奇跡、神秘と対極にある「典型的サウスポー」

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多くの報道関係者から拍手で迎えられる中、壇上に現れた山中は、利き手の右ではなく左拳を高らかと挙げ、照れくさそうな笑みを見せた。この拳に備わった「神の左」の名付け親は、後援会の同級生だったそうだ。応援用の特製Tシャツにこれが登場した当初、山中は「大げさだろう」とむずがゆく思ったと明かす。しかし、この会見ではこうも言った。

「ずっと左のパンチで結果を出してきたので、みなさんが違和感なく、この言葉を使ってくれているように感じましたし、僕自身も、この言葉に恥じない試合をして来られたと思います」

ボクシングを語る際に輝く目は選手最後の日まで変わらなかった。

中学の卒業アルバムの時点で、山中はボクシングの世界王者が夢だった。欲しいチャンピオン・ベルトはWBC(世界ボクシング評議会)のものという具体的なことまで決めてあり、これを2011年に実現させたが、以降の充実度高き防衛戦の数々から、山中は「目指した夢以上の結果を出せた」と振り返った。

アルメニアの英雄で「レイジング・ブル」の異名を取るビック・ダルチニアン(オーストラリア)や、つかみどころのないディフェンス・マスターで「幽霊」と称されるアンセルモ・モレノ(パナマ)といった名のある強豪さえ、「神の左」こと絶品の左ストレートを打ち込みまくった。

「自分は歴代の世界チャンピオンの中でも、トップクラスの引き出しの少なさだったかも知れないですけど、それでもこれだけ結果を残せたのは、高校時代から練習を積み重ねてきた左右のストレート(ワンツー)を信頼できたからだと思います」

技術の基礎知識として、山中の構えは通称サウスポー・スタイル。オーソドックス・スタイルと呼ばれる右利き用の構えとは左右が対称になり、右手、右足が前になる。サウスポー・スタイルがオーソドックス・スタイルと戦う際は、山中に限らず、左ストレートを相手のアゴに当てることが軸に指導されやすい(右フックが軸になることもある)。攻撃パターンが多くないのも山中に限ったことではなく、山中は、奇跡的、神秘的というより、むしろ典型的なサウスポー・ボクサーだった。ただ、それが極めてシンプルでも勝ち続けられたのは、極めて優秀な才能の持ち主だったともいえるかもしれない。

山中にとって最も印象深い左ストレート

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6年半守ったWBC世界バンタム級王座は、ファイティング原田のような「日本のザ・グレイテスト」から、無類のカリスマ性を誇った辰吉丈一郎、辰吉と壮絶な争奪戦を繰り広げた薬師寺保栄らも保持した歴史があり、日本人にとって馴染みが深い。今世紀に入ってからも、長谷川穂積が同王座を10度防衛している。

長谷川氏はテレビ番組の対談で山中に「どんな距離感で左ストレートを打つか」を尋ねた際、印象よりずっと大きく踏み込み、手首を深く捻り込む「コークスクリュー」の技術に、思わず「こわ…!」と声を上げて絶賛した。これも、山中のポジショニングの才能が秀でていたからこそ光ったものだ。

会見で山中は、左ストレートが特に冴えたノックアウトに2度目の防衛戦(2012年11月)だったトーマス・ロハス(メキシコ)戦を挙げた。ロハスは負け数の多いボクサーだが、のちに3度世界王座に就く河野公平を翻弄した試合で、いかに捕まえづらいかを日本のファンにもアピールした。それを山中は第7ラウンド、「神の左」で糸が切れた操り人形のようにして沈めたのだ。

「あれ以来、あの一発をイメージしながら、試合に向けての調整ができました」

最も印象深いと振り返った試合はモレノとの第2戦(2015年9月)。安定政権を築いてきた山中だが、モレノとの第1戦(2016年9月)は辛勝で、再戦もダウンの応酬となった。それでも、第1戦より明確に7ラウンドTKO勝ちで決着をつけている。

「再戦ではどう自分を変えていくかで悩みましたけど、実際のリング上で、ああいう結果を出せたのには、非常に満足しました。それにあの興行では、僕の試合前に長谷川さんが劇的勝利(世界王座3階級制覇)を収めたので、ボクシングファンのみなさんにも心に残っていると思います」

ただし、モレノを2度破っても、その戦力的評価が比例して高まったわけでもなかった。モレノ第1戦に続くリボリオ・ソリス(ベネズエラ)との10度目の防衛戦(2016年3月)でも、山中はダウンを喫しており、倒すスタイルへの修正の一方で、以前よりパンチへの反応が鈍った感も見受けられた。

キャリア最後のネリ戦が日本のボクシングに残したテーマ

2017年8月、日本記録タイの13度目の防衛戦で迎えたのが、山中の長所をそもそも活かしづらいパワー型サウスポーのネリだった。結果は山中の4回TKO負け。しかし間もなくネリにドーピング疑惑が浮上し、WBCの指令に則って、今月1日、再戦が実現することになった。ところが、今度はネリが体重超過を起こし、山中は怒りをあらわにした。その記憶はファンにとって今も新しく、そして深い。しかし、この引退会見では、功績を称えるムードを濁さないためか、ネリ戦の話題が多く挙げられることはなかった。

野暮を承知で本稿では、ネリ第2戦への持論を少しだけ述べたい。この試合直後、山中本人が少なからず試合への満足を口にしたのとは対象的に、世論は感情的にならずにはいられなかった。例えばネリに倒されたパンチについて山中自身が「見えなかったから効いた」と答えたが、以後の報道では「体重超過によるパンチ力の差で効いた」と思わせるものが少なくない。さながら山中の敗因は体重オーバーに尽きると言わんばかりだが、会場に入った時点でネリの体重は山中よりわずか900グラム多いだけだった。山中の神秘性を過剰に高めてしまうのはいかがなものか。問題となった前日計量でも、ネリは最初に2.3キログラムと論外なほどオーバーしたが、大切なのは最後、つまり2度目であり、ここでのオーバーは1.3キログラムと極端には多くなかった。

つまり、結論の数字だけでは、ネリが山中や日本のファンに感じさせた壮大なストレスが表れておらず、日本が世界のボクシング界とネリへの怒りを共有し、新たなルールづくりを検討していきたいのであれば、まずは、世界中のファンが日本と同等なほど山中に感情移入しなければ難しい。それが無理ならば、日本は世界ではなく、自分たちを変えることで世界に影響を与えることが現実的だ。

アメリカ的な考えなら、最も多くの人種で共有できる正義は、大金を得ることであり、悪は罰を受けることだといわれる。その点ではJBC(日本ボクシング・コミッション)がネリを永久追放とした独自制裁は、ネリへの反省材料としても十分に有効だ。軽量級の最大の市場となっているのは日本であり、日本に来られないことは、正真正銘、最大の市場を失ったことになるからだ――。

家族に支えられ、すべてをボクシングに捧げた半生

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話を戻し、引退会見では山中の専修大学時代まで振り返られた。当時の山中は、才能を持て余した練習不足。それがプロデビュー当時のパフォーマンスの不出来にまで影響していた。それでも山中の潜在能力を見込んでいた浜田剛史・帝拳ボクシングジム代表は言う。

「“練習ではいいけど試合ではよくない”という状況が、応援が大きくなる中で、“練習でいい調子じゃなくても、試合では力が出る”と変わっていった。最終的には、お客さんが、今、こうやってほしいと思うときに、それを実行できる選手だった。デビュー戦ではチケットを20人しか買わかなかったと言いますが、最後の試合であれだけたくさんの人たちが集まってくれたのは、山中の人間性に惚れこんでいたんじゃないかと思います」

記者から今後について聞かれると、山中は具体的には決めていないと答えてからこんなプライベート話を口にした。

「王座を初防衛してから、結婚して、子供が二人生まれる中で、家族には本当に支えられました。迷惑もいろいろかけてきたので、これからは家族のために、ある程度ワガママには応えようと思います。子供は今まで試合が終わっても、テレビをつけたら、戦隊モノかアニメしか観ていなかったんですけど、最後の試合以降、僕の試合ばかり観ているので、パパが一生懸命やっている姿を、何かしら、やっと感じ取ってくれたのかなと思いました」

己の人生は、すべてボクシングに集約されてきたと振り返る山中。その引退会見の会場では、記者が去った後、無邪気に追いかけっこをする長男、長女の声が元気よく聞こえていた。神の左よ、せめてこの子たちにとってだけでも、まだ当分の間、人生の道しるべのように崇高に輝いていてほしいものだ。

山中慎介、伝家の宝刀「神の左」 KO奪取の秘訣は「距離感と下半身」

昨年8月、山中慎介(35=帝拳)は高校時代を過ごした京都でルイス・ネリ(23=メキシコ)に4回TKO負けを喫し、5年9カ月の長期にわたって12度防衛してきたWBC世界バンタム級王座を失った。3月1日にはリベンジと返り咲きを狙って東京・両国国技館でネリとの再戦に臨む。互いに手の内を知っているサウスポーの強打者同士だけにKO決着は必至といえる。勝負そのものはゴングを待たなければならないが、どんな結果が出たとしても変わらないものがある。それは山中のV12という実績と左ストレートのインパクトの強さだ。戴冠試合とネリとの初戦を含めた14度の世界戦の戦績は13勝(9KO)1敗。世界中の猛者を相手にする大舞台で記した数字としては驚異的なものといっていいだろう。しかもKOに結びつけたダウンのほとんどが「神の左」によるものである点も興味深い。選手生命を賭したリベンジマッチを前に、山中の半生をあらためて振り返り、そしてKO量産の秘訣を分析してみよう。(文=原功)

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善理俊哉(せり・しゅんや)

著者プロフィール 善理俊哉(せり・しゅんや)

1981年埼玉県生まれ。中央大学在学中からライター活動始め、 ボクシングを中心に格闘技全般、五輪スポーツのほかに、海外渡航を生かした外国文化などを主に執筆。井上尚弥と父・真吾氏の自伝『真っすぐに生きる。』(扶桑社)を企画・構成。過去の連載には『GONG格闘技』(イースト・プレス社)での『村田諒太、黄金の問題児』などがある。