【前編はこちら】なぜ日本代表は前評判を覆せたのか? チームビルディング専門家が考える“チームづくり”の極意

FIFAワールドカップで2大会ぶりにベスト16へと進出した日本代表。なぜあれほど低かった前評判を覆し、望外ともいえる躍進を遂げることができたのか? チームビルディングの専門家として組織の成長理論を体系化し、『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則――『ジャイアントキリング』の流儀』の著者でもある楽天大学の学長、仲山進也氏とともに、“チームづくり”の観点からワールドカップを振り返る。(インタビュー&構成=池田敏明)

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チームビルディング視点でのキーパーソンは、3大会連続で本田圭佑だった

――ワールドカップの日本代表は、チームビルディングの観点では成功だったといえるのでしょうか?

仲山 成功かどうかは、チームをどの範囲で考えるかによって評価が変わります。ピッチ上の11人と見るか、招集された23人と見るか、監督・コーチ・スタッフも入れて見るか、さらにはサポーターを入れたり、日本サッカー協会を入れて見ることもできます。
 ちなみに、グループリーグで日本がゴールを決めた時に、「選手が誰も西野朗監督のところに駆け寄っていかなかった」と話題になっていました。これはおそらく、選手だけで集まって話をして「カオス期」を超え、選手たちだけでチームになれた状態だったからです。「カオス期超え」に西野監督も加わっていれば、みんな西野監督のところに行くと思うので。その後、ポーランド戦後のミーティングを経て、「西野監督も含めて一つのチームになった」という見方はできます(※詳細は前編を参照)。
 いずれにしても、「カオス期」を超えて「チーム期」に至った結果がベルギー戦での善戦につながったのは確かです。その証拠といえるのが、大会後の本田圭佑選手のコメントでした。本田選手は、「自分が試合に出ていない時に、みんなが頑張っているのを見てうれしいと思えたのは初めてだ。今までは自分が出ていないと意味がなかったけど、ベンチに座りながらみんなを“自分ごと”として応援できた」と語っています。これは「グループ期」には決して生まれない、「チーム期」ならではの感覚です。

(C)Getty Images

――本田選手にフォーカスして3大会を見ると、どんなふうに考えられるのでしょうか。

仲山 本田選手は日本人には珍しい「カオス体質」で、2010年南アフリカ大会では若手ながらも気後れせずに意見を言うことで、「グループ期」から「カオス期」に移行するきっかけをいい感じでつくれていたのではないかと思います。2014年ブラジル大会ではすでに絶対的存在になってしまっており、周囲が誰も異論を言うことがなかったためにカオスが生まれず「グループ期」のまま終わった感があります。それが今大会では自ら意識的に “心理的安全性”を生み出す役割の一端を担った(※詳細は前編を参照)。3大会連続でキーパーソンだったといえます。

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――今大会で日本代表に起こったことを、再現性を持って次回大会以降に生かすためには、どうすればいいのでしょうか。

仲山 僕は戦術の専門家ではないので一切考慮に入れず、チームビルディングという視点だけで考えるとすれば、いつも直前に「このままではいけない」と追い込まれて初めてカオス期に進むことで結果が出る、という状況には学びがないなと思っています。きちんとチームビルディング的なコミュニケーションをデザインして、4年間かけて積み上げていけば、もっと高いチームレベルまで到達できるはずです。
 代表というのは、クラブに比べて時間が取りにくいので、難易度が高いです。しかも、集まるたびにメンバーが入れ替わって「初めまして」の人がいることが多い。サッカーに限らず、「初めまして」の人が入ってきたら、全体としては「グループ期」の状態に戻ります。みんなで心理的安全性を高めるためのコミュニケーションを取り直さないと、新人は「様子見」せざるを得ないわけです。もし僕がお手伝いするとしたら、そういうチームビルディング視点をみんなが理解し、共有できる機会をつくると思います。

森保氏の日本代表監督就任をどう見るか?

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――新監督として森保一氏が任命されました。サンフレッチェ広島で6年間にわたって監督を務めた経験を持っていますが、どのように見ておられますか?

仲山 広島は、森保監督にしても、その前のペトロヴィッチ監督(現北海道コンサドーレ札幌監督)にしても指示命令型ではなく、カオス期を超えながら一体感のあるチームをつくるタイプの監督が活躍してきたクラブだと思います。
 ただ、いずれも6年で交代しています。その理由を考えるにあたっては、「チーム期の賞味期限」という視点が役に立ちます。
 一度、カオス期を超えてチーム期に到達すると、全員で共有された「自分たちのやり方」が確立します。しかし、その後メンバーが入れ替わると、本当は「グループ期」に戻っているので心理的安全性をつくるところからやり直さないといけないのに、メンバーが入れ替わっても過去の成功体験としての「自分たちのやり方」を続けようとしすぎてしまうというワナがあります。入れ替わりが少ないうちはまだ賞味期限が続きますが、それが切れると勝てなくなる。特に、佐藤寿人選手(現名古屋グランパス)ほど影響力が大きい選手が抜ければ、あっという間に賞味期限切れです。そういう視点をみんなで共有できていれば、「当然、イチからやり直しに決まっているよね」とグループ期からスタートできるわけです。

――森保監督に「チーム期」まで進めた実績があるということは、人選としては悪くないのでしょうか。

仲山 そうですね。ただ、どうして広島時代にうまくいったのかを明確に抽象化できていることが重要です。特に、代表チームのように選手を選べたり、顔を合わせる頻度が少ない場所では、チームづくりの具体的なやり方も広島時代とは変わってくるはずなので。

――森保新監督が決まる前には、日本人監督がいいのか、外国人監督がいいのかという議論もありました。

仲山 そこはどちらでもいいと思っていて、ただ文化的なバックグラウンドとして「日本人はグループ体質だ」ということを理解していることが大事かと。外国人監督が、自分では分からないとしても、理解さえした上でチームビルディングの専門家がつくなどすれば、外国人監督でもコミュニケーション的にうまくいく可能性はあると思います。

(C)VictorySportsNews編集部

いかにコミュニケーションの質と量を上げていくのか?

――どうすれば、うまくいく確率は上がるでしょうか。

仲山 もし僕だったら、代表に招集されていない期間中も、メンバーみんながSNSなどで毎日雑談するような場をつくると思います。それがなくて招集の間隔が何カ月も空くと、どうしても相互理解が浅くなって、心理的な距離感が離れてしまうものです。ひいては心理的安全性が下がるから、集まったときにぎこちない状態から始めなければいけなくなる。でも、日々のやり取りが頻繁に行われていれば、次に会った時に「昨日のあの話さあ……」という会話から始められて、みんなの心理的安全性が確保された状態をキープできます。やり取りのクオリティー次第ではむしろ前回の解散時よりも上がっている可能性もある。そういう「意義」をみんなで共有しつつやれると、コミュニケーションの量も質も上がりやすくなります。

――頻繁にコミュニケーションを取って、意見をすり合わせておく必要があるということですね。

仲山 みんなプレーしている国がバラバラで見えているものが違うから、久しぶりに会うと見えているものが全く変わっていることがあります。だから集まるたびに「今は何が見えていて、どんなふうに考えてる?」からスタートになるという認識を共通させておいて、お互いに質問し合い、語り直すという作業をやったほうがいいと思っています。
 算数っぽく言うと、人間って「y=f(x)」なんですよね。yは「判断」、fが「価値基準」、xが「入力情報」。判断(y)という出力が異なるのは3パターンで、①価値基準(f)が違うからなのか、②価値基準は同じだけど見えているもの(入力情報=x)が違うのか、③どちらも違うか。判断が違う時は、違う理由をそこまで分解していって、見えているものをそろえて価値基準もそろえれば、みんなの判断がそろう。久しぶりに集まると見えているものが変わっているのは当たり前だから、そこでx(入力情報=見えているもの)をそろえようという作業は大切だと思います。

――いずれにしても、チームビルディングの専門家を入れたほうがよさそうですね。

仲山 みんなで考え方を共有して、「俺たちって今、このへんにいるよね。じゃあ次はこうしていこう」と言いながら、進んでいける環境をつくってあげてほしいです。
 ベタですが、「俺はまだあなたが何を考えているか分からないから本音は言えない」「じゃあ話そうよ。何か質問してよ」とか、「さて、心理的安全性も確立してきたので、これからカオスの谷に入っていきます。みんなで意見を言い合うと対立意見も出てくるでしょうが、うまくすり合わせしていきましょう」「おー!」みたいなコミュニケーションができるようになれば、まだまだ日本サッカーは強くなれるはずと信じています。

長谷部の後を継ぐ新キャプテンに伝えたいこと

――監督が替わっただけでなく、長谷部誠選手も代表引退を表明したため、キャプテンも新たに選ぶ必要があります。

仲山 4年後の失敗パターンとして思い浮かぶのが、新たにキャプテンに指名された選手が“長谷部選手”になろうとしてうまくいかず、チームの雰囲気が悪くなるという状況です。長谷部選手のキャプテンとしての振る舞いを、実際に近い場所で見続けてきた人ほどその可能性が高くなりかねません。できることなら、その人に「長谷部キャプテンになろうとしなくていい」ということをお伝えしたいです。そうではなくて、みんなが安心しておしゃべりできる関係性を意図的につくれる人が「キャプテン係」になるのがいいと思います。「俺は長谷部さんにはなれないけどよろしくね!」と言えて、誰も疑問に思わない。そういう感じがいいと思います。

(C)Getty Images

――誰がキャプテンにふさわしいかではなく、誰がキャプテンになってもいい雰囲気が大事ということですか?

仲山 「キャプテン係」を一番うまい人が自然とキャプテンになっていた、という感じがいいと思っています。監督が指名した人に「立派なキャプテンになってくれ」と努力を期待するのではなく、「一番キャプテンっぽいことできているのはコイツだから、お前キャプテンね」みたいな感じで、自然発生的に決まるのがいいです。

――ちなみに、長谷部選手は 「キャプテン係」に向いていたと思いますか?

仲山 長谷部選手は「心を整える」人なので、カオスが起きないようにグループ期の状態で整えていたら、何も起こらないまま終わってしまったはず。逆に、みんなが散らかしてカオスになった後で、いろいろな意見をどう整えていくかが自分の役割だと理解できていたらすごく機能すると思います。今回は後者の状況になっていたんだと思います。

――そういった当てはめ方をしていくと、たしかにどのシーンもチームビルディングの観点で説明がつくようです。

仲山 チームビルディング的な考え方をみんなで共有した上で、現状として何が起こっているのかを全員が理解すれば、もっと早い段階から実のあるコミュニケーションがやりやすくなるはず、というのが、いちチームビルディングファシリテーターとしての僕の思いです。

――これからの日本代表チームですが、チームビルディングの観点からどのように見ていけば楽しめるでしょうか。

仲山 今までの代表チームが陥ってきた失敗パターンがたくさんあるので、それと同じ過ちを繰り返さないように進んでいるかどうか。今のチーム状態は、チームビルディングでいうところのどのステージにあるのか。グループ期ならどうすれば心理的安全性が確立するのか、カオス期ならどんなふうに乗り超えていくのか、といったところをいろいろと想像しながら見ていくのも楽しいのではないでしょうか。

<了>

取材協力:FROM ONE S.C.

(C)VictorySportsNews編集部

[PROFILE]
仲山進也(なかやま・しんや)
北海道出身。1999年、社員約20名(当時)の楽天株式会社へ入社。初代ECコンサルタントであり、楽天市場の最古参スタッフ。2000年に楽天大学を設立(学長)、2004年にヴィッセル神戸の経営へ参画。2007年に楽天で唯一のフェロー風正社員となり、2008年には仲山考材株式会社を設立(代表取締役)。Eコマースの実践コミュニティー「次世代ECアイデアジャングル」を主宰している。横浜F・マリノスでジャイアントキリングファシリテーターとしてジュニアユースの選手、コーチングスタッフなどへの指導を実践した経歴を持つ。著書に『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』、『あのお店はなぜ消耗戦を抜け出せたのか』、『組織にいながら、自由に働く。』がある。

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池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。