悲願の金メダルにかける高梨沙羅の思い

ワールドカップでは驚異の53勝。これは、男子選手グレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)と並んでスキージャンプ史上最多勝利記録です。

2011年の初参戦から6シーズンで4回の年間総合優勝を果たすなど、名実ともにスキージャンプの女王に君臨する高梨選手ですが、2014年のソチオリンピックではメダルを逃す4位に終わっています。シーズンを通して安定した強さを発揮する高梨選手は、押しも押されもしない絶対女王! なのですが、オリンピックのほか、2013年の世界選手権では銀メダル、15年、17年は銅メダルに終わるなど、大舞台では思うような結果を得られていません。

ソチや世界選手権での悔しさを経験し21歳になった高梨選手は、札幌市内で行われた代表内定記者会見で「金メダル」への思いを何度も口にしました。

スキージャンプの本場、ヨーロッパでは「ワールドカップでのシーズン優勝こそ強者の証」という空気もありますが、日本ではオリンピックの注目度は別格です。金メダル候補の高梨選手への期待が大きいのは、メディアなどの取り上げ方もよくわかります。

周囲の期待もさることながら、高梨選手が「オリンピックでの金メダル」にこだわるのには、もう一つ大きな理由があります。

©Kyodo News/Getty Images

「男のスポーツ」だったスキージャンプ競技

高梨選手の活躍で日本でも当たり前に受け入れられるようになった女子スキージャンプ競技ですが、オリンピック種目として採用されたのは高梨選手がメダルを逃した2014年のソチが初めて。ワールドカップ開始も2011-12シーズンからと比較的“新しい競技”です。

近年では、ジャンプ王国・オーストリア、発祥の地であるノルウェー、ドイツや日本を中心に女子選手が増加していますが、1990年代に遡ればスキージャンプは完全に男子の競技。女性が競技に参加することさえ異端視される時代が長く続きました。

「女子選手には危険すぎる」というのが主な理由ですが、2010年のバンクーバーオリンピックでは「国際競技に参加する女子選手の少なさ」がネックになり、正式種目採用が見送られました。

男子のスキージャンプが第1回の冬季オリンピックである1924年のシャモニー・モンブラン大会から採用されていることを考えると、スキージャンプはごく最近まで「男のスポーツ」なのが当たり前だったのです。

先輩女子ジャンパーたちへの感謝と託された思い

日本でも女子選手がスキージャンプ競技で飛ぶことに信じられない偏見があった時代がありました。

「時代」と言ってもほんの20年ほど前のことですが、高梨選手以前に「スキージャンプの女王」と呼ばれた選手がいました。現在は日本女子代表のコーチを務める山田いずみさんは、こうした偏見と戦いながら、競技として認められる前の女子ジャンプを牽引した女性ジャンパーの先駆けでした。

1997年には公開競技としての参加ながらインカレ史上初の女子ジャンパーとして出場し大きな話題を呼びました。当時のメディアの論調は、「女子選手がジャンプ競技に参加」というものがほとんどで、大会結果や成績よりも、「女性がスキージャンプを飛ぶ」というミスマッチを取り上げる報道がほとんどでした。

1999年には後にコンチネンタルカップを経て現在のワールドカップとなる女子競技初の国際ツアーがスタート。世界の舞台では思うような活躍はできませんでしたが、国内大会では2000年頃から約10年にわたって優勝を重ね、圧倒的な強さを誇っていました。

山田選手の活躍やメディア報道もあり、日本国内にも葛西賀子選手、渡瀬あゆみ選手ら女子ジャンパーたちが大会に出場するようになります。それでも偏見の目はなくならず、当時の女子選手たちは競技を続けるために相当の苦労を強いられます。

「女子選手がジャンプなんて飛んだら子どもが産めなくなる」

これは山田さんが現役時代に直接投げつけられた言葉です。何の根拠もないハラスメント発言ですが、スキージャンプ競技における女子の扱いは一世代前までこうしたひどい状況でした。

高梨選手もこうした先輩たちの姿を見てジャンプを始めた選手の一人です。当初はただ飛ぶのが楽しくて男の子に交じってやっていたジャンプ競技でしたが、競技を続けるにつれて、先輩の女子選手たちの境遇や苦労がいまの環境を築いたことを実感したそうです。

「今まで頑張ってきた先輩たちのおかげ」
「ゼロから築き上げた人たちがいる」

高梨選手は事あるごとに先輩女子ジャンパーへの感謝を口にしています。2013年には小学校3年生で初めて会ってから交流を続けている山田いずみさんをパーソナルコーチに招聘し、その経験から学んでいるのです。

©The Asahi Shimbun/Getty Images

今季は不調? 平昌での金メダルなるか?

今季の高梨選手は開幕から4戦で優勝なしとこれまでのような強さを発揮できていません。オリンピックシーズンの不調に心配する声もありますが、その4大会も4位、4位、3位、3位と決して悲観するような成績ではありません。むしろこの不調は、これまでシーズンを通して強さを発揮してきた高梨選手がオリンピックに向けてピークを調整し、どうしても欲しい大舞台での個人タイトルを取りに来たと見ることもできるのです。

自身としても女子スキージャンプにとっても初めてだったソチオリンピックでの重圧を経て、メンタル面の成長も見えます。ときにプレッシャーに押しつぶされ、思うように実力を発揮できないこともあった高梨選手ですが、今回の平昌オリンピックに向けては「自分らしく、笑顔で飛ぶ」と明るく抱負を語っています。

オリンピック正式種目に採用されたことで、日本同様、世界各国でも女子選手の強化が進んでいるスキーの女子ジャンプ競技。ライバルは明らかに増え、競争は激化していますが、競技レベルの向上あってこそ女子ジャンプのさらなる普及があります。

「女子ジャンプにもっと多くの人に興味を持ってもらいたい」

競技自体を背負いながら、自らの悲願である金メダルを狙う高梨沙羅選手のジャンプに注目です。

<了>

小平奈緒はなぜ“覚醒”したのか? ソチでの失意からスピードスケート世界最強最速に上り詰めた秘密

開幕が迫る平昌オリンピックで、金メダルに最も近いと評されているのが、スピードスケート女子短距離の小平奈緒選手です。2010年バンクーバー大会、2014年ソチ大会を経験した小平選手は、3度目のオリンピックとなる平昌を前に“覚醒”といってもいい無双ぶりを発揮しています。ワールドカップでは、500メートルでシーズンをまたいで15連勝中。昨年12月に開催されたソルトレーク大会では、1000メートルで1分12秒09の世界新記録をマークするなど、現時点での最強最速短距離スケーターとして君臨しています。一度は失意にまみれた小平選手の強さの秘密を探ります。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

藤本那菜、驚異の『93.75%』が拓いた闘いと成長の日々 スマイルジャパン躍進のキーマン

平昌オリンピック前最後の壮行試合を4戦全勝で終えた、アイスホッケー女子代表。出場国の中でランキング下位となる日本が、五輪での初勝利、そして初のメダルを獲得するための絶対条件、それはGKの活躍だ。世界選手権でベストGKに選出されたこともあるスマイルジャパンの絶対的守護神、藤本那菜が抱く、平昌への想いとは――。(文=沢田聡子)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

羽生結弦、宇野昌磨、田中刑事はメダル獲得なるか? 群雄割拠を迎えた男子フィギュア・平昌五輪展望

数年前に想像もし得なかった高難易度構成化が進む中で幕を開けた五輪シーズン。前半戦を振り返りつつ、平昌五輪個人戦の有力選手たちを取り上げる。(文=下川カスミ)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

宮原知子、坂本花織、メダルの条件は“隙の無い”演技 女子フィギュア・平昌五輪展望

昨今、フィギュアスケート女子シングルは成熟期を迎えつつある。平昌五輪は、現行の採点方式に変わり4度目の五輪となる。採点方式変更後しばらくは試行錯誤の時期もあったが、近年の女子シングルは採点方法や対策も緻密に研究されたハイレベルで“隙の無い”戦いが繰り広げられている。(文=岩岡はる)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

両角友佑が貫き続けた「攻めのカーリング」の誇り “ぽっちゃり野球小僧”から念願のメダルへ

長野オリンピック以来、20年ぶりとなる平昌オリンピック出場を決めた、カーリング男子日本代表。日本選手権では前人未到の5連覇、世界選手権では2016年に日本カーリング男子史上最高の4位に入るなど、SC軽井沢クラブは躍進を続けており、念願のメダルも決して夢物語ではない。スキップを務める両角友佑が、苦しい時期にも貫き続けた「攻め」のスタイル、そこに抱く想いとは――。(文=竹田聡一郎)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

平昌五輪の見どころを一挙おさらい! あの韓流ドラマのロケ地に史上最強の日本選手団

平昌オリンピックの開幕がいよいよ間近に迫ってきました。おとなり韓国で開催される平昌オリンピックは、2020年に東京オリンピックを控えたわが国としても気になるところ。競技面でもフィギュアスケート、スピードスケート、スノーボードなど日本勢のメダル獲得も期待されています。2月9日に開幕する平昌オリンピックの見どころをご紹介しましょう。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
競技発展のためにスキー場の充実を

VictorySportsNews編集部