中国の成功にヒントを得た女子テニスダブルスの育成方法

2004年のアテネオリンピックで、中国の李婷/孫甜甜が獲得した金メダルは「国策」の賜物だったと、同国のベテランテニス記者は言った。2008年に北京オリンピック開催を控えていた中国は、21世紀に入った頃から、メダル獲得の可能性の高い競技を選定して強化に着手。そのうちの一つが、テニスの女子ダブルスだったという。

「国際大会では、賞金・影響・レベルのいずれも高いシングルスと比べ、ダブルスへの注目度は決して高くない。また、大会前に臨時に組まれたペアが多いため、選手間の実力にばらつきがあり、レベルも変動しやすい。中国テニス管理センターは、ダブルスのこうした点に着目した。中国のトップ選手、李婷・孫甜甜、鄭潔・晏紫の両ペアを組み、全力で国際大会への準備を進めてきた」

アテネでの金メダル獲得を報じる当時の『人民網』も、そのように成功の鍵を記している。

アテネ五輪の後に強化策の成功を示したのは、もう一つの強化対象ペアである鄭潔・晏紫だ。2006年に同ペアは全豪オープンとウインブルドンを制し、中国勢初の四大大会優勝に輝く。遠征費用やコーチ代などの経費を中国テニス協会が肩代わりし、代わりに選手は獲得賞金の60%を国に収めるシステムは、グランドスラムやWTAツアーなどの国際大会でこそ、大きな効果を発揮した。

この中国の成功にヒントを得て、2010年に日本でも、リオオリンピックでのメダル獲得を目指した女子の育成・強化プロジェクトが発足する。Goldの頭文字をとって“G-プロジェクト(通称Gプロ)”と銘打たれたこの策は、年間強化費1,500万円を想定。通常の協会からの強化費とは別に、スポンサー企業等を募る方針も打ち立てられた。

強化対象選手に選ばれたのは、土居美咲や奈良くるみら当時20歳前後の世代に加え、15~16歳のジュニア選手たち。それらティーンエイジャーたちも、味の素ナショナルトレーニングセンターで定期的に行われる強化合宿に参加し、海外遠征にも頻繁に参戦する機会を得る。特にジュニア選手が合宿で多く時間を割いたのが、ダブルスの練習やセオリーを学ぶ講習だった。

2017年、日本女子テニスは全豪オープンで穂積絵莉/加藤未唯組がベスト4に躍進し、ウインブルドンでは二宮真琴がチェコのボラコバと組んでベスト4進出するなど、ダブルスでの活躍が目立った。さらには日比野菜緒がWTAツアーのメキシコオープンで、ポーランドのロソルスカと組み優勝する。現在ダブルスランキングのトップ50付近に顔を揃えるこの4選手は全員、1994年生まれの同期。そしてその大半が、Gプロ発足年に16歳を迎えた強化対象選手だった。

杉山愛の存在が大きなモチベーションに

「Gプロでダブルスを教えてもらえたことは、すごく大きかった」と、穂積、加藤、そして二宮の3者は声を揃えた。彼女たちはいずれも、幼少期からスクールやクラブなどでテニスに打ち込んできたが、ダブルスをプレーする機会や、戦術を教わる機会は少なかったという。それがGプロに選ばれると、時に2週間に及ぶ合宿で「ダブルスの動き方や戦術を、基本から応用まで教わった(加藤)」。小学生時代から顔を知る同期の友人たちと、楽しみながらダブルスが出来たことも上達を促すファクターだったろう。多くの実戦を通じパートナーを組み変えていく過程で、自然と相性の良い固定ペアも生まれていく。2011年全豪オープンJr.ダブルスで準優勝した穂積/加藤組はその最たる例。当時の彼女たちは合宿や遠征先でも部屋を共有し、それこそ「トイレ以外は一緒」というほど共に時間を過ごすなかで、公私に渡り連携を深めてきた。また二宮は、17歳時に同期の澤柳璃子と組んで、WTAツアーの下部大会に相当するITF7,5000ドル大会で優勝している。これは、Gプロ対象選手への“主催者推薦枠”があったからこそ得ることの出来た、若い時代の貴重な経験だ。

今季はダブルスでも躍進した日比野は、プロ転向後に穂積や加藤と組むことにより、ダブルスの経験値と能力を伸ばすことが出来たという。

「(加藤)未唯は、ネット際での動きが凄いの一言。ペアを組むと、『凄い!』『ありがとう!』 の言葉しか出てこなかった。逆に後ろでポイントを作るのは、絵莉が凄くうまい」

同期のダブルス巧者たちを称える日比野は、「自分は、どこかでダブルスが下手だという引け目があり、だからこそ誰からも吸収したいと素直に思える」のだと明かした。

また、日比野がダブルスをやる上でのモチベーションになったのが、ダブルスランキングで世界1位に座した杉山愛の存在だ。「愛さんの活躍を見て、ダブルスでの活躍が身近に感じられるようになった。ダブルスなら、グランドスラムの決勝に日本人が行けるイメージがある」と日比野は言う。また加藤も「ダブルスならパワーの低さを他で補えるし、日本人が得意な細かい動きが効果的」だと、ダブルスに大きなチャンスと可能性を見出している。

このように、現在の日本女子勢のダブルスでの活躍は、かつて若手を中心に進められた強化策が残した一つの果実だと言える。また、ダブルスでグランドスラムの舞台を踏んだ経験がモチベーションとなり、シングルスの成長を促すケースもある。Gプロそのものは、一定の役割を果たしたとして現在存続していないが、組織的な育成が強化につながる証左としての役割は、今も担っていると言えるだろう。
<了>

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6年間の編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスとして活動し始める。2008年頃からテニスを中心に取材。その他にも科学や、アニメ、漫画など幅広いジャンルで執筆する。著書に『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)、『中高生のスポーツハローワーク』(学研プラス)など。