求められるだろうと思います。大谷選手は打者としても優れた資質を持っているとはいえ、強打者揃いのメジャーでも特別な存在になれるかというと、どうでしょうか。野球という競技における重要度を考えても、やはり投手として10勝20勝と勝ち星を稼いでもらうことこそ、20億円以上の大金を支払って大谷選手を獲得した球団が最優先に求めること。それがままならない状態で二刀流に挑むということはかなり考えにくいでしょう。

 日本であれば、「二刀流」という言葉の由来にもなっている宮本武蔵のイメージがあり、ファンもメディアも大谷選手の挑戦に夢を膨らませられる土壌がありました。しかし、目の肥えたファンと批判精神の強いメディアが待ち受けるアメリカで、日本と同じような感覚で夢を描いてもらうのは難しいかもしれません。何より重視されるの結果であって、故障してしまったり中途半端な成績しか残せなければ、「二刀流なんてやってるからだ」「投手に専念すべきだ」という声が巻き起こる可能性すらあります。

 ましてや、アメリカは責任の所在が明確です。日本で大谷選手が二刀流に挑戦したすえ故障してしまったとしても、特に誰かが責任を問われることはなかったかもしれません。しかしアメリカでは、「なぜそういう事態が起きたのか」が徹底的に究明され、誰かが責任を取ることになります。GMが二刀流にGOサインを出していたのだとすれば、やはりGMも責任を免れないでしょう。そうした点においても、二刀流への道を切り開くのは容易ではないと思います。

 また、日本での5年間だけを見ても、ケガがちであることが非常に気になります。160km以上の速球を投げる一方で、足をつってしまう場面もよく目にしました。打者としてのトレーニングにも力を注ぐとなれば、肉体的な負担は相当なものであるはずです。

 オフには右足首の手術を予定しているとのことですが、そうした故障明けのシーズンに、メジャーの硬いと言われるマウンドで、かつ日本よりも短い登板間隔で投げることになるわけですから、球団の起用法としてはかなり慎重にならざるを得ないでしょう。大谷選手自身が、そうした環境の中に身を置くことで、まずは投手に専念するという道を自ら選び取るような気もします。

「無事是名馬」という言葉がありますが、ケガをしないということは、選手にとっても球団にとっても、非常に重要な要素です。MLBでは「生涯投球数」のようなデータを基に、選手のコンディション管理に万全を期しているといいます。

 大谷選手に限らず、合理性の価値観の中では二刀流というプレースタイルが成立することは極めて困難です。しかし、たとえばシーズン20勝を軽々とクリアしたりしてアメリカ的な価値観をも打ち破り、万人の賛意のもとにメジャーで二刀流に挑戦する道を切り開くとすれば――。

 そうなってこそ「夢」のある話であり、真のサクセスストーリーになるのだと思います。

<第九回に続く>

◆◇◆ ProCrixへのご質問を大募集中!◇◆◇

記事やコメントを読んでの感想や、もっと深く聞いてみたいことなど、宛先と内容をご記入の上で下記のフォームよりお問い合わせください。

池田純氏へのご質問はこちらから!

横浜DeNAベイスターズを5年で再生させた史上最年少球団社長が明かす、マネジメントの極意。史上最年少の35歳でベイスターズ社長に就任し、5年間で“常識を超える“数々の改革を断行した池田純が、スポーツビジネスの極意を明かす。
 
2011年の社長就任当初、24億の赤字を抱えていたベイスターズは、いかにして5億円超の黒字化に成功したのか――。その実績と経験をもとに「再現性のある経営メソッド」「組織再生の成功法則」「スポーツビジネスとは何か」が凝縮された1冊。
【内容紹介】
■第1章「経営」でチームは強くなる
赤字24億“倒産状態”からの出発/【経営者のロジック】でアプローチする/【トライアンドエラー】を徹底する/成功の鍵はブレずに【常識を超える】こと/球団経営に必要な【人間力】

■第2章「売上」を倍増させる18のメソッド
【顧客心理】を読む/【飢餓感】を醸成する/【満員プロジェクト】で満員試合が11倍に!/グッズは【ストーリー】とセットで売る/トイレに行く時間を悩ませる【投資術】

■第3章理想の「スタジアム」をつくる
【ハマスタの買収】(友好的TOB)はなぜ前代未聞だったか/【一体経営】のメリット/行政は【敵か、味方か?】/【聖地】をつくる/【地域のアイコン】スタジアムになるための選択肢

■第4章その「投資」で何を得る?
1年間の球団経営に必要な【コスト】/【2億円で72万人】の子どもにプレゼントの意図/【査定】の実態―選手の年俸はどう決まる?/ハンコを押す?押さない?―【年俸交渉】のリアル/【戦力】を買うか、育てるか

■第5章意識の高い「組織」をつくる
意識の高さは組織に【遺伝】する/戦力のパフォーマンスを【最大化】するシステム/【人事】でチームを動かす/【1億円プレーヤーの数】とチーム成績の相関関係/【現場介入】は経営者としての責務

■第6章「スポーツの成長産業化」の未来図
【大学スポーツ】のポテンシャルと価値/【日本版NCAA】が正しく機能するために/東京五輪後の【聖地】を見据えた設計図/スポーツビジネスと【デザイン】【コミュニケーション】/【正しい夢】を見る力

(Amazon)スポーツビジネスの教科書 常識の超え方 35歳球団社長の経営メソッド

日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。PR代理店勤務などを経て、2010年から6年間『Sports Graphic Number』編集部に所属。現在はフリーランスのライター・編集者として、野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを取材対象に活動中。