MLBの移籍市場が停滞する理由は「買い控え」?

今オフの移籍の目玉といわれているダイヤモンドバックスからFA宣言したJ.D.マルティネス、前ロイヤルズのエリック・ボズマーら大物たちの移籍交渉が遅々として進まず、多くのファンがしびれを切らせています。イチロー外野手、上原浩治投手、青木宣親外野手ら日本人選手もいまだ所属先が決まっていません。前代未聞といっていい移籍市場の停滞は一体なぜ起きているのでしょう?

横浜DeNAベイスターズ前社長の池田純氏は、今季の移籍市場が「動かない理由」には複数の要因が絡んでいると言います。

「一つ大きいのは、2018シーズン終了後に超大物のFA移籍が控えているといわれていて、来年に向けての“買い控え”みたいなものが起きているということですよね」

池田氏は目に見えやすい要因として、MLB最高の左腕と評されるクレイトン・カーショウ(ドジャース)、26歳でFA資格を得ることになるブライス・ハーパー(ナショナルズ)らが市場に出るため、超大型契約が複数誕生するのではと予想されている来季を見据えて、各球団が積極的に動いていないことを指摘します。

今季の移籍に動きがないこともあり、アメリカでは早くも来季のオフに目を向けるファンも少なくありません。6年2億650万ドル(約254億円)でダイヤモンドバックス入りしたザック・グレインキー、デビッド・プライスが7年2億1700万ドル(約266億5000万円)でレッドソックスと契約した2015シーズンオフ以上の大型契約に期待する声が高まっています。

ドジャースのクレイトン・カーショウ(上)、ナショナルズのブライス・ハーパー(下)/(C)Getty Images

データ化が進み、より合理的に効率化が進んだ移籍市場

「各球団が動きづらいのはわかりますけど、見ている方としてはつまらないですよね。それともう一つ傾向としてあるのが、MLBでデータ化が進んでいて、リーグ全体が選手獲得にかなり効率を求めるようになったということでしょう」

池田氏は、“マネーボール革命”以降、急速に進んだデータ化によって、選手の評価指標が明確になり、ともすれば殺伐とした「合理的すぎる」市場が形成されていると言います。

「どの球団も中途半端な選手はとらないという意図が見えますよね。ある程度の選手は自前で育てられますし、大物が出ないなら積極的に動く意味がないという姿勢が透けて見えます。日本の移籍市場はまだ情緒的な側面がありますが、アメリカはドライ。人の心に訴えかけるような、たとえばデレク・ジーターがマーリンズのオーナーになったから、ヤンキース時代の盟友であるイチローを残すというような判断はしなくなってきています」

アメリカでは、投手の勝敗や防御率、打者の本塁打数や打率といった数字はすでに選手を評価する基準としては「不十分」という常識があります。セイバーメトリクスなどの統計指標が確立され、選手たちは細分化された客観的な指標でその有用性を判断されているのです。

「日本は勝敗とか打率とか、もっと言えばこの球団に骨を埋めてくれるとか、義理人情みたいな空気感が残っていますけど、アメリカに関してはもうデータ、数値化、可視化された指標による評価がすべてですからね」

より合理的になった選手評価システムのおかげで、近年まれにみる「退屈な」ストーブリーグになってしまったことは皮肉ともいえますが、データ活用が革命から常識、定着のタームへと完全にシフトしたMLBでは、市場の論理も以前と変質しているということなのでしょう。

ダルビッシュの動向はいかに? 市場は「まだ動く」

(C)Getty Images

気になるのは、日本人選手の動向です。ダルビッシュ有投手はMLB公式サイトが発表した“所属先未定オールスター”の先発ローテ1番手として名前が挙がっています。移籍先としてレンジャーズ、ヤンキース、カブス、アストロズ、ツインズの5球団が挙がっていますが、11日に本人がTwitterで「I know one more team is in.」とつぶやいたことも大きな話題になっています。

「ダルビッシュ投手はここから動きます」
池田氏は、ダルビッシュ投手が素晴らしい選手ではありますが、30歳という年齢もあり、金額設定や契約年数が難しい移籍になると指摘しつつ、急転直下で移籍が決まるのでは、と予想します。

「いまは移籍市場全体が動いていないので、ダルビッシュ投手についても当然動きがない状態です。でも、移籍市場はパズルのようなものなので、どこかのピースが動けばそれに連動してダダダッと動く可能性があります。ダルビッシュ投手がそのときのキャスティングボードになり得るのは間違いありません」

日本の移籍市場では、春季キャンプ目前まで決まらないなんて、という感覚がありますが、これも日米には温度差があると言います。

「日本はもうほぼクローズですよね。選手も決まってしっかり準備してキャンプインというのが日本のスタイル。アメリカはまた少し違います。直前に決まってもそんなに困らない。たとえばユニフォームひとつとっても、日本では袖の長さとか裾がどうだとか選手ごとに測って用意するんですよ。グローブも革や形、デザインがどうだと入念に準備します。アメリカはパーッと出して、S・M・Lどれですか? みたいな感じで事前の準備にそれほど時間がかからないんです。選手も球団もシーズン間際の移籍に慣れている。代理人たちも少しでも抱えている選手の価値を高めて有利な条件で契約しようとギリギリまで粘るんですよね」

こうした契約のスタイルの違いは、特に日本球界との比較で顕著だと池田氏は重ねて指摘します。

「日本は契約更改が長引くことをあまりよく思わない風潮がどうしてもありますよね。保留にして交渉するとファンまでも『がめつい』とか『交渉より結果を残せ』みたいな目で見る。私は球団社長だったときから選手が納得いくまで交渉してくれていいと思っていました」

「可能性はあります」と発言したイチローへの大きな期待

(C)Getty Images

もう一人、44歳になったイチロー選手の去就も気になるところです。

「イチロー選手は年齢やデータ、数字で見られたら結構厳しいです。もちろん彼のプレーはまだ輝きを失っていないわけですから、獲得に名乗りを挙げる球団が出てくる可能性はあるでしょう。ただ、日本でプレーするイチロー選手も見たいですよね」

池田氏は、イチロー選手の「本人が納得して戻って来てくれるなら」という条件付きで日本球界復帰に期待を寄せます。

「子どもたちの質問に答えていましたよね。『ゼロじゃない。可能性はあります』と。個人的には戻ってきてほしいですよね」

昨年末、故郷・愛知県豊山町での「イチロー杯争奪学童軟式野球大会」の閉会式でイチロー選手は参加者の子どもの質問に答えて日本球界復帰は「ゼロじゃないといってしまうと『可能性はあります』ということになっちゃう」と発言しました。「メジャーで」との思いが強いといわれていますが、池田氏はイチロー選手の日本での価値が「一選手の域を超えている」と評価します。

「あの技術やメンタルはすごいですよね。他の選手はもちろん、日本のプロ野球界に及ぼす好影響は、成績や結果以上に大きいと思います。いま自分が球団社長をやっていたら絶対に獲得したい選手です」

ここ数日で駆け込みでの活発化の兆しも見えてきたMLBの移籍市場。合理的なMLBの移籍市場はダルビッシュ投手、イチロー選手にどんな“答え”を出すのか? ギリギリまで目が離せません。

<了>

取材協力:文化放送

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VictorySportsNews編集部