史上最多の観客数、テレビでは連日報道されているが……

大阪桐蔭と金足農業の決勝戦に駆け付けた観客の数は4万5000人。早朝から「満員通知」が出されることも珍しくなかった。

一部指定席化、有料席値上げなどをもろともしない「甲子園人気」は高まる一方に見えるが、横浜DeNAベイスターズで“子どもの野球離れ”を目の当たりにし、独自の改革を進めた池田純氏は、違った視点から甲子園の喧騒を眺めている。

「高校野球、甲子園がこれだけ話題になるのは素晴らしいことですよね。やっぱり甲子園はすごいなと思います。“甲子園ファン”は根強い。でも、この“甲子園人気”が即、子どもの野球人気につながるとはいえないというのが、私があらためて考えさせられた点です」

池田氏が指摘するのは、野球界、ファンの両側面から、日本の野球の未来を担う子どもたちへの影響力だ。

「野球をすでにやっていて、甲子園を見て選手に憧れを抱く子どもたちはいると思います。今大会で一躍人気者になった吉田輝星投手(金足農業)のようになりたいと言う子どもは、すでに野球が好きな子どもたちの中にはかなりいるでしょう。しかし、私がベイスターズの球団社長時代から、子どもが野球を始めるきっかけ、接点の多様化に苦慮してきたのと同様に、『甲子園が野球を始めるきっかけになっているか?』というと、いまだに懸念が残ります」

夏の国民的行事といっていいほどメディアで取り上げられる夏の甲子園だが、確かに甲子園球場に足を運び、テレビにかじりついている人の大半は大人だ。一昔前と違って、子どもたちが野球を観る習慣がない現代では、甲子園の熱気が子どもたちに波及する割合は以前より低いと考えるのが妥当かもしれない。

「私と同世代、40代以上の人たちは親子3世代、おじいちゃん、お父さんとテレビで野球を観ることが日常だった世代といえるでしょう。好き嫌い、やるやらないは別にして、野球がいつも子どもの身近にあった。甲子園も、世代に関係なく日本中の文化でした。

しかし、若い世代との接点をつくるのが非常に難しい時代環境に突入したいまは、地上波の放送は大幅に減り、家族でテレビを観る習慣すらなくなっています。スマホが普及し、若年層はYouTubeやAbema TVを観ている時代、視聴率や観客動員が増えているのはあくまで甲子園ファンの中だけの話で、『子どもたちの野球人気の再来!』とは簡単にいえないように思います」

子どもたちに“覚悟”を強いる野球

「甲子園で戦う高校球児の汗と涙を否定する気はまったくありませんが、『感動をありがとう!』で終わらせてはいけない問題が数多くあります。熱中症対策の問題、投手の連投、投球数、肩や肘の酷使……、こうした問題は、これから野球を始めようと思う子どもたちにとっての“障壁”になります」

暑い中、坊主頭の高校生が汗だくになりながら懸命にプレーする。高校3年間の青春をすべて野球に捧げる。こうした物語があるからこそ人々は甲子園に熱狂し、一球一球を食い入るように観る。夏の甲子園とそこに至るまでの過程、取り巻くが環境が「感動の舞台装置」になっているのは紛れもない事実だが、視点を変えてみれば、このある種の一途さが、子どもたちの障壁になっている可能性がある。

「もっとおおらかな野球の世界が広がってもいい時代なのではないかと思います。甲子園を観ていると『あんなふうにプレーしたい』と思う子どもがいる一方で、『あんなふうにはできない』『あそこまではまだ考えられない』と思う子どももたくさんいる時代です。坊主はイヤだとか、野球しかできなくなるのはイヤだとか、もっと違うことをやりながらという選択肢があってもいい」

かつてはスポーツというよりも、まるで武道のように「野球道」を追究することを公言する指導者も少なくなかった高校野球の現場だが、近年では、坊主頭を強要しない部や、生徒の自主性を重んじる指導も増えてきている。

「旭川大高校の『坊主禁止』が話題になりましたが、髪型が話題になる時点で歴史と文化の濃い特殊なスポーツだと感じます。逆に坊主にしたい子はどうするんだという疑問を感じたりもしましたが、野球をするにはある種の“覚悟”が求められる。その象徴の一つが“坊主頭”で、こうした障壁のようなものがあると、気軽に野球を始めてはいけないと思ってしまう時代に様変わりしていますよね」

池田氏が懸念するのは、人口減少、少子化のスピードより早く進行する野球人口の減少だ。

「ただでさえ野球との接点が減っている中で、子どもたちが相当な覚悟をしないと野球を始めてはいけないような空気が出来上がっている。ベイスターズ時代に神奈川中のすべての子どもたち72万人にベースボールキャップを無料配布することで、子どもたちとベイスターズ、野球の接点をつくろうとしたことがありましたが、いまの時代はそれぐらい気軽な接点でないと興味を持ってもらえません。始めるのに覚悟がいるスポーツが選ばれるのが、より一層難しい時代になっていくのではないかと感じています」

覚悟を求められるのは子どもたちだけではない。本格的に野球をやろうと思えば、母親はさまざまな当番で忙殺され、父親も車出し、応援に駆り出される。兄弟姉妹はそれに付き合わされ、家族もほとんどの時間を野球に費やすことになる。

野球との接点をどう創出するか

「友人が、野球だけではなく他のスポーツをやってもいい、それが理由で休んでもいい、親への関与の義務感や強要もないという“ゆるい”チームをつくったのですが、入団申し込みが殺到しているそうです。野球はやってみたいけど、他のスポーツにも興味があるし、勉強だってしたい。野球をやるからといって、すべてを野球に捧げなくてもいいわけですからね」

アメリカでは幼少期に複数のスポーツをシーズン制で行うのが当たり前だ。高校、大学でも複数の競技を掛け持ちする選手は珍しくなく、複数競技でプロ選手になる“二刀流”も存在する。

「日本のスポーツの世界での新しい意味での“二刀流”ですよね。甲子園が終わったらサッカーをやり、冬はバスケットボールをやる、というような選手が出てきたら、新時代が到来したと思いませんか? 次世代のスポーツの一つのあり方、今の時代に合った多様性、次世代型スポーツを通したタフな人間形成のモデル。今の若い世代の方たちには、次世代若年層の憧れ、モデル、スターが生まれる発端のように感じる人も多くなるのではないかと思います。“野球好き”の枠を超えて話題になり、甲子園も今とは違う意味ですごく盛り上がるようにもなると思いますし、『野球やってみたい』『スポーツって楽しい』と思う子どもたちが増えてくれる新しいきっかけになると思います」

100回を重ねて築いてきた伝統は尊いが、時代に応じて変えなければいけないこともある。感動を届ける一方で、さまざまな問題に対する疑問も聞かれるようになった高校野球に、もっと多様性があってもいいのは間違いない。

「子どもたちの未来を考えればこそ、あえて厳しくいえば、甲子園が野球しかやってこなかった高校生を生み出している側面もあると思います。もっと自由に始められ、とっつきやすい野球があってもいい。甲子園の文化は尊重すべきですし、そういう世界があって日本球界が成り立っていることは否定しませんが、別の世界が許容されて広まってもいいと思います。カジュアルに野球を楽しめるきっかけがないと、本当に野球をする子どもがもっと減っていってしまうかもしれません」

野球人口の減少については、中学の軟式野球部員数が約20年で半減というニュースが報じられるなど多くの関係者が危機感を持っている。多くの人に感動を与える夏の甲子園も、野球をプレーする球児あっての物種。日本の野球の競技力水準の高さは、長くナンバーワンスポーツとして君臨した裾野の広さにその要因があったのは紛れもない事実だ。

「ファンはいるけど、そもそも野球をプレーする選手がいない」

本末転倒な未来を避けるために「野球との接点」を増やし、子どもたちが野球を始めやすい環境を整えることが火急の課題。甲子園がその起爆剤となるポテンシャルを秘めているのは間違いない。

<了>

甲子園は堂々と儲けてはいけないのか? 商業化の是非を二元論で語ってはいけない理由

今年の甲子園は例年に比べても多くの観客を動員している。今大会からバックネット裏のおよそ5000席が「中央特別自由席」から「中央特別指定席」に変更になった影響や、有料席の増加、値上げを心配する声もあったが、蓋を開けてみれば観客減は杞憂に終わった。今回の値上げなどは主に混雑緩和と安全確保、警備費用を目的としているが、絶大な人気を誇る“夏の甲子園”を、どう原資を確保し発展させていくかについてはさまざまな議論がある。横浜DeNAベイスターズ初代球団社長で、現在はスポーツ庁参与も務める池田純氏に、高校野球の「経済的側面」について意見を聞いた。(構成/大塚一樹)

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ドーム開催の高校野球は「甲子園」なのか? 過熱する“熱中症対策”論議の違和感

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夏の甲子園は100年後どう変わっているか? 200回大会の未来予想

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3月のコラムで掲載した「高校別プロ野球選手輩出ランキング」。これはあくまで現役選手に限ったものだった。より直近の勢力図を見るために、今回は過去10年間にプロ(NPB)に入団した選手の出身校をランキング化することにした。なお、社会人と独立リーグについては複数のチームを経てNPB入りしている選手もいるが、そのようなケースは各カテゴリーの中でドラフト指名時に所属していたチームのみをカウントした。また、育成選手としての入団も対象としており、指名を拒否して入団しなかったケースは対象外としている。

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大塚一樹

1977年新潟県長岡市生まれ。作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はスポーツを中心にジャンルにとらわれない執筆活動を展開している。 著書に『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソルメディア)、『最新 サッカー用語大辞典』(マイナビ)、構成に『松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気』『なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか』(ともに東邦出版)『スポーツメンタルコーチに学ぶ! 子どものやる気を引き出す7つのしつもん』(旬報社)など多数。