【前編はこちら】改めて問う、「スポーツマンシップとは何か?」 今こそスポーツ界で考えるべき原理原則
昨今、日本スポーツ界ではさまざまな問題が噴出している。「スポーツマンシップはどこに行った」、そう言われるような不祥事が次から次へと起きている。だが、「スポーツマンシップとは何か?」と問われた時、いったいどれだけの人が自分の言葉で説明できるだろうか? 「スポーツマンシップ」を問われている今だからこそ、あらためて考えてみる必要があるだろう。日本スポーツマンシップ協会の会長 代表理事を務める中村聡宏氏に話を聞いた。(インタビュー&構成=池田敏明)
最初は指揮官のいち采配として尊重されるべきと考えた
――スポーツマンシップの観点から、2018FIFAワールドカップ・ロシアのグループステージ第3節、日本対ポーランド戦を振り返っていただきたいと思います。試合時間残り10分ほどの段階で、日本は0対1で負けていたにもかかわらずボール回しに終始し、そのまま試合を終わらせました。同時に行われていたコロンビア対セネガルの試合は1対0でコロンビアが勝利したため、日本は「フェアプレーポイント」でセネガルを上回り、決勝トーナメント進出を果たしました。中村さんはこの展開についてどのようにお考えでしょうか。
中村 これは、そもそも明確な正解のない話です。私も最初は、あの選択は「あり」だと考えました。それは「グループステージの3試合、270分を1つのゲーム」と考えたからです。そして「その中で2位以内に入って決勝トーナメントに進出すること」を「勝利」とし、ポーランド戦はその一部だとみなすと、「勝利を目指すために全力を尽くす」ための最善の手段が「パス回し」だと判断したと結論づけられます。そもそもワールドカップの3試合目はルール上、試合を“捨てる”展開が起こり得るフレームになっています。チームとしてより上位を目指すという目標を達成するために、グループステージの3試合目で大幅にメンバーを落としたり、1試合の中で予定調和のように展開する時間帯があるのはやむを得ないのではないか、と考えました。
ですから、今回の日本代表も、90分間のうち最後の10分間でパス回しをしたのは決して責められるものでもないし、悪いことでもないと思ったのです。パス回しをして点を取られない保証もなければ、そもそもセネガルがコロンビアに追いつかない保証もない中で下した選択ですから、それ自体が「勇気のある決断だった」と称賛することもできます。弱小チームがベスト16を目指すための監督の選択肢としては、仮に結果論だという批判の声があったとしても、実際に結果を残すことができた指揮官のいち采配として尊重されるべきだ、と考えたのでした。
スポーツマンシップは原理原則であり綺麗事。その観点から見ると……
――「最初は」ということは、その後、異なる結論に達したということですね?
中村 試合を「90分間の単品」として考えると、そもそも勝利を目指していない以上、「スポーツマンシップがない」と言わざるを得ません。先ほど申し上げたとおり、スポーツマンシップは「原理原則」です。(詳細は前編参照)
所詮は綺麗事かもしれませんが、スポーツマンシップ的な観点でいえば、勝利より優先されるものがあり、大切にしなければならないことがある、ということです。それはスポーツを楽しむ上で、一人ひとりが大切にすべきだと心に留めておかなければならない心構えだと言えます。したがって、あのポーランド戦においては「勝利を目指し、せめて自力で突破できる引き分けを目指し、同点に追いつけるようにチャレンジすべきだった」というのが、スポーツマンシップの観点に基づいた一つの答えなのではないかと、あらためて考えるようになりました。
――確かに「カッコよく戦わなければならない」という原理原則からは外れていたようにも思えます。
中村 カッコよさ、清々しさ、爽やかさ、気持ちの良さ、人としての美しさ……。そういったものこそがスポーツマンシップにつながるものです。確かに綺麗事でしょうし、価値基準は人それぞれ異なるところもあるでしょうが、単純な勝ち負けではなく、その綺麗事に対してどこまで向き合ってチャレンジできるかが「スポーツマンらしさ」だといえるでしょう。ただ勝ち負けにこだわって勝てばいい、というわけではない。勝利を目指しながら、同時に美しく、カッコよくあってほしい。そのように思いました。
「ポーランド戦の戦い方は『あり』だ」と思っている指導者も多くいらっしゃるでしょうが、彼らの多くも「子どもたちにはまねさせたくない」と思っていることでしょう。ルール違反ではないですし、もしかすると未来の日本サッカーが強くなるためには、どんなことをしてでもベスト16に進むことのほうが重要だったかもしれません。それでも、今回のポーランド戦の日本代表の戦い方は「スポーツマンらしい戦いとは言えなかった」というのが、私個人の結論です。
――選択肢の一つとして尊重はするけど、ベストの選択肢ではなかったということですね。
中村 あの「ボール回し」をしなければいけない実力しかなかったというのが日本代表の現状で、それが今回の問題の根底にあると思います。つまり、自力で勝てるチームになればいいんですよ。今回はそれができなかった。実力が劣っていながらグループステージを突破するという目標を達成しようという状況の中、自分たちは失点を防ぎ、ファウルを重ねないことに全力を尽くし、あとはもう他者の試合の結果を祈るだけという戦い方を選んだ。西野朗監督の判断としては英断だったと思います。それはそれで勇気のある決断でした。
ただ、「ナイスゲーム」ではあったけど、「グッドゲーム」ではなかったですよね。「ナイス判断」でしたが「グッドな判断」ではなかった。我々は「グッドコーチ」、「グッドティーチャー」、「グッドペアレンツ」を目指しながら子どもたちを育てていかなければなりません。「ナイスプレーヤー」よりも「グッドプレーヤー」を育てていくためにどうすべきかを考えるべきなんじゃないかな、と思っています。スポーツマンシップは「ナイス」を「グッド」に昇華させるための機能を果たす概念なのかな、という気がしています。
スポーツマンシップを実践し、輸出できる国に。その誇りを持ってほしい
――スポーツマンシップに反する戦い方をし、負けを選択した上に、「フェアプレーポイント」の差で決勝トーナメント進出が決まるというルールにも皮肉を感じます。
中村 美しくチャレンジできるようにルールを変えることも検討すべきだ、とも考えることもできますが、ルールによってスポーツマンシップを押しつける、という考え方はそもそも間違っているのではないか、と考えます。ルールよりもさらに上位にある、人としての生き方や気品を問うような原理原則として、スポーツマンシップがあるのではないかとあらためて感じています。「ルールがあるからやらなければいけない」となった時点で、スポーツマンシップとはかけ離れたものになってしまいます。
人間らしく振る舞う、スポーツマンらしく振る舞う、カッコいい憧れの選手であり続けると考えた時に、あのプレーはカッコよくなかった。もちろんボールを取られない保証もないし、ああいうプレーをしていてファウルをせずに済む保証もない。みんな極度の緊張の中でパス回ししていたかもしれませんが、スポーツマンシップの観点からいえば、やはりカッコいいとはいえなかったと思います。
――賛否両論、さまざまな意見があると思いますが、「スポーツマンシップ」や「フェアプレー」について、あらためて考え直すきっかけにもなったと思います。
中村 スピードスケートの小平奈緒選手やフィギュアスケートの羽生結弦選手(いずれも平昌五輪で金メダル獲得)を見て、そして彼らと話をしていて思ったのですが、日本人の性格はスポーツマンシップを発揮するのに向いている可能性が高いです。だからこそ、スポーツマンシップを明確に理解し実践できるようになった上で、それを輸出できるような国になってほしいと考えています。
海外の選手に「私たちも“日本らしく”戦いたい」と思ってもらえるような、そういうスポーツ選手、チームを増やしていかなければならない。しっかりと行動できるようになり、カッコいいよね、グッドだねと思ってもらえるようなマインドをもう一度育て直す。その上でスポーツマンシップを輸出できるような国、教えに行ける国になるべきだと思いますし、そういう誇りを持ってほしいです。
もちろんそうなるためには強さも伴わなければなりません。だから結果を残すことも必要。スポーツマンシップを学び直した上で、かっこよさと強さの両方を追求して取り組んでいけば、日本のスポーツはもっともっと強くなると思いますし、日本はそれができる国だと信じています。
<了>
[PROFILE]
中村聡宏(なかむら・あきひろ)
1973年生まれ、東京都出身。1996年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2004年、スポーツ総合研究所株式会社取締役に就任。2015年より、千葉商科大学サービス創造学部専任講師に。2018年6月、一般社団法人 日本スポーツマンシップ協会を設立、会長 代表理事を務める。著書に『世界中のどんな言葉よりも、あなたの一歩が勇気をくれた』。
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