中国含めてアジア中を駆け巡る出張を終え、スイスに戻りました。頻繁に中国へと足を運ぶ私に着目したVictory編集部より、掲題の原稿依頼を受けましたので、根強い嫌中感により余り人気のないネタかとは思いますが、「中国の今」的なホットな話題を提供したく思います。

「80兆円のスポーツ産業」を目指す国家政策から始まった爆買い

私は、イギリスからスイスへと移り15年近く欧州に住んでおり、長らく欧州サッカーに携わる身であるが、欧州サッカー業界における中国市場の戦略的重要性が増しているのをここ最近ヒシヒシと感じる。今年は外貨持ち出し規制強化による市場のスローダウンもあり、中国への出張回数は減ったが、2015年と2016年は、ほぼ毎月か隔月くらいのペースで中国を訪問していた。

2016年末に強化された外貨持ち出し規制による投資鈍化は否定できないものの、チャイナマネーが、ここ最近の世界のサッカー界を席巻してきたのは間違いない。今や世界のサッカー界でも有名になった中国の「爆買い」であるが、ことの始まりは他のメディアにても述べてきた、「2025年までに、スポーツ産業を、GDP1パーセントレベル(当時の為替レートで約80兆円)にまで成長させる」という中国政府による2014年の宣言だ。何と、2012年度実績の約16倍にあたる! 
 
共産主義であるゆえ、中央政府による経済計画発表後には、そのガイドラインに従って各地方政府による計画が続く。そして、政官財界が一心不乱になって目標達成に向かうのだ。国内はもちろんのこと、もうじき世界最大の市場となる巨大なマーケットを狙い、国外からも資金と人材が急速な勢いで集まっている。その勢いは増すばかりゆえ、世界のサッカー界にとって目の離せない場所となっている。
 
もちろん急速な拡大状況ゆえ「バブルではないか」といぶかしがる見方もある。しかし、10月中旬に行なわれる党大会で、共産党指導部を刷新して自らの権力基盤を盤石にすることが明白である習近平国家主席が、サッカー好きといううわさ(少なくとも国策として、サッカーを利用する価値があると思っているのは間違いない)もあり、彼の在任期間中はこの傾向が続くであろう。

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ワールドカップ自国開催を狙った「FIFA囲い込み(?)」

2016年には、ワンダがFIFAとワールドカップに関する長期の大型スポンサー契約を決めた。中国有数の金持ちであるオーナー王氏の下、ここ数年でワンダがスポーツに投資した額は3000億円を超える!  王氏と並ぶ中国ビジネス界の雄であるジャック・マー率いるアリババも、ワンダ同様に、五輪やFIFAワールドカップのスポンサーシップやサッカークラブ買収などで、スポーツへの投資を急速に進めている。
 
彼らだけでなく、中国の携帯会社なども含め、最近のFIFAのスポンサーシップ契約は、中国一色とも言えるくらいだ。急速な「FIFA囲い込み(?)」は、将来のFIFAワールドカップ、直近のFIFAクラブワールドカップ(CWC)の自国開催を狙う中国の国策が絡んでいるとまことしやかに言われている。古くはトヨタカップ時代からCWCを東京で開催してきた日本としては、今後のCWC開催地がどこに決まるのか、まさに目の離せない状況だ(2017と2018年は、アブダビ開催)。

英国プロサッカーチームの何と15パーセントが中国系! 

欧州クラブへの投資も加速しており、資本参加(過半数以下の株式所有)のものも含めると、私が覚えているものだけをざっと挙げてみても、中国資本所有の欧州クラブは10チーム(下記参照)以上にのぼる。

○ACミラン(Sino Europe Sports Investment Management Changxing Co.)
○インテル・ミラン(Suning Group)
○City Football Group(CMC)
○アストンビラ(Recon Group)
○ウォルバーハンプトン(Fosun)
○ウェストブロムビッチ(Yunyi Guokai Sports Development)
○レディング(Renhe Commercial Holdings)
○アトレティコマドリード(Wanda)
○エスパニョール(Rastar Group)
○グラナダ(DE Sports)
○オリンピック・リヨン(IDG Capital)
○ニース(Plateno Group)
○サウスハンプトン(Gao Jisheng)

イギリスの1部と2部リーグには、6チームも中国資本のチームがあり、何と全体の15パーセントにも上る! 

放映権市場も活況を呈している。最近、日本のラオックスのオーナーであるSuningグループが、英国プレミアリーグ2019-22シーズンの放映権を総額700億円以上で獲得した。前回サイクルと比較すると、実に10倍以上の巨額ディールで大きなニュースになった。Suningは、スペイン・ラリーガやブンデスリーガ放映権も獲得しており、三つ合わせると、実に総額1500億円を優に超える巨額投資である。

その他にも、世界最高給と言われる元アルゼンチン代表カルロス・テべス、元ブラジル代表のオスカル、フッキなどを始めとした、中国サッカークラブによる有名外国人選手の“爆買い"がある。さらには共産主義国が得意とする、国を挙げたエリート育成への投資なども挙げられる。東京五輪での躍進を狙い、Under-20(20歳以下中国代表)チームをドイツ下部リーグでプレーさせるという、日本には到底無理な中国ならではの強引なプレーもある。所属クラブから強引に有望若手選手を引き抜くゆえ、中国のクラブには不評であるが、国策ゆえ誰も逆らえないのだ。

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中国スポーツ界が抱える問題とは

ここまで、サッカーを中心に、最近の中国による凄まじいまでの「スポーツへの投資」を取り上げたが、問題はないのだろうか? 「けっこう問題有りでは?」と言うのが、現時点での筆者の正直な感想だ。「投資」というよりも「投機」という言葉の方が適していると言えるくらい、「マネーゲーム」が先行している感がぬぐえず、肝心要のスポーツの現場の「普及・育成・強化」が覚束ないのだ。

サッカーの例を取ると、一人っ子政策に加え根強い学業編重の文化もあり、草の根レベルでのサッカー普及は、日本と比べてかなり遅れているのが現実だ。今まで日本スポーツを支えてきたと言っても過言ではない部活的な文化や公立学校における充実した運動施設が、中国にはない。日本の10倍の人口を誇る中国であるにも拘わらず、国内各種レベルのサッカー登録者は、日本のそれにはるかに及ばない。

また、両親が一人っ子に多大なる期待をかける学業重視の中国ゆえ、途中で学業放棄をせざるを得ない欧州サッカー型の育成は、定着が難しい。ゆえに、日本の部活や米国のスクールスポーツをモデルに、「全国何千もの学校に、サッカーグランド設置とサッカーコーチ派遣を行なう」といったイニシアティブを政府が発表したが、プランは素晴らしいものの実行にはほど遠いようだ。

草の根サッカー普及で日本でもお馴染みの「トムさん」ことトム・バイヤーが、中国国営放送CCTVの教育チャンネルに毎日のように登場して、しばらく頑張っていた。しかし「マネー力」「スピード」「スケール」には優れたものの、「地道な実行力に乏しい」中国人と中国ビジネスに愛想をつかしつつあり、中国ビジネスのスケールダウンも考えているようだ。

「爆買い」を進める中国に対し、日本スポーツ界はいかに対抗すべきか?

上記でも述べたように、国内外に多くの問題を抱える中国の国同様に、中国のスポーツ界も多くの問題を抱えている。しかし、少なくとも圧倒的な「マネー力」を活かした「爆買い」の力技は、日本が到底及ばないところにある。また、共産党主導の統制経済ゆえ、トップダウン型から生まれる「スピード」、そして世界最大の市場を背景にした「スケール」は、日本を遥かに凌駕する。

「マネー」、「スピード」、「スケール」で及ばないとすると、日本はどこに活路を見出すべきか? 「トップダウン型」の中国とは真逆の「ボトムアップ型」がもっと必要ではと、個人的には期待している。確かに、東京五輪を取り巻く環境を見れば分かるが、実は日本スポーツ界も中国同様、お上主導の「トップダウン型」が根強いのは明白だ。しかし上記したように、日本の高度経済成長時代を支えた官主導の「トップダウン型」では残念ながら、超高度経済成長期にある中国の「マネー」「スピード」「スケール」には勝てない時代なのだ。そこで、今まで日本スポーツを支えてきた「ボトムアップ型」が、今後一層重要になってくると思うのだ。

中国の「トップダウン型」に対する、日本の「ボトムアップ型」

「ボトムアップ型」を言い換えると、国や協会やリーグ主導とは異なる、全国に散らばった個人、企業、チームなどによる独自のビジョンと戦略に基づいた「経営・育成・強化」の手法だ。
 
例えば、Jリーグが始まるはるか前から、全国に散らばったサッカーどころでの育成と強化は、世界のサッカー界でも戦える人材を生んでいた。釜本邦茂の京都山城、三浦カズや小野伸二など多くの名手を輩出してきた静岡、中田英寿の韮崎、岡崎慎司の神戸・滝川第二などなど……これは、中央集権による「トップダウン型」の中国スポーツ界がうらやましくなるような日本型スポーツの強みと実績である。
 
Jリーグが始まって以降、協会やリーグ主導の「育成・強化」が素晴らしい成果を上げてきたのは否定できない。しかし、以前と比べて画一的な強化・育成になっている可能性もあるかもしれない。下手すると日本以上のスピードで成長を続けている世界のサッカーと拮抗していくためにも、協会やリーグ主導の「トップダウン型」に加え、今まで日本サッカーに多様性をもたらしてきた「ボトムアップ型」の育成・強化(全国に散らばった国見、鹿島、神戸、京都、清水、藤枝、神奈川、千葉、仙台、室蘭などのサッカーどころにおける)を、さらに革新して行く必要があると思うのである。

日本スポーツ界に今後必要とされる「ビジネス・プロデューサー」

もちろんスポーツがビジネスとして確立されてきた現代ゆえ、一昔前の部活の名物先生のように、献身的なボランティア精神で、地方で細々とやっていくのには無理がある。通常のビジネス同様に、質の高い「人・モノ・金・情報」が必要となる。
 
そこで、今の時代のスポーツ界における「ボトムアップ型」アプローチの際には、「ビジネス・プロデューサー」の存在が、ますます重要になってくる。分かりやすい例えで言うと、「ビジネスを創造する商社マンのような存在」である。地方の政官財界を繋ぎ、大企業とベンチャーを繋ぎ、国内と国外の会社やビジネスを繋ぎ、スポーツ界とそれ以外の業界を繋ぎ、「価値」と「ビジネス」を創造していく存在だ。
 
「地方では、なかなか質の高い人・モノ・金・情報が得られない…」という方もいるかもしれないが、要はやりようで、今治FCなどの例も出てきている。オーナーを務める日本サッカー協会・岡田副会長の働き方は、まさに「ビジネス・プロデューサー」そのものだ。東京に本社を構える大企業をパートナーとして上手く取り入れ、多大なるサポートを得ている。
 
驚異的な「マネー」「スピード」「スケール」を誇る「トップダウン型」の中国に対抗するためにも、数多くの優れた「ビジネス・プロデューサー」の出現が、全国津々浦々で望まれる。かく言う筆者自身も、「ビジネス・プロデューサー」として、日本スポーツ界のさらなる発展に貢献できるように、日々修行中である。
 
皆さん、一緒に日本スポーツを盛り上げて行きましょう! 


VictorySportsNews編集部