過去にも「談合試合」はあったが、まったく状況は違っていた

いつか見た光景だった。日本代表が攻めるわけでもない。ポーランド代表もボールを奪いにくるわけでもない。何も起こらず、何も起こさないまま、試合終了を告げる主審のホイッスルを待てばいい。ワールドカップの夢舞台を支配する暗黙の了解に、デジャブを覚えずにはいられなかった。

記憶に新しい一戦では今大会のグループCの最終節。連勝ですでに決勝トーナメント進出を決めていたフランス代表と、勝ち点4で2位につけるデンマーク代表の対決はお互いが申し合わせたかのように、スリリングなシーンがほとんど訪れることなくタイムアップを迎えた。

フランスは無理をせずに、主力選手の体力を温存したい。デンマークは勝ち点1を積み上げれば、次のステージへ進める。両者の思惑が一致した結果が37試合目にして今大会初のスコアレスドローを生み出し、逆転を狙っていたオーストラリア代表が紡ぐ一縷の望みを絶ち切った。

歴史をさかのぼれば、1982年スペイン大会の1次リーグ最終節。前半開始早々に先制した西ドイツ代表がその後は攻める姿勢をほとんど見せず、対するオーストリア代表も同点、そして逆転への可能性を放棄するかのような戦いに終始。無気力が蔓延したまま90分間を終えた。

結果としてグループ2は両者と、初戦で西ドイツを撃破する大金星を挙げたアルジェリア代表が2勝1敗で並び、得失点差の争いですでに前日に試合を終えていたアフリカの新星が大会から姿を消した。世界中に広がった批判の嵐は、国際サッカー連盟(FIFA)がグループリーグ最終節を同日同時刻のキックオフに統一するきっかけにもなった。

フランスとデンマークも、西ドイツとオーストリアも、いわゆる「談合試合」を成立させることでメリットを共有できる当事国だった。翻って日本とポーランドは、まったく立場が異なっていた。前者は引き分け以上で決勝トーナメント進出を自力で決められる状況でキックオフを迎え、連敗を喫していた後者はすでに敗退が決まっていた。

そして、今もなお世界中で賛否両論を巻き起こしている試合展開は、日本が最後の交代カードとして、キャプテンのMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)を投入した後半37分に幕を開けた。

日本代表に向けられた「プロフェッショナリズム」と「フェアプレー精神」に対する批判

日本が0対1で負けていた状況を考えれば、FW武藤嘉紀(マインツ)と守備的な中盤の長谷部を交代させた西野朗監督の采配は不可解に映る。ベンチにはセネガル代表との第2戦で同点ゴールを決めるなど、ジョーカー的な役割を担うMF本田圭佑(パチューカ)もスタンバイしていた。

それでも指揮官が長谷部を投入した意図は、同時間帯に行われていたグループHのもう一試合にある。両チームともに無得点の均衡をコロンビア代表が破った一報が、現地で視察しているスタッフから入ったのだろう。ベンチに座ったままだった長谷部が、後半29分過ぎに慌ただしく動き出す。

ポーランドがコーナーキックを獲得した時には、自身の代わりにキャプテンマークを左腕に巻いていたGK川島永嗣(メス)の近くにまで駆け寄って何かを伝えた。そのままウオーミングアップエリアへ向かうと、慌ただしく体を動かし始めた。

2試合がこのまま終われば勝ち点6のコロンビアが1位で突破し、日本とセネガルが同4で並ぶ。得失点差でも総得点でも並び、直接対決でも引き分けている両者は、今大会から導入されているフェアプレー・ポイント(FPP)の多寡で雌雄を決する。

FIFAが定めたFPPでは、(1)イエローカードがマイナス1点、(2)イエローカードを2枚受けての退場がマイナス3点、(3)一発退場がマイナス4点、(4)イエローカードをもらった選手が一発退場した場合はマイナス5点――とそれぞれ定められていた。

キックオフ時点でのFPPは、マイナス3点の日本がマイナス5点のセネガルを下回っていた。ポーランド戦では初先発したDF槙野智章(浦和レッズ)がイエローカードをもらったが、セネガルもFWエムバイェ・ニアン(トリノ)がイエローカードをもらっていた。

長谷部に託されたのは余計なカードをもわらず、負けたまま試合を終わらせるシナリオをピッチ上の全員に共有させること。ベンチ前のテクニカルエリアでも声をからしていた西野監督だが、大声援にかき消されて全員に届かない恐れもある。ゆえに長谷部を介して、前代未聞の指示を徹底させた。

リスクをまったく冒そうとしない日本の無難なパス回しへ、耳をつんざくようなブーイングがスタンドを揺るがせる。それでも気圧されることなく、日本の選手たちは3分間のアディショナルタイムを含めた約10分間でミッションを完遂。約1分後にセネガルもコロンビアに敗れた。

ただ、セネガル敗戦を吉報と受け取ったのは、恐らく日本だけだった。目の前の戦いで勝利を放棄したかのような試合終盤の戦い方に、自力ではなくコロンビアが勝つという他力に頼った選択に、それまで日本を称賛していた世界中のメディアが手のひらを返したかのようにバッシングを浴びせる。

声高に「馬鹿げた茶番だ」と一刀両断したメディアもあれば、次のラウンドで「ボロ負けすることを願う」と罵ったコメンテーターもいた。日本国内でも賛否が真っ二つに分かれたが、もしセネガルが同点に追いつき、日本の敗退が決まっていれば前代未聞の状況を招いていたはずだ。

批判が向けられた矛先は2つ。まずはあえて敗戦を受け入れた姿勢が、常に全力を尽くす「プロフェッショナリズム」に反すること。もう一つは対戦相手のポーランドだけでなく、グループリーグ突破を争ったセネガルへの敬意に欠けた、要は「フェアプレー精神」に反したことだ。

「弱い」からこそ決断した西野朗監督の究極の采配

(C)Getty Images

結論から先に言えば、共に的を射ていない。まず「プロフェッショナリズム」に関していえば、日本を率いる西野監督は2大会ぶり3度目のグループリーグ突破を果たす上で、ポーランド戦の残り10分間において最も確率の高いプランを選択した。

コロンビア、セネガル戦へ同じ先発メンバーを送り出した西野監督は、ポーランド戦で6人を入れ替えている。勝っている時には動かない、というセオリーに反しているようにも映る。一方で日本が過去に2度はね返されている決勝トーナメント1回戦もにらんだ選択だった、と考えれば合点がいく。

フィリップ・トルシエ監督に率いられた2002年の日韓共催大会。そして岡田武史監督に率いられた2010年の南アフリカ大会。グループリーグ突破を果たした時点で、日本はともに目いっぱいの状態となり、続く1回戦を万全な状態で戦う余力はほとんど残っていなかった。

6人が入れ替わった日本は、お世辞にも上手く機能しているとはいえなかった。ここに後半開始早々にFW岡崎慎司(レスター・シティ)が右足首を痛めて退場し、ベンチへ温存させた一人であるFW大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)を投入する誤算の連鎖が生じる。

岡崎の交代で、相手のセットプレー時に誰をマークするかも混乱をきたしていたのだろう。失点した後半14分の場面では、MFラファウ・クルザワの直接フリーキックに右足を合わせ、ゴールネットを揺らしたDFヤン・ベドナレクがノーマークだった。

しかも、リードを奪ったポーランドは全体的に引き気味となり、カウンター狙いに徹した。実際、後半29分には最も警戒していたエースストライカー、FWロベルト・レヴァンドフスキにカウンターから飛び込まれ、あわやのシュートを放たれた。ちょうどコロンビアが先制した前後だった。

目の前の状況が刻一刻と変化する中で、西野監督は思考回路をフル稼働させた。日本が同点に追いつく確率。カウンターからさらに失点を重ねる確率。コロンビアが勝つ確率。セネガルが追いつく確率。これら瞬時に比較し、コロンビアの勝利にすべてを託す決断を下した。

FIFAランキングがすべてを物語るわけではないが、最新の日本のそれは61位。グループHの中では8位のポーランド、16位のコロンビア、27位のセネガルの後塵を大きく拝している。実際、開幕前には「日本は3連敗でグループリーグ敗退」と予測する声も少なくなかった。

自分たちは弱い。だからこそ、はいつくばってでも、石にかじりついでも前へ進む。不退転の覚悟を秘めて、すべての批判を一身に背負う決意でコロンビアに希望を託し、長谷部を介してピッチ上の全員を結託させた。美学よりも大博打を選択した西野監督の究極の采配もまた、勇気を振り絞って日本の現状を認めたという意味でも「プロフェッショナリズム」に徹していた。

このままでは国へ帰れないポーランドも日本の思惑を感じ取り、何もしないまま初勝利を手にする幕切れを選んだ。ゆえに目の前の敵への敬意を欠いていたとはいえないし、一方でFIFAが定めるフットボール行動規範で定められた「あらゆる試合は勝利を目的とすべし」などを取り上げ、日本が「フェアプレー精神」に反していたと指摘するのもほとんど意味を成さない。

日本とセネガルの明暗を分けたFPPはそのFIFAが定めたレギュレーションであり、日本はルールに基づいて次のステージへ進む権利を手にした。フェアプレーには反していないし、なおかつ提示されたイエローカードのほぼすべてがチームの窮地を救うための、やむを得ないファウルが対象だった。日本戦でラフプレーが目立ったニアンが受けた警告とは次元が違う。

エンターテインメント性に著しく欠けた、あるいは将来のプロを夢見る子どもたちには見せられないという批判もある。ならば攻撃的な姿勢をさらに強めた日本が2点目を失い、まさに玉砕する形でグループリーグ敗退を喫していたら、そうした声はどのように変わっていただろうか。

「運」をもぎ取ったのは究極のベストを尽くしたからこそ

(C)Getty Images

惜しかった、よく頑張ったでは未来へ何も残さないことは、日本サッカー界に刻まれてきた歴史が残酷なまでに物語っている。例えば後半終了間際に喫した悪夢の失点で、悲願のワールドカップ初出場を逃した1993年10月の「ドーハの悲劇」は、リードしている状況でも時間稼ぎの類をいっさいせず、攻め込んだ末に食らったカウンターから相手に与えた右コーナーキックが発端だった。

あれから四半世紀。キックオフ時の気温が36度に達した過酷な条件も踏まえ、次の次を見越して主力を温存したポーランド戦の選手起用を含めて、日本代表がようやく新たな戦いのステージへ足を踏み入れたとむしろ歓迎すべきではないだろうか。

ましてや4月以降の日本代表は、未曽有の逆風にさらされていた。ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の電撃解任。選手たちとの信頼関係がやや薄らいできた、という不可解かつ曖昧な理由。ロシア大会出場決定後に続けてきた低空飛行や、さらには4年前のブラジル大会で喫した惨敗も含めて、チーム全体に悲壮な覚悟を抱いていたことは、長谷部のこの言葉からも伝わってくる。

「今回のワールドカップの結果で、日本サッカー界の未来が大きく左右されてくると思っている」

日本代表を初めてワールドカップの舞台へ導いた岡田監督から、こんな言葉を聞いたことがある。横浜F・マリノスを率いて2003、2004シーズンのJ1を連覇した時期であり、伝わってきた不思議な説得力に思わずうなずいたものだ。

「運は誰に対しても、普通に目の前に流れている。それをつかみ損ねたくないからベストを尽くす。一本のダッシュに、一本のシュートに、常にベストを尽くす」

ポーランド戦における西野監督の決断も、究極の意味でベストを尽くしていた。2試合で勝ち点4を獲得し、ポーランド戦の最後は攻めたい思いをひたすら封印した選手たちも然り。だからこそ、日本は運をもぎ取った。未来の子どもたちが日本代表の歴史を見た時、2018年に刻まれた「ロシア大会で決勝トーナメントへ進出」を見てさまざまなことを学び、勇気づけられる。決して恥とは感じないはずだ。

だからこそ、決勝トーナメントでの戦いに新たな付加価値をつけたい。MF香川真司(ボルシア・ドルトムント)や原口元気(ハノーファー)、DF昌子源(鹿島アントラーズ)らが極限の消耗状態から復帰する日本時間3日のベルギー代表戦は、ベスト8への扉を初めて開けるだけでなく、未来へつながる軌跡をより輝かせる意味でも日本にとって大一番となる。

<了>

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藤江直人

著者プロフィール 藤江直人

1964年生まれ。サンケイスポーツの記者として、日本リーグ時代からサッカーを取材。1993年10月28日の「ドーハの悲劇」を、現地で目の当たりにする。角川書店との共同編集『SPORTS Yeah!』を経て2007年に独立。フリーランスのノンフィクションライターとして、サッカーを中心に幅広くスポーツを追う。