日本代表を「激変」させた西野監督の覚悟

「ワールドカップの怖いところでしょうか。追い詰めましたけれども」
ベルギーとの激闘後、インタビューに答えた西野監督はしばらく言葉に詰まり、自分自身に問いかけるように続けました。
「何が足りないんでしょうね……」

2点のリードを奪いながらアディショナルタイムで逆転ゴールを許し、茫然自失とするなかで西野監督が語ったその言葉に、敗戦のショックや悔しさを多くの人が感じたと思いますが、横浜DeNAベイスターズ前球団社長の池田純氏は、西野監督が語った言葉の外にあるものに注目したと言います。

「試合後のインタビューで何を語るのか? 私はこの点にすごく注目していました。試合内容やサッカーの話ももちろんですが、西野監督があの場で発する肉声からいろいろなものが見えてくるわけです。言葉を待っていましたけど、なかなかインタビューボード前に姿を現せなかったあとにあの沈黙があって、『何が足りなかったのか』と。茫然自失でその言葉を絞り出した姿は、自責の念すら感じさせるような姿で、誰にとっても印象的だろうと思いながら見ていました」

試合の興奮冷めやらぬなか、複雑な胸中をカメラの前で語る西野監督の心痛は察するにあまりありますが、池田氏はその後に続いた西野監督の言葉の端々から「覚悟」を感じたと言います。

「例えば、日本らしいサッカーのことを聞かれて、『激変させたいと思っていました』という言葉。この言葉に私は一番興味を覚えました。あの場で聞かれても答えに困る質問ですし、質問と答えがかみ合っているのかというと微妙ですが、『激変』という言葉から私は、『この人は何かを大きく、いや、もしかたらすべてを変えようと思って取り組んできたんだな』と感じたのです」

ハリルホジッチ前監督の突然の解任。準備期間はわずか2カ月半という状況で、西野監督はチームに変化を促し、端から見ても落ち込み気味だったチームのムードを嘘のように一変させました。

新しいリーダー像を見せた西野監督のチームマネジメント

「サッカーの戦術に関してはハリルホジッチ前監督が積み上げてきたものもあるでしょうし、一概にはいえないと思いますが、チームマネジメントの観点からは、2カ月半の間に『激変』させるという意気込みでやっていた。西野監督の言葉によれば、選手たちも『一日、一試合ずつ、このワールドカップのために勝負をするためにいい準備をしてくれた』。これは、西野監督がリーダーとして情熱と決意を持っていたからこそ選手たちの心を動かせた、組織の空気をマネジメントできた結果だと思います」

「結果がすべて」のワールドカップにおいて、負けたら終わり、どんな国でも総力を上げて勝ちに行く決勝トーナメントを経験するのと、星勘定を考えながら戦うグループリーグで敗退するのには、天と地ほどの差があります。西野監督の就任に至るまでの経緯を考えると、覚悟とその後の変化が、戦前の予想を覆す活躍の要因であることは間違いなさそうです。

「経営も同じですが、組織においてすべてを変えるというのは、ものすごく大変なことです。うまくいっていることの延長線上の流れに乗って微調整するのは、頭のいい人ならそんなに難しいことではありません。しかし、問題や課題を抱え困っている環境に置かれている組織を再生させるには、自分の退路を断って、すべてを変えるぐらいの意気込みで取り組まなければいけません。毀誉褒貶を気にせず、惑わされずに、リーダーがブレないこと。組織がついてくるように、大きなことから細かなことまですべてに気配りしながら、一心不乱に、ある種偏執的に見えるくらい徹底する必要があります。
 ときにリーダーは、孤独なまま突き進まなくてはなりません。弱気になっている暇も隙もありません。しかも、結果が出なれば終わりなわけです。全精力を傾けても何の評価も得られずに終わる可能性だってある。これはものすごく覚悟がいることです。ベイスターズ再生に取り組んでいたときも同じでした。野球界の中で、今までやってこなかったことをやりまくったわけですから、毎日が、いや何年も、『毀誉褒貶の世界』でした。
 西野監督は、結果が求められるワールドカップでしっかりと結果を掴んだわけですから、そこで発揮したリーダーシップやマネジメントはもっときちんと評価され、後世に、そしてビジネス界や世の中の学びとされるべきことだと私自身は強く考えています。成功の本質を“理論”として、言葉にすることで次世代や世の中の教育となり、スポーツ界も社会も進化していくのです」

池田氏は、西野監督が示したリーダー像は、旧来のワンマン的なリーダーシップとは違う、次世代型のリーダーシップだと指摘します。

「今の世の中に求められているリーダー像は、一昔前とは変わりました。世の中の環境も変わり、世代も変わり、組織環境、組織を構成するメンバーのマインドも大きく変わっています。以前のように高圧的だったり、人を統制しようとしていたり、言うことを聞かせようとしているだけのリーダーのもとではどんな組織も結果を出せなくなっています。“萎縮社会”ではだめなんです」

「リーダー」といえば、人を惹きつけるカリスマ性があって、多少強引でもグイグイ引っ張っていく。そこばかりが印象的なリーダー像が一般的だったのも今は昔。ビジネスの世界でも、リーダー像の概念は大きく変わってきています。

「内情はわかりませんが、ハリルホジッチ前監督の解任理由のひとつが『選手とのコミュニケーションに不安がある』ということでしたよね。西野監督はどうやって選手とのコミュニケーションを円滑にしていたのか? これは、日本人とか外国人とか、言葉が通じるとかそういう単純なことではないでしょう。次世代型組織マネジメントのキーですが、西野監督も『信頼して任せる』と選手たちを尊重することから始めたのではないかと思います。リーダーというのはあくまでも“役割”。自分にしかできない役割を担っていくことで、共通の目標にみんなを向かわせることができればいい。組織の構成員それぞれの役割をまっとうさせて、組織全体の最適化を、組織力として発揮することが肝。リーダーだから、監督だから、偉いというのはまったく関係ないわけです」

次期代表監督は今回の教訓を理論として選考されるのか?

新たなリーダー像を示したという西野監督。池田氏は、西野監督の行動には選手たちに寄せた「信頼」と、リーダーとしての役割が表れていたと言います。

「例えば、西野監督はピッチで選手に水のボトルを渡していましたね。昔の統制型リーダーだったら、たぶんそんなことはしません。まず、偉い、わけですから。『それは自分の役割ではない』とスタッフに任せるのが、古いリーダー像という考え方です。でも、西野監督はそうではなかった。選手に水を渡すというのも一種のコミュニケーションとして、合理的に、組織マネジメント、リーダーとしての役割や手段として捉えることができていたんでしょうね。私はそういうところに、“次世代型組織づくり”、新しい組織と次世代型リーダーのひとつの事例だと考えていました。
 ひとつの事象からの推測ではありますが、西野監督のこの接し方が、それまで実力を出し切れなかった、モチベーションを上げる以前に、選手個々にデモチ(モチベーションダウン)してしまうような空気を生み、それが障壁となり実力を出し切るところにまでいかない。そういった個々の空気が、組織全体により一層の“デモチの幕”のような空気を漂わせるのは、ベイスターズ含め、私も過去の経営で多々見てきました。プロであるサッカー選手たちが、信頼して任されている、と感じることで、リーダーが不要な統制や抑圧や高圧的なものがなくなる。リーダーはリーダーとしての役割、自分たち選手にはできない役割を担ってくれることで、相互に信頼が生まれる。ときには“イジられる”部分もあるような一人の人間として存在し、しかし、監督という役割に対してはリスペクトすることができる関係になったのではないかと勝手に推測しました。要するに、選手が、プロとしての個々の役割を全うするために、全力を出せる環境ができていったのではないかと思います」

強烈なリーダーシップよりも、ファシリテートするリーダー、コミュニケーションを重視するトップが求められる現代。あらゆる組織にとって、リーダーの役割、リーダーが「どうあるべきか」は、これまで以上に重要な要素になると池田氏は言います。

「アメフト部の問題で揺れる日大を見てもわかるように、やはりリーダーの存在は重要です。旧来のように、自分がやりやすい環境を整えるために高圧的に統制して、すべてをコントロールしようとしても、下につく人間にとってはやりにくい環境、モチベーションを高く持ち、言われたこと以上のことを考え、一層役割をまっとうするような組織になるということはほとんどないでしょう。
 信頼して権限を渡し、まず全員がやりやすい環境を整える。リーダーは自分のできること、責任をしっかり果たして、“自分にしかできない役割を高いレベルで遂行する”。背中を見せながら引っ張っていく。リーダーは役職ではなく、あくまでも『役割』だと自覚して組織をつくっていくのが次世代型のリーダーではないでしょうか」

緊急対応的な就任で結果を残したことで、西野監督が残した結果がクローズアップされていますが、池田氏はさまざまな情報が飛び交う次期監督について、「今回の結果論としての成功の延長線上で論理的で合理的に説明可能な、さらには長期的な理念やビジョンや目標とともにリーダーが選考されると、4年後に向けて、世の中での期待感や中長期での注目の厚みが増す。それがサッカー人気に大きくつながっていく」と語ります。

池田氏は以前から、ワールドカップ本番2カ月半前での監督交代はあまりに遅すぎると語っており、ベスト16という結果を得た今でも、その決断のタイミングには疑問があると考えているようです。一定の結果が出たために、そのことが忘れ去られたかのようになっていますが、実際には1勝しか挙げていないのが現実であり、今回の延長線上で、もっともっと勝てる日本サッカーを4年後に向けてつくりあげていく必要があるでしょう。西野監督が率いた日本代表が残した組織論から見た良さだったり、リーダーシップのあり方を次世代につなげていってほしいとサッカーファンをだけでなく多くの人々が思っているはずです。

「次の監督は、長期展望に立つ必要があるでしょう。組織として今大会で結果を残すひとつの要因となった『次世代型リーダー』の資質を、次期代表監督を選考する際のクライテリアにするなど、明確な判断基準を持った上で、これからの日本代表をつくっていってほしいと思います」

日本人監督が有力、やっぱり外国人監督なのか? さまざまな噂が飛び交うサッカー日本代表の監督人事ですが、監督が誰になるにしても、今大会での結果を踏まえ、検証や適切な評価に基づいた選考が行われることが望まれます。

<了>

取材協力:文化放送

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