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神宮球場の熱気を生み出す「今季への期待感」

3月18日に行なわれた、東京ヤクルトスワローズ対福岡ソフトバンクホークス戦。この日の神宮球場は、オープン戦らしからぬ熱気にあふれていた。それは、前年に「96敗」を記録したチームとは思えないほどの異様な熱気だった――。

球場には多くのファンが詰めかけた。前日までに内野自由席は完売しており、当初、内野の開門は10時に予定されていた。しかし、13時試合開始にもかかわらず、当日の朝8時にはすでに多くのファンが球場外周に幾重にも列をなし、開門のときを待っていた。そのため、当初の予定を繰り上げ、試合開始4時間前の9時に開場となった。

事前に多くのヤクルトファンが来場することが予想されていたため、球団は前日の段階ですでに、ビジターチームファンのためのレフト側M、N、O、P、Qの5ブロック分を「スワローズ側外野自由席エリア」に変更することを決めていた。そして、試合が始まる頃にはすでにこのエリアも多くのヤクルトファンで埋まることとなった。

そして、13時にスタートした試合は、山田哲人、バレンティンの豪快なホームランでヤクルトが主導権を握る。途中、ホークス打線のホームラン攻勢によって逆転を許したものの、7回裏に4連打など、怒涛の攻撃を見せてヤクルトは見事な逆転勝利。ライトスタンドを中心に「東京音頭」が鳴り響き、色とりどりの歓喜の傘の花が開いた。

この日の来場者は、公式発表で2万5137人。ライトスタンドには立ち見客もいた。球場売店の弁当類は早々に売り切れ、グッズ売り場には長蛇の列が見られた。この日の神宮球場はヤクルトファンを中心に、本当に多くの人々が集まっていた。

天気のいい日曜日の昼間だったこと。前年日本一のホークスが相手だったこと。試合後には選手たちのトークイベントなどが行われる「出陣式」が予定されていたこと……。満員となった要因はいくつも考えられる。しかし、これだけ多くの観客の足を神宮球場まで運ばせた最大の要因、それは「期待感」に他ならないのではないだろうか? そんな気がしてならないほど、今年のヤクルトには希望の光が満ちているのだ。

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最初の希望の光は宮本慎也のヘッドコーチ就任

昨年のヤクルトは143試合を戦い、45勝96敗2分という惨憺(さんたん)たる成績に終わった。「シーズン96敗」はチームワースト記録で、借金は51、勝率はまさかの・319。数字上では3連戦を戦ったとしても、一度も勝てない計算となる。シーズンシートを購入している僕は、それでも神宮球場に通い続けた。うんざりするほど負け続けた一年は、本当に長かった。

17年10月3日、辛く苦しいシーズンが終了する。ヤクルトファンとしての率直な感想を言えば、「ようやく長い一年が終わった」という安堵の思いが強かった。同時に「すべてを忘れて、来年に臨もう」とも考えていた。しかし、時間が経つにつれ、「それではいけないのではないか?」と自問するようになった。なぜなら、「96敗という未曽有の悲劇をきちんと反省、検証しない限りは同じことを繰り返すのではないか?」という不安が胸の内に芽生えてきたからだった。

そして僕は、「96敗とは何だったのか?」を探るべく、チームを率いていた真中満前監督、低迷の責任を取って辞任した伊藤智仁前ピッチングコーチにインタビューをした。同時に、打線の援護を受けられず泥沼の11連敗を喫した小さな大投手・石川雅規に会った。さらに新たにチームを再建するべく5年ぶりにユニフォームを着ることになった宮本慎也新ヘッドコーチに話を聞いた。

昨年の低迷によって山崎晃大朗、奥村展征、藤井亮太ら若い選手が多くの経験を積み、今季に期待できること。3年目を迎える廣岡大志が、いよいよ覚醒のときを迎えそうなこと。川端慎吾、畠山和洋、雄平ら、昨年故障に苦しんだレギュラー選手たちが、こぞって順調な回復傾向を見せていること。あの由規がいよいよ完全復活の兆しを見せていること……。

さまざまな「希望の光」の中で、僕にとって、もっとも期待感を抱かせてくれたのが、小川淳司の4年ぶりの監督復帰と宮本慎也のヘッドコーチ就任だった。自ら「調整型」を任じる小川監督と、「厳しさ」を前面に押し出す宮本ヘッド。このコンビこそ、僕が長年待ち望んでいた、「優しさと厳しさ」の両輪を兼ね備えたツートップなのだ。

昨年、ヤクルトの歴史を極私的にまとめた『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)という本の中でも書いたけれど、ヤクルトという球団は「緩さと厳しさが絶妙なバランスを保ったときに強くなる」と、僕は考えている。まさに、「小川&宮本体制」は、その理想を実現するのにもってこいの人事だと思う。先日、別件で小川監督にインタビューする機会があった。小川監督にそのことを告げると、「僕の役割はまさに、そのバランスをきちんと取ること」と語っていた。さらに、広島の躍進を支えた河田雄祐、石井琢朗という名コーチの招聘も決まった。まさに希望の光が差し込みつつあった。

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最強の希望の光は青木宣親の電撃復帰

そして1月末、衝撃的なニュースが届いた。

青木宣親、ヤクルト復帰――。

まさに、超強力助っ人の電撃加入であり、待望の「ミスタースワローズ」の古巣復帰だった。まばゆいばかりの希望の光に、「青木復帰」を報じるスポーツ紙を手にしたときに目がくらむ思いがした。どん底の真っ暗闇からようやく抜け出した先に差し込む希望の光。目がくらむのも当然のことだったのかもしれない。青木の復帰前に行われたインタビューにおいて真中満前監督は言った。

「今のヤクルトにはチームリーダーがいない。チームの軸として試合で活躍しながら、普段の練習においてもみんなを引っ張って行ける存在がいれば、チームのムードも大きく変わります」

この言葉を聞きながら、僕は青木のことを思い出していた。日米双方の野球を経験している青木こそ、チームリーダーにふさわしい人材ではないか。以前、小久保裕紀侍ジャパン前監督にインタビューした際に、「今回のメンバーの中では、青木がチームを引っ張っていってくれた」と語っていたことを、改めて思い出す。実際に沖縄・浦添キャンプにおいて、青木が山田や廣岡に対して、積極的に声をかけ、アドバイスをしている姿を何度も見た。

また、精神的支柱としてだけではなく、青木の加入は、ヤクルト打撃陣にさらなるバリエーションをもたらすことになった。これによって、昨年は山田一人に相手チームからのマークが集中したものの、今年は山田、バレンティン、青木にマークが分散されることだろう。青木が一番を打つのか、それとも三番なのか、あるいは四番を任せるのか? 夢と希望は膨らむばかりである。

最後に小さな大投手・石川雅規の言葉を紹介して、本稿の結びとしたい。石川の言葉に、僕は希望の光を見たからだ。

「去年は終盤になると、何をモチベーションにすればいいのかわからなくなっていました。もちろん、ファンの方のためにやっていたけど、何となく球場に来て、何となく負けるっていう感じだったんですよね。でも、それじゃダメなんですよね、やっぱり……」

さらに、石川は力強く続ける。

「……そんなに簡単に変われる、強くなれるとは思っていません。でも、“しょうがねぇな”とか、人のせいにし始めたら終わりだと思うんですよね。僕にはもう失うものは何もないので、今年はいろんな人の思いを背負いながらガムシャラに投げたいと思っています」

石川の言う、「いろんな人」とは、96敗というどん底にありながら、それでも声援を送り続けたファンであり、支えてくれる家族であり、昨年までともに戦った真中満、伊藤智仁であり、志半ばでユニフォームを脱いでいかざるを得なかったかつての仲間たちのことだった。

小川淳司監督、宮本慎也ヘッドコーチによる新首脳陣たち。グラウンド内外の支柱となる青木宣親の電撃復帰。そして、石川雅規をはじめとする屈辱にまみれた選手たちによる「今年こそ!」という熱き思い……。それらがひとつにまとまった希望の光が、力強く、そして煌々と今のヤクルトを照らし始めている。その光に吸い寄せられるように、期待感を募らせた多くのファンが球場に駆けつけているのだ。それが、あの日の神宮球場だったのだ。

さぁ、逆襲の2018年が始まろうとしている。開幕まで、あとわずかだ――。

<了>

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VictorySportsNews編集部