サングラスのキャッチャーが患った翼状片とは?

21世紀枠で春の選抜に初出場する佐賀県の伊万里高校に、サングラスをしたキャッチャーがいる。梶山勇人選手は小学校3年生の時に発症した「翼状片」と呼ばれる目の病気の進行を予防するため、サングラスをかけているという。

翼状片をはじめとする眼疾患に詳しい福岡・林眼科病院の林研院長は、「翼状片」についてこう説明する。

「眼球の白いところ、白目の部分を覆っている結膜に何らかの異常が発生して、角膜に入り込んでしまう病気のことです」

翼状片は、白目の部分から黒目に向かって三角状(翼状)に結膜が伸びていき、見え方に影響を与える病気のこと。

「はっきりとした原因は不明ですが、日差しの強い地域で発症が多く見られるため、紫外線が主な原因では?と言われています。日本でも沖縄など、沿岸部の日差しが強く、光の影響を受けやすい地域で翼状片の発症患者が多く見られます。ウィルス説や、眼に入った異物説など諸説あり、発症に地域差があることから紫外線が影響しているという説が有力です」

林院長によると、翼状片の原因は現時点では「紫外線説」が有力ではあるものの、正式な原因として証明されているわけではないという。

「今回の梶山選手は伊万里高校とのことですが、同じ佐賀県でも玄界灘に面する唐津には翼状片の患者が多いというデータがあります。翼状片自体はそれほど珍しい病気ではありませんが、彼のように小学校3年生で発症するというのは非常に珍しいですね」

翼状片の治療法は? 梶山選手はなぜサングラスをかけている?

眼科の総合病院として九州全土から患者が集まる林眼科でも、翼状片患者は高齢者が多数を占める。小学校3年生から自覚症状があったという梶山選手のケースは非常に珍しい。
翼状片を治療する方法はあるのだろうか?

「病変部の進行がゆっくりな高齢者であれば、手術治療が有効です。ステロイド点眼などの薬物治療はあくまでも症状を緩和するための対症療法で、進行を止めるものではありません。根治治療となると外科的な手術と考えた方がいいでしょう。手術内容としては、翼状片部分を取り除くのですが、このとき重要なのが、異常な結膜を完全に取り除くことです。飛び出ている部分だけを取り除いても、結膜に病変部が残っていれば、再発の危険性が高まります」

梶山選手のような若年性の翼状片は、この再発の可能性がネックになるという。

「病変部をすべて取り除くと、結膜に欠損部が出ます。その部分は自家移植で補います。正常な組織を欠損部に移植することでブロックし、再発の予防を講じるのですが、若い患者さんの場合、手術で万全を期しても再発する可能性が高いんです」

新陳代謝が活発な若者は病気の進行も早く、再発のリスクも高い。手術をしても根治の可能性より再発の可能性が高いため、病気の進行具合によって手術を選択しないことも多い。
野球界では、2014年に横浜DeNAベイスターズの三上朋也投手が、翼状片と診断されオフに左目の手術を行った例がある。

「梶山選手の例では、発症から8年で、症状の進行はほとんど見られないとのことですので、手術は選択肢にならないのだと思います。翼状片患者の10代での手術はほとんどないと思います」

高野連のルールではサングラスの着用は許可制

「よく誤解されるから、ぜひ広めてほしいんです」
これは、21世紀枠での初出場を決めた直後、「サングラスのキャッチャー」としてメディアに取り上げられることが増えた際に、梶山選手が語った言葉だ。

梶山選手は、サングラスをかけていることで、「カッコつけている」「プロ野球の真似をしている」と、誤解されることも多かったという。

高野連の「高校野球用具の使用制限」のサングラスの着用の項目には、
「サングラスを使用する可能性のある時は、試合前(メンバー交換時)に主催者・審判員に申し出て許可を得たものの使用を認めることとする。メガネ枠は黒、紺またはグレーなどとし、メーカー名はメガネ枠の本来の幅以内とする。グラスの眉間部分へのメーカー名もメガネ枠の本来の幅以内とする。また、著しく反射するサングラスの使用は認めない」
と細かい規定が記されている。

禁止はされていないが、使用は許可制。着用には相当の理由が必要となる。イチロー選手を思い浮かべてもらえればわかるが、プロ野球選手のほとんどがデーゲームではサングラスを着用している。反射する偏光レンズ、真っ黒なレンズでなくても紫外線カットに一定の効果があるそうなので、サングラス着用を一律に禁じるようなルール自体を改める必要があるのではないか。

「個人的には、サングラスだけで翼状片の進行を止める効果があるとは言い切れないと思いますが、梶山選手の場合は、裸眼で野球をプレーすることで、眩しさや違和感があるのだと思います。本人に聞いたわけではないので推測になりますが、翼状片の影響で光が眩しいと感じたり、その眩しさがプレーの妨げになる可能性はあります」

林院長は、「翼状片に限っては、紫外線が直接失明につながったり、極端な病状進行につながるというエビデンスはないが」と断った上で、高校球児の目のケアについては、「配慮してもいいのでは?」と眼科専門医としての見解を述べる。

将来的にも心配な目への影響 健全さとは何か?

熱中症などを引き起こす高温多湿と比べて、紫外線の影響はまだまだ認知されていない。野球をはじめとする屋外で行われるスポーツにおいて、照りつける太陽の日差しは、時として深刻な健康被害をもたらす可能性もある。

実際、欧米では子どもたちの屋外スポーツでのサングラス着用は、目の保護という観点で一般的だ。
「欧米人は色素が薄いため、紫外線の影響を受けやすいのは事実です。日本人は虹彩の色が濃いのでサングラスをかけることは少ないのですが、夏の強烈な日差しを屋外で長時間浴びるとなると話はまた別でしょう」

発育段階の子どもたちだからこそ、紫外線のケアをすべきという見方もある。こうしたダメージが蓄積して、将来目の病気に発展するケースも理論上は考えられる。
「近年増えている加齢黄斑変性や白内障についても紫外線の影響は指摘されています。長期的に見ると目のケアとしてサングラスは必要かもしれません」

日本人にとって、「おしゃれアイテム」とみなされがちなサングラスは、高野連の規定がなくとも、たしかに高校生にそぐわないものとして認知されてきた。しかし、紫外線の悪影響、将来的な目の健康という観点から見れば、サングラスの着用こそが「健全な球児の育成」につながる側面もある。

今大会、梶山選手の存在がメディアで取り上げられたことで、本人が望む「翼状片への理解」が広がったのは間違いない。しかし、この問題に一歩踏み込んで、高校野球における「サングラスへの偏見」を考える契機とする動きがあってもいいのではないか。

<了>

取材協力:
林 研(はやし けん)
外来治療から手術までを担う眼科総合病院・林眼科病院理事長兼院長を務める。1982年、九州大学医学部卒業。86年ハーバード大学で角膜創傷治療の研究に携わる。89年、九州大学大学院卒業後、同大学医学部附属病院眼科教授助手を経て、98年林眼科病院院長に就任。

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。