マラドーナによると「2種類のボトル」が存在

©Getty Images

柔道の五輪金メダリストによる準強姦事件やバドミントン選手の闇カジノ賭博事件、プロ野球選手や力士による野球賭博など、日本人アスリートによる不祥事が近年、相次いでいる。その中で、今回発覚したカヌーの鈴木康大が起こした禁止薬物混入は、2020年東京五輪出場を争うライバル選手を貶めるべく、しかも日本カヌースプリント選手権大会という大きな舞台で起こした事件という点で、世間に大きな衝撃を与えた。

鈴木は年下のライバル選手である小松正治の飲み物に禁止薬物である筋肉増強剤のメタンジエノンを混入し、これを飲んだ小松はドーピング検査で陽性反応となって資格停止処分を科された。鈴木本人の自白によって事件が発覚し、小松の処分は取り消されたが、鈴木は他にも小松のパドルやスピードメーター、パスポート、現金盗んだり、誹謗中傷メールを送ったりしていただけでなく、小松以外の選手のパドルや金銭も盗むなど、アスリートにあるまじき行為を繰り返していたという。これによって鈴木は日本アンチ・ドーピング機構からは8年間の資格停止処分を受け、日本カヌー連盟からも除名処分、永久追放となる見込みで、東京五輪どころか競技人生が事実上、断たれたことになる。

この事件は日本国内のみならず、世界中で報じられた。ほとんどは事件の詳細を伝えるものだったが、過去に発生した同様の事件と絡めて報じた国がある。南米のアルゼンチンだ。

ニュースサイト「Todo Noticias」では「日本のボトル事件! ライバルの飲料に禁止薬物を混入してドーピングさせたカヌー選手に8年間の出場停止処分」という見出しでこの事件が報じられた。メインの画像は鈴木の写真だったが、その次に出てくるのはアルゼンチンの英雄ディエゴ・マラドーナが楽しそうにエピソードトークを語る動画。内容は、1990年イタリア・ワールドカップの決勝トーナメント1回戦、アルゼンチン対ブラジル戦での「ブランコ睡眠薬事件」についてだ。記事本文の冒頭も鈴木の事件についてではなく、この事件の概要が紹介され、その後に鈴木の事件の詳細が伝えられている。

では「ブランコ睡眠薬事件」について説明しよう。南米のライバル同士の対決となったこの一戦は、序盤からブラジルが猛攻を仕掛け、何度も決定機を作った。しかし81分、センターサークル付近からドリブルを仕掛けたマラドーナからクラウディオ・カニーヒアに絶妙なスルーパスが通り、アルゼンチンが先制点を奪う。最終的にはアルゼンチンがこの1点を守り切って勝利を収めるのだが、試合後にブラジルの左サイドバックを務めるブランコが「アルゼンチンの選手から手渡されたボトルの水を飲んでから体調がおかしくなった」と訴えたことで、アルゼンチンがブランコに対して“薬を盛った”のではないかという疑惑の目が向けられることになった。

当時、アルゼンチン代表を率いていたカルロス・ビラルド監督はこの疑惑を真っ向から否定したが、後に当事者の一人であるマラドーナが、自身が司会を務めるテレビ番組でこの件の顛末を“暴露”したことで、再び注目を集めることになった。

マラドーナの話によると、この日アルゼンチンの選手たちは、トレーナーから“飲んでいいボトル”と“飲んではいけないボトル”があることを伝えられていたという。そして“飲んではいけないボトル”の水には眠気を誘発する薬が混入されており、アルゼンチンの選手からそのボトルを手渡されて飲水したブランコはその後、動きが鈍くなり、失点の場面ではマラドーナへの対応が遅れてしまったという。飲料水に薬物を仕込んでライバルに飲ませたという点で鈴木の事件とは類似性があり、それゆえにこの件が再び掘り返されることになったのである。

ブランコが試合後すぐにドーピング検査をしたわけではないため物的証拠がなく、この件はあくまで“疑惑”にとどまっている。ブランコは「体調がおかしくなった」と証言しているが、それは試合当日の気温(摂氏35度以上あったとされている)の影響によるものかもしれないし、マラドーナは「睡眠薬を飲ませてやった」と自慢げに語っているが、何しろマラドーナが語ることなので、100パーセント信用するわけにもいかない。「信じるか信じないかはあなた次第」と言えるだろう。

フィギュアでもライバルを貶める行為が

©Getty Images

ただ、当時の南米サッカー界は様々な奸計が巡らされていた世界だ。例えば90年大会の南米予選、マラカナンスタジアムで行われたブラジル対チリ戦では、チリ代表GKロベルト・ロハスが一計を企てた。チリはこの試合に勝利しなければW杯出場の望みが絶たれる状況だったが、後半開始早々にブラジルに先制ゴールを奪われてしまう。しかしその後、スタンドからピッチに向かって発煙筒が投げ込まれると、次の瞬間には火花と煙を上げる発煙筒の脇で血を流して倒れ込むロハスの姿があった。

チリの選手たちはすぐにロハスを担いでロッカールームに戻り、安全が確保できないとして試合続行を拒否。このゲームはそのまま打ち切りとなった。チリ側は第三国での再試合を要求したが、すぐにロハスの“嘘”が発覚する。発煙筒はロハスを直撃したわけではなく、すぐ横に落下しただけであり、流血はあらかじめ隠し持っていたカミソリを使い、自ら額を切っただけだったのである。プロレス顔負けの“大根芝居”が発覚したことでチリは敗戦扱いとなり、ロハスはサッカー界から永久追放処分(後に解除)となった。予選の段階でこれだけの事件が起こるぐらいなので、たとえW杯の大舞台であれ、アルゼンチンのチームスタッフがライバルを陥れるための行動を起こしたとしても不思議ではないだろう。

ところで、鈴木の事件はアルゼンチンの他のメディアでも取り上げられているが、「ANSA LATINA」は「鈴木、カヌー界のトーニャ・ハーディング」という見出しでこの件を報じた。

トーニャ・ハーディングはアメリカの女子フィギュアスケーターである。1994年のリレハンメル・オリンピックの選考会の際、ハーディングのライバルだったナンシー・ケリガンが何者かに襲撃される事件が起こった。ケリガンは膝を負傷して選考会欠場を余儀なくされ、ライバル不在となったハーディングは優勝して五輪出場権を獲得した。しかし事件の2週間後、ハーディングの元夫が襲撃の実行犯として逮捕されたため、ハーディングに疑惑の目が向けられることになった。

結局、ケリガンにも特例で五輪出場権が与えられ、ハーディングも証拠不十分のため罪には問われず、五輪出場を強行。本番ではケリガンが銀メダル、ハーディングは8位と、“因果応報”のような結末となった。ライバルを貶めようとしたという点で言えば、この事件も鈴木の件によく似ている。

ただし、「ANSA LATINA」の記事内ではケリガンとハーディングには一切触れられておらず、こちらでも「ブランコ睡眠薬事件」が紹介されていた。アルゼンチンはいわば“加害者”の立場なのだが、国民的英雄のマラドーナが絡んでいたこともあり、こちらのほうがイメージしやすかったのだろう。

真剣勝負の場では、相手を欺くことはいわば“当たり前の行為”である。サッカーのフェイントや野球の変化球なども、広い意味で考えると相手を欺く行為と言えるだろう。しかし、それはルールの範囲内で行われて初めて成立するもの。その枠を超えて相手を貶めることなど、断じて許されるものではない。
<了>

ボルト、メダル剥奪にも「どうなるか見守るだけ」

 メルボルン空港で、北京オリンピックのメダル剥奪について問われたウサイン・ボルトは、「どうなるか見守るだけ」と答え、事態を静観する構えを見せた。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

山中慎介、ベルト奪還も? ネリ陣営は意図的な薬物摂取を否定

WBC世界バンタム級タイトルマッチで山中慎介(帝拳)に勝利したルイス・ネリ。しかしWBCが行ったドーピングテストで陽性反応が出たという。山中との試合の扱いはどのようになるのか。格闘技ライターの高崎計三氏にうかがった。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
日本はドーピングに甘すぎる! 塩浦慎理(イトマン東進)が激白するドーピング事情チーム名で進路は決めない 高校生、大学生の「蹴活」事情なぜ日本は、子どもを練習漬けにしてしまうのか? 燃え尽きる高校生が出る理由
池田敏明

著者プロフィール 池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。