世界のサッカー界のビジネス化は行きすぎている?

――杉原さんは「FIFAコンサルタント」として活動をされています。それはどういう役割なのですか?

杉原 FIFA(国際サッカー連盟)の内部でなく、211ある加盟協会に対するコンサルティングを行っています。協会だけでなくそこに所属するリーグ、クラブも関わってきます。上司はチューリッヒの本部で働いていますが、たまたま僕は東京にいながら同じことをする職務形態を取っています。だから彼らは僕を「コンサルタント」と呼んでいますが、仕事内容はFIFAの職員と同じですね。2014年の1月からで、今年は5年目になります。
 アジアの仕事もありますが、アフリカ・中米・オセアニアなど他の地域も含めた英語圏全般を担当しています。新しいプロジェクトを立ち上げて、それを各地域に展開していく役目を任される時もあります。
 FIFAはずっと前からクラブライセンス制度という仕組みを導入しています。Jリーグにも来ていますけれど、それを改訂する動きがあります。平たく言うと少しフレキシブルなやり方で、各国の現状に合わせた導入を考える発想になっている。押さえつけるためでなく、プロ化も含めサッカーを盛んにするツールとして使おうと考えるようになっています。

――FIFAは「押さえつける組織」とイメージがあります。

杉原 FIFAによる移籍やカレンダーのルールづくりは、当然ながら大きくクラブサッカーに影響があります。クラブサッカーがこの20年ほどで存在感を増している中で、それをトップダウンでなく、民主的に決める流れになっています。

――今はどういう課題、議論がありますか?

杉原 ビジネス化が進み、ヨーロッパのリーグにお金がドーンと入ってきています。
 そんな中でプレミアリーグ(イングランド)は飛び抜けています。プレミアの中位のクラブと、ドイツの上位のクラブを比べると、予算が同じくらいだったりする。もちろんプレミアだけではありませんが、アジアでも放映権やグッズが売れるし、スポンサーを集められる。オーナーもアメリカ系、中東系と多彩なバックグラウンドを持つ人が入ってきます。サッカー界全体として見ると、お金がどんどん入ってくるのは望ましいことですが、でもその配分はどうなのでしょう?
 リーグ間、クラブ間ともにギャップが広がっています。正確なデータがあるわけではありませんが、選手の給与もトッププレーヤーとアベレージの人の差が開いているように見受けられる。行きすぎているのではないか?、本当に持続的なのか?という点は感じます。

――お金のあるクラブが選手を買い、そのお金がスモールクラブに回る循環はノーマルですし、それでサッカー界の生態系が成り立っていた側面もあるのではないですか?

杉原 そういったエコシステムはある時期まである程度、機能していたと思うんですよ。ボスマン判決直後ぐらいはそれなりにうまく回り、育成の強いクラブにも移籍金が入っていました。でも近年は放映権が世界で売れ始めたり、リッチな外国人がオーナーになったりしたことで、リッチなクラブなさらにリッチになり、幅が開いている。下に還元されるお金が、相対的に小さくなっているのかなと思います。
 今現象として出ているのは寡占です。いい選手がみんないわゆるヨーロッパの5大リーグを目指すようになる。そうなると他のリーグはスター選手がいなり、相対的に面白くなくなる可能性が出てきます。ヨーロッパ以外、またヨーロッパの中でも5大リーグ以外が相対的に下がってきている。加えて青田買いも含めて、クラブが人材を抱え込むようになってきた。井手口(陽介)選手や浅野(拓磨)選手もそうですけれど、囲い込んでローンに出す、なんていうことも増えてきています。
(※編集注:井手口選手はイングランド2部リーズからドイツ2部グロイター・フュルトへ、浅野選手はイングランド1部アーセナルからドイツ1部ハノーファーへローン移籍)

(C)Getty Images

Jリーグにはアグレッシブで独自色があるクラブが出てきてほしい

――そういう変化が日本に与える影響をどうお考えですか? Jリーグができた頃に比べて日本の相対的な位置は下がりましたし、選手の年俸も中国よりも下です。

杉原 協会とリーグは置かれた状況がかなり違うと思います。年に何回かその国の協会が代表チームに海外組を含めたスター選手を招集できる仕組みがある限り、波はあっても代表人気は続くでしょう。代表好きの文化もあるのでスポンサーもつくでしょうし、そうすれば協会は普及・育成・強化活動のための予算も確保できます。
 大変なのはリーグです。完全に国際競争の中央に入っていて、トーレスとイニエスタは来日しましたけれど、でも日本のいい選手が今はどんどんヨーロッパに行くわけですよね。二十数年前にJリーグをつくった時は「Jリーグと代表は両輪だ」と言って、リーグの盛り上がりが代表につながるという話でした。でも今はそうじゃないのかもしれません。現実的にはヨーロッパに出した方が代表の強化に直接的につながるのかもしれない。
 Jリーグは企業スポーツしかない26年前に「地域密着」という当時としてはとてもイノベーティブな理念を掲げて、全国に広がりました。それは本当に素晴らしいことです。ただ今はいい選手はヨーロッパに行くし、経済環境、地方を取り巻く環境も変わった。外部環境の変化に対応する形でバージョンアップする時期に差し掛かっていると思います。
 逆にプロ野球は、26年前にサッカー人気が高まった際の危機感もあり、そこからバージョンアップに成功した感があります。特に野球の新興球団はうまく企業を巻き込んでいますよね。

――トヨタ、日産、日立といった大企業がJクラブの責任企業ですが、経営は決してアグレッシブではありません。

杉原 Jリーグは日本の他競技から一つのベストプラクティスだと思われていますが、Jクラブのモデルは、乱暴に簡略化して言うならば「CSRモデル」(※CSR:企業の社会的責任/社会貢献)です。責任企業があるクラブは責任企業のCSRですし、そうでないクラブはたくさんの地元企業による「地域貢献」というCSRです。日本のスポーツにおいて、これは本当にイノベーティブな仕組みでした。
 ただプロ野球の新興球団に比べると、モデルの性質上アグレッシブさが劣ってしまう面はあります。そこがバージョンアップの一つのカギかなと思います。

――クラブのマネジメントに天下りがかなりいて、スポーツへのコミットが中途半端な状態でクラブの運営に携わっている例がまだ大きいように思います。

杉原 親企業から来るのが絶対に悪いというわけではありません。例えば犬飼基昭さんが2002年に浦和レッズに来た時は、本社で素晴らしいキャリアがあったのに、本人が希望してレッズに来られたと聞きました。そうしたら業績、成績がグーンと上がりましたよね。直近の例だとV・ファーレン長崎の高田明社長の手腕は見事の一言です。

――「本社の部長クラス」が来てもインパクトはないけれど、役員クラス、社長・創業者レベルが来ると話が違いますね。優秀な人、有望な企業を引き寄せることがサッカー界を発展させる上で大切な要素ですね。

杉原 野球はその時代に勢いのある企業、今であればIT企業の参画が、図らずもなのかもしれないですができています。それが結果として球団経営にダイナミズムを持ち込んでいるのかなと感じます。逆に(リーグに比べて)球団が強く、野球界の「全体最適」という発想が弱い部分もありますね。
 一方でサッカーは協会やリーグが主導する「全体最適」の側面が強い。そこがここまでサッカー界として大発展を遂げた一つの要因だと思うんですよね。ただ外部環境が変わった今は、バージョンアップしていく為に「全体最適」の良さを失わない範囲で、ダイナミズムが求められていると考えます

――Jリーグ、クラブ経営の在り方に変化が求められているということですか?

杉原 そうですね。外部環境の変化に合わせたバージョンアップが求められると思います。Jリーグは54のクラブを26年でつくったわけですから、普及の観点からすると大成功を収めました。ここからはダイナミズムあるクラブ、要は経営スタイルに独自色があるクラブがどんどん出てきてほしい。そうすることでJリーグは活性化すると思います。そうなるとやはりクラブのオーナーの発想、アクションが重要ですよね。

――日本のプロ野球はクローズドリーグで、Jリーグはオープンリーグです。プロ野球は「他のオーナーに変わる」という形で新陳代謝が起きました。
(編集注:クローズドリーグは昇降格が無く、リーグに参加するチームが限定されている。オープンリーグは昇降格があり、新たにチームをつくって参加することが可能)

杉原 Jリーグはその形での新陳代謝があまり無いですよね。

――J2、J3には経営の苦しいクラブがあると思います。そういうクラブに値段がついて、「経営を引き受けたい」という前向きな主体が出てきて、現オーナーが金銭的に傷つかず出ていける状況があればいいのですが。

杉原 例えば長崎の経営立て直しは素晴らしい話だし、高田さんの高い手腕は明白ですよね。ただ高田さんが出てこなかったら、大変なことになっていたのかもしれません。察するにJ2、J3の経営者は苦労もされていると思います。その点を考えてもバージョンアップが必要だと思います。

(C)Getty Images

求められるのは、企業を本気にさせる制度設計

――Jリーグによるクラブの経営指導はどうご覧になっていますか?

杉原 Jは地域密着の理念の下にホームタウン活動を推進していますよね。その努力のお陰でホームタウン活動はかなりの回数が行われているようです。川崎フロンターレのホームタウン活動なんて素晴らしいですよね。
 ただ地域ごとにクラブを取り巻く環境は異なるし、ホームタウン活動にしても各クラブの独自色が出ると面白い。仙台や新潟のような地方中核都市と、東京のクラブのホームタウン活動は異なってくるでしょう。今後は東京にも東京の環境にマッチした独自色のあるクラブがどんどん出てきてほしい。

――現状だと都市型の経営モデル、よりビッグなクラブをつくるモデルが無いですね。

杉原 本質的な問題は、オーナーシップだと思うんです。野球の新興球団のようにダイナミズムをもたらす新規参入が今のJには必要なのかもしれません。もちろん野球は球団が強すぎて全体最適が弱い側面もあるので、そのまままねるという意味ではありません。やはりサッカーは全体最適の利点を活かして普及や育成で成功していますから。

――球団単位で見ると野球は親会社から自立し、スポーツビジネスのプロが関わる形で「ビッグクラブ」を成立させている印象があります。

杉原 図らずもストライキ騒動(編集注:2004年のプロ野球再編問題)があり、楽天、ソフトバンクという新しい体質の企業が入りました。そこから生まれ変わった印象がありますね。それはオーナーシップの変化が大きかったと思うんです。本気でやろうとする企業が入って、本気の人材を取り込めるようになった。
 個人的には企業が本当の意味で本気になる仕組みづくりが大切だと思います。そうしたビジネス的な価値と、普及、草の根の浸透といったスポーツ的な価値は二律背反でなく、両立し得ると思うんです。それが企業名を入れることなのか、それ以上のものなのか分からないですけど、企業にメリットを感じてもらう制度設計が必要です。

――企業を本気にさせる制度設計とはどういうものですか?

杉原 昔ながらの企業スポーツ、企業の福利厚生でやる方法論はプロ化と相いれません。ただしっかりクラブを別法人化した上で、企業名をチーム名に入れられれば、それは十分なメリットですよね。単純化すると「NHKでもDeNAと言ってくれる」とメリットは大きいと思います。レッドブルは賛否両論ありますが、企業名や商品名を連想させるワードを冠したクラブをドイツにもオーストリアにもニューヨークにも持っています(編集注:前から順に、RBライプツィヒ、レッドブル・ザルツブルグ、ニューヨーク・レッドブルズ)。「企業ネーミングライツみたいなもの」と柔軟に考えてもいいと思います。実際に野球の球団は企業名を入れつつ、地域密着の姿勢もしっかり出していますし。
 それは企業のブランディングにも役立つと思うんです。横浜の街づくりをするベイスターズを持つ企業というイメージは、DeNAにとってプラスになっているでしょう。

――野球で成功しているソフトバンクやDeNA、スタートトゥデイ(ZOZOTOWNの運営企業)のような企業がオーナー候補として頭に浮かびます。既存の大企業以上に、成長途上の成長率の高い新興企業がフィットするように思います。

杉原 いわきFC(現在東北リーグ2部南)が良い例ですけれど、彼らに「地域リーグからスタートしてね」というのが今の制度設計です。でもDeNAは最初からセ・リーグに入れたわけです。

――それは一定の規模、レベルに達したと認められるクラブに「飛び級」を認めようという意見ですか?

杉原 フェアにやるのは大前提として、個人的には飛び級もアリだと思います。必ず下部リーグからスタートしないといけないというのは、かなりの負担ですし、昇格できないリスクもあります。その環境下で企業の新規参入を促すのは、もしかしたら難しいのかもしれません。

――クラブの消滅、撤退を恐れる「護送船団方式」的な文化とつながっているのかなと思います。

杉原 そうかもしれないですね。

<後編へ続く>

後編はこちら(C)VictorySportsNews編集部

[PROFILE]
杉原海太(すぎはら・かいた)
デロイトトーマツコンサルティング等にて戦略、業務改革、ITコンサルティングに従事。2005年にFIFAマスター5期生として修了。2006年よりアジアサッカー連盟に従事し、2012年からはHead of Developmentとして各国リーグ・クラブ支援プログラムの立ち上げに尽力した。2014年からFIFAコンサルタントとして、協会・リーグ・クラブの制度設計、戦略立案・業務改革、およびITコンサルティングの分野において、世界の各地域に活躍の場を広げている。

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大島和人

著者プロフィール 大島和人

1976年に神奈川県で出生。育ちは埼玉で、東京都町田市在住。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れた。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経たものの、2010年から再びスポーツの世界に戻ってライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビーなどの現場に足を運び、取材は年300試合を超える。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることが一生の夢で、球技ライターを自称している。