タイブレーク、チケット一部有料化、変革の年を迎える甲子園と高校野球

2018年は高校野球が大きく変わる1年となりそうだ。人気上昇は明るい話だが、その副作用も強く出ている。変わらないために、変わらざるを得ない――。それが甲子園大会の現状だ。

1月26日には、第90回選抜高校野球大会へ出場する36校が発表された。同大会からは延長13回以降も試合が決着しない場合、両校が無死1、2塁から継続打順で攻撃を行うタイブレーク制度が導入される。「15回同点打ち切り/再試合」による日程長期化のリスクが一応は抑えられることになった。

ただ、これは変革のほんの序章に過ぎない。

高校野球の甲子園大会は10の倍数に当たる回を「記念大会」として扱い、出場校数も増やす慣習がある。2018年8月5日に開幕する選手権大会も第100回の節目で、出場校数が通常の49から「56」に増える。

第100回の記念大会では、チケット販売に関する大きな変化が起こる。選抜の出場校が決まる直前の1月24日に(1)外野席の有料化、(2)ネット裏の中央特別席の全席指定、前売り化が発表された。

それぞれの理由はよく分かる。夏の選手権大会を見ると、2015年の第97回大会頃から開門前の大行列が限界に近付いていた。甲子園はほぼ全席が当日券で、前売りは一・三塁側の自由席と、中央特別席の通し券しかない。これも数が限られていて、発売直後に売り切れていた。

中央特別席の前売り指定化の影響は率直に言って「恐ろしい」

2017年の第99回大会4日目(8月11日)は祝日、有力校登場と観客増の条件が揃った。第1試合の予定開始時間は8時00分で、通常ならばチケット発売開始と開門はその1時間前。しかし列が余りに長くなったため、開門が6時15分まで早められた。

大会の運営や警備に関わるスタッフは、その時間までに準備万端の状況になっていなければならない。「徹夜組」「尼崎始発組」「梅田始発組」と人が押し寄せて、早い日になると5時頃にはもう甲子園駅の改札付近まで人が溜まっている。そして球場に入ると6時15分だろうと30分だろうと、開門と同時に飲食の売店が空いている。アルバイトスタッフも5時、5時半くらいには集合しているのだろう。

甲子園球場は駅から徒歩3分ほどだが、駅前に大きな広場があり、観客の滞留スペースとして機能している。当日券を買うお客さんはそこに列を作って並ぶのだが、人数が3万人、4万人と増えればスペースは無くなる。一般の道路や住宅地に観客が入ってしまうようになれば、地域住民にも迷惑がかかる。甲子園大会の来場者は総じてマナーが良いし、警備員の誘導も手際がいい。ただそれでも「何か」が起こったときの安全を担保しづらい状況であることは事実で、特に兵庫県警が憂慮しているという話は漏れ聞こえてきていた。

したがって日本高校野球連盟(高野連)が円滑で安全な運営のため「手を打つ」ことは理解できる。

ただし、この程度の「改革」で課題が一気に解消するとは思えない。外野席の有料化については「外野席チケット発売に並ぶ列が長くなる」だけの話だろう。「朝6時前から並ぶ」「灼熱の炎天下で野球を見る」という気合が入ったファンにとって、500円の価格はあまり意味のないハードルだ。「金銭的に痛いから見に行くのをやめる」人が多いとは思えない。

中央特別席の前売り、指定化による影響は大き過ぎて想像ができないし、率直に言って恐ろしい。ネット裏には高校野球の「マニア・オブ・マニア」が全国から集結する場所。自分も含めて「ネット裏が無理なら一塁側、三塁側の内野席で我慢する」ことはできない。

甲子園のネット裏は八号門クラブといわれる熱心なグループが有名で、一般客からサインも求められるような有名メンバーもいる。近年はネット裏の「映り込みエリア」が少年野球チーム用の団体席になり、名物ファンは排除された。ただし彼らの足が甲子園から遠ざかったわけではないし、今は別の場所に散って試合を見ている。

有名人だろうが無名人だろうが、甲子園に魅入られた野球狂の生態は変わらない。何があろうとチケットを手に入れ、試合を一番楽しめる場所を探す。第三者的に見ればお金と時間の浪費だが、そういう「良識」は何のブレーキにもならない。

高校野球ファンのニーズは一つでない。「本塁の近くでボールのコース、打者のスイングをしっかり見たい」「日陰で快適に見たい」「選手、ベンチに少しでも近づきたい」「テレビに映りたい」とそれぞれだ。今までの仕組みは「とにかく早く来れば、それぞれの好みに合った場所に座れる」というものだった。しかし前売り、指定化によって需要と供給のマッチングが難しくなる。

チケット争奪戦をうまくさばけるか? 気がかりな「売り方」の問題

売り出しの方法は2月中に発表されるとのことだが、「どう売るか」は難題だ。高校野球に限らず「本当に必要としているファンにチケットが行き渡るようにする」ことが流通の大原則。一方でそれを完全に実現する方法は想像できない。

この国でチケットの争奪戦が激しい大規模エンターテインメントといえば、何といってもジャニーズのイベントだろう。ジャニーズ事務所はファンクラブを整備して先行販売の仕組みを作り、本人確認を強化するなど、相当に厳しいコントロールを行っている。

自分もファンの立場で、スポーツのチケット争奪戦に参加したことがある。例えば大学ラグビーのチケット争奪戦は何度も経験している。20年前はチケットショップに何十枚もハガキを送って、当選者にハガキが返ってくる方式だった。「ワープロ」で文面を作り、プリントアウトした記憶がある。

また関東ラグビー協会の主催試合は大手プレイガイドにあまり良券が流れず、老舗チケットショップに「お値打ち席」のある傾向が強かった。同じ席種でも前寄り、中寄り、屋根の下といった条件で価値は変わるのだが、マニアはそこにこだわる。そしてコアなファンは「ここの売り場は前日何時頃に整理券を配る」というようなことも知っている。そこで整理券を受け取り、翌朝に出直すと、スムーズに希望の席種が買えた。

大学生のときには本川越駅でプロ野球日本シリーズのチケットを求めて行列した。サッカーでも2007年11月にはAFCチャンピオンズリーグ決勝のチケットを求めて、「キャンセル流れ」が出る日にチケットぴあのカウンターに朝から並んだ。ネットで調べて、先輩に教えてもらってチケットの入手方法を覚えていく。それが「マニアへの入口」なのだろう。ジャニーズにしろ、スポーツにしろ、人気エンターテインメントのファンは「プラチナチケットをどう手に入れるか」というノウハウを内輪で共有している。

しかし高校野球ファンはそういうコミュニティーをゼロから作ることになる。従来は中央特別自由席の通し券に限ってプレイガイド、ミズノの小売店や朝日系列のカウンターなどで販売を行っていた。ただしそういった店舗は単品、少人数の対応なら可能でも、商品の説明や日付の特定といった小まめな対応は難しい。

「大会3日目を3枚買いたい」「4日目を5枚買いたい」といったやり取りをして、間違いのないように売るのは大きな手間だ。事前申し込みにして抽選を行うのか、特別ダイヤルを設けてオペレーターが電話で受け付けるのか、コンビニエンスストアなどにある店頭端末で一気に売り出すのか――。どんな方法にせよ16日分を混乱なく売り分ける難易度は高く、人間がやるにしても、コンピュータのシステムで処理するにしても負荷が大きい。

加えてこれだけ大掛かりな作業になれば、発売側の手間をさらに大きく増やす「席の位置を細かく指定する」対応は不可能だろう。何しろ今回の発売は枚数が多い。中央特別席だけで1日5千枚以上の売り出しになると思うが、それが16日分ある。なお個人的には「エリア指定」に止めた方が発売時の混乱を抑えられるという意見だ。選択肢が増えれば増えるほど販売が煩雑になり、混乱につながるからだ。

エンターテインメントビジネスとしてのノウハウがない高校野球

他のエンターテインメントならばファンクラブがあり、「お得意様」を優先して良席を売ることもできる。一次販売、二次販売と販売チャンネルを変えることもできるし、「こういう販売方法にする」という連絡も小まめにできる。甲子園大会も例えば「出場校枠」のような形で相手を絞って売れればベターだが、そういう仕組みをどう実装するのか想像できない。

高校野球にはファンクラブ組織がなく、良くも悪くもエンターテインメントビジネスとしてのノウハウを積んでいない。既に内輪で制度設計、システムの用意が進んでいるのならそれは嬉しい誤算だ。チケットぴあのような大手プレイガイドとの提携は現実的だが、どういう「商談」を進めるのか想像できない。本当に今年8月の甲子園大会までに隙のない、使い勝手のいい仕組みが完成するのだろうか?

また前売り券が増えることで、二次流通は間違いなく勢いづく。おそらく転売禁止が建前になるだろうが、それを実際の運用で抑止することは難しい。チケットに名前を入れる、身分証明書と照合する方法も、一人一人の確認に手間と時間がかかる。現状だと甲子園大会はサッカーの日本代表戦などで行われる荷物チェックがなく、チケットの「もぎり」だけ。他競技並みに入場チェックの人員を用意しても、作業を行うスペースがない。

変えないリスクは間違いなく大きかったし、変えるリスクもかなり大きい。「上手く変える」ことが現状を上手く切り抜ける正しい方法だが、それは容易でない。今回の発信を見ると「チケットの発売方法を変える」ことによるリスクを過小評価している感が否めない。

そもそも高野連にはサービス業にとって基本中の基本である「顧客を知る」ための発想やメカニズムがない。エンターテインメントビジネスから線を引いて行動することを是としており、それが売りにさえなっている。彼らが選手やファンに対して発信、要求をすることはあるが、外部のニーズに耳を傾ける姿勢はない。

相手が高野連の加盟校ならば一方的に規則を作り、破ったら罰を与えるという運用で良い。しかしマニアはそのように従順でないし、意に添わぬ規制があればその隙を探す厄介者だ。今回のチケット販売問題でも、ファンのニーズと実態を無視したことによる不毛な「いたちごっこ」が起こるだろう。

高校野球の甲子園大会はプロスポーツと違い、主催者サイドに売り上げと収入を増やすことへのこだわりがない。どちらかといえば「限られた人手で、大会を滞りなく進める」ことにプライオリティを置いている。運営上の手間、リスクは阪神グループや兵庫県警に「丸投げ」してきた。教育の一環という建前で行うイベントなのだから、非営利の姿勢は不変で構わない。しかし夏の選手権が短期間に90万人近い観客を集めるイベントとなった以上、来場者に対する責任が生じるし、そこへ主体的に向き合わねばならない。

ファンとコミュニケーションを取り、ファンを知る――。それが甲子園大会の主催者に求められるシンプルな方法論ではないだろうか。中長期的には専門家を雇用し、活動の規模に見合った組織体を整備することが望ましい。高校野球も「チケットセールス」「ファンの組織化」といった部分でエンターテインメントビジネスの手法を取り入れるべきだ。

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大島和人

1976年に神奈川県で出生。育ちは埼玉で、東京都町田市在住。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れた。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経たものの、2010年から再びスポーツの世界に戻ってライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビーなどの現場に足を運び、取材は年300試合を超える。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることが一生の夢で、球技ライターを自称している。