5部リーグのクラブとして8強進出を果たしたリンカーン

2017年2月、イングランドのリンカーンを本拠地とする無名クラブがメディアを沸かせた。当時、カンファレンス・ナショナル(5部リーグに相当)に所属していたリンカーン・シティだ。同クラブは、2月に行われたFAカップ5回戦でプレミアリーグのバーンリーを破り、FAカップでは103年ぶりにノンリーグ(プロアマ混合の地域リーグ)のクラブとしてベスト8に進出した。この大番狂わせは日本でも報じられたから、記憶に残っている方もいるだろう。

準々決勝でアーセナルに5-0で敗れたが、その勢いは止まらなかった。カンファレンス・ナショナルで優勝し、4部リーグに相当するフットボールリーグ2に昇格。今シーズンも好調を維持し、フットボールリーグ2で3位(12月29日時点)につけている。

この躍進は、単なるフロックではないようだ。現地報道によると、リンカーン・シティがアメリカのテクノロジーベンチャーの開発したプレー分析・共有システム「Hudl」を導入し、フル活用していることが明らかになった。弱小クラブであるリンカーン・シティが、どのようにこの分析ツールを活用して結果につなげているのか。今回はその事例を紹介したい。

(C)Getty Images

テクノロジー導入の陰にあるパフォーマンスアナリストの存在

報道によると、リンカーン・シティがHudlと提携し、このシステムを導入したのは、2016‐17シーズン。カウリー兄弟がクラブに加わったのがきっかけだった。このシーズン、39歳の兄のダニー・カウリーが監督に、弟で33歳のニッキー・カウリーがアシスタントマネージャーに就任し、ふたりの判断でHudlを導入したのだ。

実際のプレー分析を担当しているのは、カウリー兄弟が前のシーズンに指揮を執っていたクラブで一緒に働いていたパフォーマンスアナリスト、グレン・スキングスレー氏。カウリー兄弟と一緒に移籍してきた同氏は、毎試合の動画を「Hudl」に取り込んだ後、プラットフォーム上で選手個々のプレーを指導陣が高評価を下したプレー、改善が必要なプレーに分けてまとめている。そこにさらにダニーとニッキーがコメントをつけ、指導陣が何を求めているのか、具体的にわかるようにしている。

動画は簡単に共有できるシステムになっており、選手たちは試合当日の夜か、遅くとも翌日にはスマホで自分のプレー動画を確認できる。このシステムにはチャット機能もあり、監督のコメントなどに疑問点があればいつでも質問することができるし、チャットで伝わらなければ電話で確認することもあるという。

グレン氏は、取材に対して「この手法は監督が選手に口頭で同じことを伝えるよりもはるかに効果的だ」とコメントしている。確かに、試合のすぐ後、記憶が鮮やかなうちに動画で良いプレーと改善点を示されるのと、試合の翌日、または翌々日に口頭で指示を受けるのでは、理解度は大きく異なるはずだ。

リンカーン・シティの監督を務めるダニー・カウリー/(C)Getty Images

大事なことは「ツールを活用すること」ではなく「いかに活用するか」

もう一つの利点は、トレーニング時間の節約。試合の反省点は練習時間に確認するというチームも多いだろうが、このシステムを使えば試合のすぐ後に全選手にポイントを伝え、コミュニケーションを取っているので、練習時間に個々のプレーについて振り返る必要はない。どのプレーヤーが積極的に動画にアクセスしているのかを把握することもできるようで、そのデータをもとに選手のモチベーションコントロールを図るなども可能だろう。

グレン氏は「Hudl」による分析について、「最近の成功の理由の1%に過ぎないかもしれないし、それ以上のものかもしれないが、実際にこのアプローチがチームを後押ししているのは間違いない。選手たちに尋ねても、同意するだろう。上位のカテゴリーでプレーしている選手たちがクラブに集まってきているが、我々が提供する分析は、彼らが元のクラブで受けたものよりもはるかに包括的だ」とコメントしており、自信のほどがうかがえる。

記事には「5部リーグのクラブに専任のパフォーマンスアナリストがいること自体が珍しい」と書かれていたが、グレン氏の影響力を考えると、費用対効果としては大きくプラスだろう。現地では、グレン氏を連れてきて好成績につなげているカウリー兄弟の評価も上がっているようだ。

Hudlはスマートフォンのカメラで撮影した動画でも分析できるのが特徴で、リンカーン・シティのように予算が少ない5部リーグのクラブでもスマホさえあれば利用できる。その機能性や利便性が受けて世界で活用されているが、Hudlはあくまでチームのパフォーマンスを向上させるためのツールにすぎない。重要なのは、いかにツールを使いこなすか。グレン氏のようなアナリストがいるか、いないかでその効果は大きく異なるだろう。

グレン氏のように新しいテクノロジーを使いこなす優秀なアナリストはまだ少数だ。ということは、グレン氏のような希少な人材を獲得することができれば、リンカーン・シティのように予算の少ない弱小チームでも旋風を巻き起こすことも夢ではない。

<了>

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川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9カ月で退職し、2003年よりフリーライターとして活動開始。2006年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。2010年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスの構成作家、エディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。著書に、『BREAK! 「今」を突き破る仕事論』(双葉社)など。