中東で開催される国際大会の破格の賞金額
超高層ビルの灯りが滲む夜空に花火が上がり、白い民族衣装に身を包む大会関係者たちが、鷲を象る金色のトロフィーと賞金額が書かれたボードを、優勝者へと手渡した。2月中旬に、カタールの首都ドーハで開催された、女子テニスのカタール・オープン――。その大会を制したペトラ・クビトワが掲げたボードには、“$591,750(約6,300万円)”と書かれていた。なお、カタール・オープン翌週のドバイ大会の優勝者が手にした金額は、$651,347(約7,000万円)。ちなみに、ドバイ大会と同じグレードである東京開催の東レ・パンパシフィックオープンの昨年の優勝賞金は、$194,860(約2,100万円)だった。
「この大会が初めて行われた年(2001年)、僕はまだ10代だったんだ」
カタール・オープンでドライバーとして働く青年が、17年前の日を懐かしそうに回想した。
「会場を見た時に、ボールガールたちがボールボーイと一緒に働いているのが新鮮でね。だって当時は、男の子と女の子が一緒に遊んだり出かけたりは、あまり出来ない時代だったから。だからみんな、ボールパーソンになりたがったよ。特に男の子はね」
21世紀元年に誕生した女子のテニス大会は、この地の民主化や欧米文化流入の象徴でもあっただろう。同時に、他より高い賞金額の大会を揃える中東は、テニス界での存在感を増していく。開催大会数は、ドーハとドバイでそれぞれ男女の大会が1つずつ。加えて、世界1位のロジャー・フェデラーをはじめとする多くの選手が、ドバイやカタールを“セカンドホーム”として活用している。なお、ドバイ大会のメインスポンサーは“ドバイデューティーフリー”。カタール・オープンのそれは、男子がエクソンモービルで、女子はトタルといずれも石油会社。今年、女子カタール・オープンはトタル社とスポンサー契約を3年延長し、トーナメントディレクターは「スタジアムや選手用のレストランなど、大会会場を大幅に改築する」プランも打ち立てた。
深センに470億円超のスタジアム建設も決定
経済成長と国内への欧米文化流入に伴い、テニスの大会が多く開催されるようになったのは中国も同じである。男子のプロテニスツアー(ATP)“チャイナ・オープン”が誕生したのが1993年。これは、カタールとドバイで男子大会が産声をあげたのと同年であり、その背景にはATPによるアジア市場開拓の動きがあった。
このチャイナ・オープンが、テニス界有数の大型大会へと変貌を遂げたのが、北京オリンピック翌年の2009年。この年、ATPと女子テニス協会(WTA)は年間スケジュールや大会群の構造改革を行い、男女共催の4つのツアー大会を、四大大会に次ぐ格付けとした。そのうち2つは北米開催、1つはスペイン開催で、残る1つがチャイナ・オープン。会場には、オリンピックのために建設されたナショナルテニスセンター、通称“鳥の巣”が選ばれた。なお男子のチャイナ・オープンは、ジャパン・オープンと同グレードの同週開催大会にも関わらず、賞金総額はジャパン・オープンの$1,928,580に対し、チャイナ・オープンは$4,658,510(約5億円)である。
そのような、中国の急速なテニス市場拡大を象徴するニュースが、年明けと同時にテニス界を駆け抜けた。年間ランキング上位8名のみが参加できる“WTAツアー最終戦”の開催地が、2019年より中国の深セン市に決定したのだ。関係者たちを驚かせたのはその内訳で、開催期間は10年間。これは、同大会の一都市での開催期間がこれまで3~5年だったことを思えば、破格の条件である。さらに賞金総額は、現在の$7,000,000(約7億5,000万円)から$14,000,000(約14億9,000万円)に跳ね上がるというのだ。
深センは多くの電子機器企業が本社を置く、中国有数の経済都市。ツアー最終戦の招致に並々ならぬ情熱を見せた同市は、なんと$450,000,000(約478億3,000万円)を投じて、都心部にスタジアムを新設することも決議している。もっとも、近年の中国が多くの大会を招致している理由の一つが、大手建設業者による、いわゆる“ハコモノ”乱立のため。それら新施設の豪華さには、日本人選手たちも驚きの声を上げる。ただし「観客が二人くらいしか居なかったりしますけどね」との言葉も添えはするが……。
今や、世界有数のテニス大会開催地域となった中東や中国だが、賞金や施設の充実度に、運営や観客動員が追いついているとは言い難い。果たして、テニスが真の文化として根付くのか――? その命題への解が、今後は問われていくことになりそうだ。
なぜ日本人選手は謝るのか? 社会学者の論考にみる『選手はもはや「個人」ではない』責任と呪縛
熱戦が繰り広げられている平昌オリンピック。メダルの期待がかかる日本人選手が続々と登場してくるなか、気に掛かるのは、その期待通りの結果を出せなかったときだ。これまでオリンピックなどのビッグイベントではしばしば、日本人選手がテレビの向こうにいるファンに向けて、涙ながらに謝る姿を目にしてきた。なぜ日本人選手は“謝る”のだろうか? スポーツの勝敗は誰のものなのだろうか? 平昌オリンピックが開催中で、東京オリンピックを2年後に控えている今だからこそ、あらためて考えてみたい。(文=谷口輝世子)
ルイ・ヴィトンのクラフツマンシップが支える”勝利の象徴“、スポーツ・トロフィー
世界最古のヨットレース、アメリカズカップとの邂逅を経て、1983年からそのサポートを手がけることになったルイ・ヴィトン。挑戦艇決定戦の開催と同時に、ルイ・ヴィトンしか担えないある重要な役割を担うことになった。その役割とは、世界最古のスポーツ・トロフィーとされ、歴史的な価値はもちろん、これまでの勝者の栄光、敗者の涙が刻まれたトロフィーを収納するケースを製作することだった。(文:大塚一樹)
S&Cコーチ、全米で広がるその仕事内容とは? USTAコーチ・大地智に訊く(後編)
近年、テニス界ではフィジカル能力が重要視されるようになっている。全米テニス協会のヘッドストレングス&コンディショニングコーチを務める大地智氏のインタビュー前編では、その理論の概要やテニス選手に必要なトレーニングについてうかがった。後編では大地氏のキャリアを振り返ってもらうとともに、今後、需要が増えていくであろうS&Cコーチになるためには、どうすればいいのかを伺った。(文=内田暁)
フェデラー20度目快挙の影で……ATPツアーに迫る「重大な危機」
テニスの全豪オープン、男子シングルス決勝はロジャー・フェデラー(スイス)の2連覇、歴代最多タイの6度目の優勝で幕を閉じました。グランドスラム歴代最多優勝数を更新する20勝目を挙げたフェデラーへの祝福の声が止まないテニス界ですが、昨シーズンから顕著になっているある重大な問題が積み残されたままだと言います。商業的には成功を収めているATPツアーに迫る危機とは?(文:大塚一樹)