ネリは「汚染された肉を食べたため」と弁明

17年8月15日に京都で行われた山中対ネリの初戦は、山中側のセコンドが4回途中で棄権を意味するタオルを投入し、同時にリングに飛び込んで試合が終わった。このタイミングが是か非かという論議はあったものの、ネリの4回TKO勝ちという結果は揺るぎないものだった。

ところが、その数日後、リングの外で騒動が勃発した。試合前の7月下旬にVADA(ボランティア・アンチ・ドーピング協会)がメキシコのティファナで行った抜き打ちのドーピング検査で、ネリのA検体が筋肉増強効果のあるジルパテロールに陽性反応を示したことが明らかになったのだ。検査日と結果判明日に大きなタイムラグがあるのは成分の分析に一定の時間を要するためで、のちにB検体も陽性だったと報告されている。

ネリが陽性反応を示したジルパテロールは家畜の成長を促進させるために投与されることがあるといわれ、特にメキシコでは広く使用されていると伝えられる。陽性反応が出たことに関してネリは「汚染された肉を食べたからだと思う」と弁明した。

これとよく似た事例として、2年前に当時のWBC世界スーパー・フェザー級王者、フランシスコ・バルガス(メキシコ)から、やはり家畜の餌に混ぜられることがあるクレンブテロールという違反物質が検出されたケースがある。このときのバルガスも「メキシコで食べた肉に混入されていたのだと思う」と自己弁護したものだ。その言い訳が信頼できるものか否かはともかくとして、バルガスは防衛戦の前後に繰り返し行われた検査ではすべて陰性だったため、結果として不問に付されている。ネリの場合も、山中戦後の検査も含め、一度のクロ以外、複数の検査はすべてシロという結果だった。

現在、意図的に禁止薬物を使用したことが証明されるか、違反が繰り返された場合、ボクシングの世界王座を認定、統括している主要4団体――WBA、WBC、IBF、WBO――は王座剥奪や一定期限の出場停止処分、罰金を選手および関係者に科す厳しい対応をとっている。特に4団体のなかで2番目に歴史があって最も加盟国の多いWBCは、16年5月から「クリーン・ボクシング・プログラム」というキャンペーンを張り、VADAと提携して薬物違反撲滅運動を推進してきた。抜き打ち検査や宣誓書の提出などに非協力的なボクサーに対しては、仮にスター選手であってもランキングから除外するなど思い切った策をとってきたのだ。

ネリの違反は、そうしたなかで起こったものだった。メキシコに本部を置くWBCにとっては難しい判断を迫られるケースだったといえる。

違反発覚後の処遇は程度や団体によって様々

©Kyodo News/Getty Images

過去の例をみると、違反が意図したものか意図しなかったものかにかかわらず、悪質だった場合は試合結果を「無効試合」に変更し、違反者が王者だった場合はその選手から王座を剥奪するケースが多い。

ただ、その先の判断は団体によって異なる。前王者に王座が返還される場合もあれば、王座を空位にして新たに決定戦が指示されることもある。ちなみに2年前、WBA世界ヘビー級新王者のルーカス・ブラウン(オーストラリア)の違反が発覚した際は、TKO負けを喫した前王者にベルトが戻されている。一方、10年以上前にIBF世界フェザー級タイトルマッチで勝って新王者になったオルランド・サリド(メキシコ)の場合は、違反の発覚と同時に王座が剥奪されたが、そのベルトが前王者に戻ることはなかった。そのときは王座が空位になり、新たに決定戦が行われた。

今回のネリの場合、違反発覚を受けたWBCが調査に乗り出したが、結果として新たな事実は見つからなかった。そのため10月31日になって「ネリが故意に禁止薬物を摂取したとは断定できない」という灰色の結論を出し、頻繁にその後もドーピング検査を受けることなどを義務づけた。疑わしき者を罰しなかったわけだ。複数の抜き打ち検査のなかで陽性反応を示したのが一度だけだったことが決め手になったものと考えられる。そのうえでネリに対しWBCはランキング1位に据え置いた山中との再戦を命じた。

この裁定は王座保持を認められたネリはもちろんのこと、敗戦後に引退も噂された山中にとっても、ある意味で朗報といえた。すでに山中は標的をネリに絞ってモチベーションを高め、現役続行を決めていたからだ。仮に王座が返還されたとしても、圧倒的な強さを見せつけて12度の防衛を重ねてきた山中が、「無効試合」でV13の日本記録に並ぶことを潔しとしないことは明らかである。ネリが灰色だったことは否めないが、WBCの裁定は山中にとっても歓迎すべきものだったといっていいのかもしれない。

通常、主要4団体は世界戦で拳を交えた者同士の即再戦を原則として禁止している。二者間で王座がたらい回しになり、ほかのランカーから挑戦の機会を奪うことになるからだ。しかし、例外もある。昨年のアッサン・エンダム(フランス)対村田諒太(帝拳)のWBA世界ミドル級タイトルマッチのように採点や判定結果に問題があったときや、反則で勝負が決したときなどがこのレアケースに該当する。また、5月5日に行われるゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/アメリカ)対サウル・カネロ・アルバレス(メキシコ)のような世界中の注目が集まるスーパー・ファイトも、ルールの枠を超えてダイレクト・リマッチが認められることがある。今回のネリ対山中の再戦は、それらの要素が少しずつ合わさったものと解釈することができる。

3月1日の因縁の再戦に向け、ティファナ在住のネリは国境を越えてアメリカで食料を調達し、栄養士を雇うなど細心の注意を払ってきたという。今回の試合では25戦全勝(19KO)のパーフェクト・レコードがすべて自力で築いたものだということを証明しなければならない。「山中は強いが、日本には勝つために来た。6ラウンドぐらいで倒す」と意気込んでいる。山中も「まずは勝つことが大事だが、やっぱりKOは一番の魅力。チャンスにタイミングよく(左が)決まれば倒せる」と雪辱に自信をみせる。

「パンテリータ(豹)」の異名を持つネリが再び牙をむくのか、それとも経験豊富な35歳の山中が「神の左」でベルトを奪い返すのか。3月1日、どんな真実が待っているのだろうか。
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(※編集注)
原稿執筆後に行われた前日計量により、体重超過のネリ選手の王座が剥奪されることになりました。3月1日の試合で山中選手が勝てば新王者、引き分けか負けなら王座は空位のままとなります。

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原功

1959年4月7日、埼玉県深谷市生まれ。82年にベースボール・マガジン社に入社し、『ボクシング・マガジン』の編集に携わる。88年から99年まで同誌編集長を務め、2001年にフリーのライターに。 以来、WOWOW『エキサイトマッチ』の構成を現在まで16年間担当。著書に『名勝負の真実・日本編』『名勝負の真実・世界編』『タツキ』など。現在は専門サイト『ボクシングモバイル』の編集長を務める。