感慨深い松坂世代、“ゴメス”こと後藤武敏の引退

「プロ野球界に大きな足跡を残した松坂世代ですが、私が一番思い入れがあるのは一緒に戦った後藤武敏選手ですよね。後藤選手がベイスターズにやってきたのが、私が社長に就任した2011年だけに感慨深いものがあります。プレー面はもちろん、本当に愛嬌があり、プロらしい選手でした」

横浜高校では松阪、小池正晃(元ベイスターズ)、小山良男(元中日)らと春夏連覇を経験した後藤武敏選手。法政大学進学後は2年春に三冠王、秋には2季連続の首位打者に輝くなどの活躍を見せ、2002年には西武ライオンズに自由獲得枠で入団。2011年にベイスターズに移籍してからは、主に右の代打として勝負強いバッティングを披露、明るいキャラクターでファンからも愛されました。

「2015年に登録名を変えたいと相談にきて、『ゴメスに変えていいっすかね?』というから『(後藤選手)らしくって、いいんじゃないの?』なんて会話をしたのを覚えています。当時阪神にゴメスという選手がいたんですが(笑)。結局2015シーズンからゴメスのGを追加した『後藤武敏G.』に。その後も『後藤G武敏』『G.後藤武敏』『G後藤武敏』と毎年登録名を変えていましたよね」

「ゴメス」の由来は、ベイスターズ移籍初年度のキャンプ中に後輩が練習の待ち合わせに遅刻した際に「ごめーんす」と謝り、それを別の後輩が「後藤さんにゴメスはないだろう」と突っ込んだことがきっかけ。これを気に入った後藤選手が愛称としたといわれています。
後輩からも慕われる、愛されキャラ、癒しキャラである後藤選手ですが、池田氏は後藤選手に、プロとしてのキャラクター性、スター性を感じていたそうです。

オリジナリティはプロ野球選手にとって必須の資質

「プレーももちろん大事なんですが、プロである以上、登録名やキャラクターも含めて特徴があるというのは、それだけでスター性があるなと。後藤選手はいつもガムを噛んでいたんですよね。擬音で表現するとだらしなく聞こえるんですが、まさしく“くっちゃくっちゃ”ガムを噛んでいたんです。一方で張り詰めた空気をまとって、いつでも出番に応えられるように準備をしていた。引退のニュースを聞いた時、くっちゃくっちゃガム噛みながら、しかし真剣な眼差しでダグアウトのすぐ裏の鏡の前でスイングしていた姿が、すぐに脳裏に浮かびました。『侍』のようでしたね、真剣で素振りするみたいに。

そんな愛すべき二面性を持った代打職人の姿がすごく印象に残っています。後藤選手にも不要な負担をかける可能性があったので実現はさせませんでしたが、『後藤選手の風船ガム』といったグッズがあったら面白いなと思っていました。『いつもガムをくっちゃくっちゃしているのは子どもに悪影響だ』といった批判の手紙をファンの方からいただくこともありましたが、それでもプロ野球選手であればそういう特徴があってもいいと私は思っていました。ガムを噛む、という断片的な部分に対する批判は、後藤選手のプロとしての姿や姿勢をみれば、私には取るに足らないことだと思っていました。プロである以上オリジナリティが大切で、何かアイコンになれるようなことがあるのも資質のひとつです。私は度を超していなければ、それらはすべて、プロである以上、“キャラクター”だと思っています。子どもたちにはきちんと子どもたちのルールを示せば、断片的な部分に対して過度に目くじらを立てずとも、プロとしての野球に対する姿勢は正しく伝わるものだと、私は信じていますし。プロですからね、なんでもかんでも“理想”“模範”“完璧”でなくても、そこに“愛されるキャラクター”があり、“子どものスター”となって、“子どもが野球に興味を抱く”ことが大事ですからね。」

ゴメスから教わった、ここ一番にかける代打のすごみ

登録名、トレードマークのチューインガム、しかし後藤選手は、「キャラだけ」で終わる選手ではもちろんありませんでした。

「後藤選手はここぞという場面で登場して、実際にそこで打ってくれる期待感があるんですよ。頭から試合に出て、4打席ぐらい回ってくる中で打つのと、試合の大一番の見せ場、大きなチャンスの時に期待されて打席に立って、その一振りで勝敗を決めてしまう代打というのは、やっぱり特別難しいものがありますよね。本当に大変な役割だと思います。いつ出番が回ってくるかわからないので、いつもダグアウトの後ろで素振りをしているわけですよ。その姿は声を掛ける隙がないくらい集中している。いつ回ってくるかわからないチャンスを、常に万全の状態で迎えるために準備していましたよね」

後藤選手のテーマ曲として使われていたアントニオ猪木の『炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜』が流れると、満員の横浜スタジアムはそれまでどんなに劣勢に立たされていても不思議と盛り上がります。「ゴメス・ボンバイエ」の掛け声で打席に立った後藤選手は、普段の温厚な姿からは想像もできないほど、勝負師の顔になっていました。

「私にとっても本当感慨深いんですが、彼の引退を機に、プロ野球の代打という役割、仕事が、ファンの方、野球好きの方だけでなく、それを超えて、世の中にもっともっと広く理解されるといいなと思っています」

自らの口で引退を表明した後藤選手の勇姿が見られるのはあとわずか。周囲からは松坂投手との対戦を期待する声も挙がっています。

「引退への花道というと、同じ松坂世代、後藤選手とも高校時代にチームメイトだった小池正晃選手の引退試合はよく覚えています。横浜スタジアムの阪神戦で、涙を流しながら2本もホームランを打って。あんなに涙を流しているのにどうしてボールが見えるんだって思いましたが、でもやっぱりそこで打ってしまうのがスターなんですよね。自分で花道をつくってしまう」

この時、ベンチで見守っていた後藤選手との熱い抱擁に感動したファンも多いのではないでしょうか。

「松坂 対 後藤、甲子園の活躍から20年経った今年、松坂世代が一人また一人と引退していく中で、この対戦を見たいと人はきっと多いでしょうし、彼のプロ野球選手としての大きな仕事の一つだった“代打”というものを象徴するような演出があってもいい。後藤選手が人知れずどんな準備をしてきたのかを知ることで、代打がどれだけ大変かという苦労だけでなく、代打の文化を日本の野球界に残していけるような、はなむけとなる引退試合になるといいなと、もはや部外者の立場ながら勝手に思っています。私ならチューインガムのグッズをつくり、来場者全員に無料で配って、球場中がチューイングガムをくっちゃくっちゃ噛んで応援するという、これまでに見たこともない絵もいいなとか勝手に思ったりもしますが、とにかくゴメス、後藤選手の引退がみんなの記憶に残るようなものにしてほしいですね。
また、最後になりましたが、加賀(繁)選手もお疲れさまでした。一緒に戦ってくれて本当にありがとう」

池田氏は何度も、「私はもはや完全にベイスターズとDeNAから離れてしまっているので、直接本人に声をかけてねぎらうことすらできる立場にいませんが」と前置きしながら、当時の思い出を語ってくれた。

シーズンが深まり、今シーズン限りで現役にピリオドを打つ選手たちの声を聞く季節になりました。一時代を築いた松坂世代の選手たちがグラウンドから去っていくのは残念ですが、松坂投手はマウンドで、引退する選手たちは次のステージで、彼らの物語はこれからも続いていきます。

<了>

取材協力:文化放送

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毎週木曜日レギュラー出演:池田純
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VictorySportsNews編集部