イチロー、マリナーズ双方にとって「最良の決着」

「このニュースに触れて最初に思ったことは、『やはりアメリカって野球先進国だな』ということですね」

横浜DeNAベイスターズ前球団社長の池田純氏は、現地報道でも厳しい見通しが伝えられていたイチロー選手の来季の所属先が、メジャー残留、しかも古巣であるマリナーズで決着したことへの感想をこう話します。

「今季は、MLB全体でFA選手の去就がギリギリまで決まらない“異常事態”が続いていました。なかでもイチロー選手は年齢のこともあり、シビアな目で見られていたことは間違いありません。そんななかでの“古巣復帰”はイチロー選手にとってもマリナーズにとっても、とてもいい着地点、当然の着地点だなと私個人は感じました」

イチロー選手自身も日本球界復帰の「可能性」について言及するほど切迫していた事態は、18年目のメジャー、6年ぶりの古巣でのプレーという決着を見ました。

「イチロー選手が日本に戻ってきてくれるのであれば、それはそれで日本球界に素晴らしい影響を与えてくれたのは間違いありませんが、シアトル復帰はこれ以上ないシナリオだとも思います。さすがイチロー選手、こういう状況でも素晴らしい結果を自らの力で引き寄せたなと感じました」

池田氏が言及したのは、イチロー選手自ら会見で語った「耐える、耐性」という言葉でした。

「イチロー選手の真意まではわかりませんが、会見を見ていると、『耐える力、耐性』という言葉を使っていました。イチロー選手ほどのスーパースターでも、こういう状況に置かれて『どの道が見えてくるのか?』とか『その中でどの道を選択すべきか?』といったさまざまな葛藤がないわけではなかったかと思います。でも、そういう悩みや葛藤に耐えてきました。選手としての起用なんかにも近年耐性が必要なことも多かったのでしょうね。だから『耐性』という言葉を会見でイチロー選手が使っているのを聞いて、今回のメジャー残留、マリナーズ復帰という選択と決意の重さを私は感じました」

イチロー選手が会見で「耐性」という言葉を発したのは、「2012年にマリナーズを去ってからの5年半で選手としてどう変わったか?」という質問に答えたときのこと。

「耐性というのはいろいろなことに耐える能力、これが強くなった。明らかに強くなったと感じています」

いろいろなことを経験する中で耐性が強くなったと語るイチロー選手は、「耐性」の意味について自らの言葉でこう定義しました。これまでのキャリアで得た変化が、イチロー選手のマリナーズでの新しい使命を生んだともいえるのです。

(C)Getty Images

古巣復帰は単なる「温情移籍」にあらず

今回の移籍について「なかなか移籍先が決まらなかったイチロー選手をマリナーズが拾った」と見る向きもありますが、池田氏は「必ずしもそうではない。メジャーリーグの球団は温情だけで動くほど甘くない」と指摘します。

「球団としてのストーリー、イチロー選手とマリナーズ、そしてシアトルの街、ファンたちとのストーリーは確実に今回の契約に関係しているでしょう。私も何度も訪れたことがありますが、シアトルの街は雰囲気ありますよね。私にとってのシアトルはスターバックスとニルヴァーナとマリナーズの街なんですけど、シアトルの人たちにとって街のシンボルであるマリナーズ、要塞のようなセーフコ・フィールドでイチロー選手が活躍する姿がシアトルの人たちの脳裏に焼き付いているわけです。そんな歴史と記憶を刻んだ『イチロー』というレジェンドに対して、シアトルが、マリナーズが、そしてメジャーリーグが敬意を払ったという背景はあります。背番号51の躍動する姿を見たい、かつて見ていた風景に思いを寄せる。でも、メジャーはそれだけで契約するわけではないでしょう」

移籍が話題に出るようになってからのシアトルの歓迎ぶりは、まさにイチロー選手とシアトルの「絆」を思わせるもので、レジェンドに対する敬意が随所に見られます。しかし、池田氏は、この “美しい”移籍に関しても「日本的な浪花節、成績度外視の“なあなあ感”以上のものがあるはず」と言います。

「契約内容を見ると、メジャー最低年俸ではありませんが、75万ドル(約8000万円)にインセンティブが125万ドル(約1億3000万円)で、インセンティブの方が高い。これは、イチロー選手に対して十分な敬意を払った上で、あとは『結果を残してくれればインセンティブで報います』というプロらしい契約です。リスペクトする姿勢と、結果を求められるプロのシビアな面はきっちり分けている。ここがアメリカの、メジャーリーグの合理性でしょうね」

レジェンドとの再会を喜ぶ一方、「功労賞」としての1年契約ではなく、結果にも期待を込めてのチャンス。自らの年齢やキャリアに挑み続けるイチロー選手にとって、こうした条件はむしろ、心地いいのではないか? 発奮材料になるかもしれないという期待も高まります。

「イチロー選手は、メジャーリーガーの中でも飛び抜けてプロ意識の高いプロ中のプロです。来年以降のことはどうなるかわからないと思っていつもプレーしていると私は思います。日本でもそうですが、30代半ばになったら、どんなに素晴らしい選手であっても、1年全力でプレーして結果を残して、初めて次の契約が待っている。プロの世界では当たり前のことです。この1年契約は、これから何十年続くかもしれないイチロー選手とマリナーズの将来の関係がどう発展していくのか、その新たな発端となる“選手としての1年契約”。私は、また一つの楽しみな道が野球界に生まれたなと個人的に見ています。さすが野球先進国アメリカは、ストーリーを、ファンの楽しみを創り出してくれる」

2001年のメジャー移籍以来、18回目のシーズンを迎えることになったイチロー選手。「心のどこかに常にあった」というマリナーズへの移籍は、常に進化し続ける44歳にとって、新たなシーズンのスタートにすぎません。地元の敬意と期待を一身に集めたイチロー選手の2018シーズンの活躍に期待が高まります。

<了>

(C)Getty Images

取材協力:文化放送

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