急成長するMLS 観客動員数ではすでにNBAを上回る

米国とカナダに23チームを抱えるMLS(メジャーリーグサッカー)が急成長を遂げている。

1996年に10クラブでスタートしたMLSは、設立当初は運営が安定せず、1998年には12クラブになったものの、2002年には資金難から10クラブに戻すなど苦難の時期があった。しかし、2005年から積極的にチーム拡張策(エクスパンション)をとり、2009年には15クラブ、翌2010年には16、2012年に19、2018年には23クラブとなった。今年初めには、マイアミを本拠地とするインテル・マイアミの加入が承認された(2020年参入予定)。このクラブのオーナーグループには、元イングランド代表のデイヴィッド・ベッカムが名を連ねており、MLSのさらなる拡大と成長が期待される。

昨年、MLSの1試合あたりの平均観客動員数が初めて2万2000人に達した。この数字は、室内アリーナのためキャパシティが限られているとはいえNBA(バスケットボール)やNHL(アイスホッケー)を上回り、米国のプロスポーツではNFL(アメリカンフットボール)、MLB(野球)に次ぐ3位である。プロスポーツの経営者にとっては、スタジアムやアリーナに足を運んでもらうことは最大の目標の一つだ。観客動員数は人気を示す最も重要なバロメーターといえるだろう。MLSのエクスパンションによってサッカー専用スタジアムも増えてきた。

米国内でのサッカー人気は高まっている。昨年12月にギャロップ社が米国人に対して、どのスポーツを見るのが好きかという調査をした。アメリカンフットボールが37%、バスケットボールが11%、野球9%、サッカー7%だった。若い年代がサッカーの観戦を好んでいることも明らかになり、18歳から34歳までは野球が6%に対し、バスケットボールとサッカーはともに11%。35歳から54歳ではアメリカンフットボールが40%だが、サッカーは10%で、この年代でも野球の7%を上回った。

(C)Getty Images

MLSチームの資産価値はいまだ低い

運営が安定せず、MLSを存続させることに力を注いできた時期もあったが、近年では、MLSのチームを持ちたいと考える投資家グループが少なくない。若いサッカーファンが多いことからMLSの将来性を見いだしているのだ。それに、NFL、NBA、MLB、NHLのオーナーになるには、巨額の資金が必要だが、MLSはその敷居が低い。

米経済誌「フォーブス」によると、NFLのダラス・カウボーイズの資産価値は48億ドル(約5434億円)、NBAのロサンゼルス・レイカーズで33億ドル(約3736億円)、MLBのニューヨーク・ヤンキースで40億ドル(約4528億円)とされている。資産価値は、テレビの放映権料、スポンサー収入、入場料収入と選手の年俸を含む運営コストなどから算出されている。MLSでは最も価値のあるロサンゼルス・ギャラクシーは前年比19%増ながら、3億1500万ドル(約357億円)だ。テレビの放映権料、スポンサー収入が他のプロスポーツに及んでいないことと、入場者数2万人でもチケットの価格帯が安いからだろう。

なぜMLSが成功をしているのかの理由の一つとされているのが、チームのエクスパンションによる経済効果だとされている。MLSに加入するには1億5000万ドル(約170億円)を支払わなければならない。このエクスパンション・フィーと呼ばれる加盟料の支払いは、オーナーがわずか1、2年でチームを売却することを避けたり、他のチームの利益が薄くなることを避けたりするためだ。

MLSのエクスパンション・フィーは2005年には1000万ドル(約11億3000万円)だったのが、2017年には1億5000万円(約170億円)にまで引き上げられた。それでもチームを持ちたいという都市とオーナーグループはいる。前述したようにMLSが投資先として魅力的だと考えられているからだろう。しかし、現時点では、エクスパンション・フィーによってMLSが潤っていることは否定できず、バブル経済的な状況になっている可能性がある。

(C)Getty Images

MLS“本物”の成功に向けた、2つのポイント

MLSの成功は続くのか、それともバブル崩壊に終わるのか、いくつかのポイントがある。

一つは、MLSのテレビ中継の視聴者数がまだまだ少ないことだ。今年4月に「ワールド・サッカー・トーク」が報じたところによると、MLSの1試合あたりの視聴者は約28万5000人だったという。

ケーブルテレビのスポーツ専門局「ESPN」で放映されたMLBの1試合あたりの平均視聴者数は99万6000人、「FOX」局では1試合あたり205万人だった。観客動員数ではMLSに抜かれているNBAだが、2017年の12月25日に開催されたクリーブランド・キャバリアーズ対ゴールデンステート・ウォリアーズのカードは880万人が視聴、同日のヒューストン・ロケッツ対オクラホマシティ・サンダーも500万人が視聴した。

地理的な理由でスタジアムに足を運ぶことのできる人は限られているが、テレビは現地に来ることのできない多くの人に試合を届けられる。そのテレビ中継の視聴者数は、米国の他の人気スポーツにまだ水をあけられている。

もう一つは、MLS人気を牽引するような米国人スーパースター選手がいないことだ。MLSのレベルの問題が絡んでいる。

米サッカーには、米国史上最高の選手といわれる20歳のクリスチャン・プリシッチがいる。ペンシルバニア州ハーシーで生まれたプリシッチは、両親とも米国のジョージ・メイソン大学のサッカー選手だった。父親はその後、サッカーのコーチをしていた。その父親の仕事のため、プリシッチは幼少期にイングランドに住んでいた時期もある。MLSではプレーせず、2015年にはドイツに渡り、U-17ドルトムントと契約。2016年1月には17歳でブンデスリーガデビューを果たし、今シーズンもドルトムントでプレーしている。

昨年19歳で米国代表入りしたウェストン・マッケニーはテキサス州のリトル・エルム出身。マッケニーはユース時代にはMLSのFCダラスでプレー。FCダラスは同アカデミ―出身者と契約することが多かったが、マッケニーは2016年、18歳の時にブンデンスリーガのシャルケと契約した。MLSでプレーしたことはない。

MLSには国際的なスター選手がプレーしているものの、その多くはピークを超えて移籍してきたことから、リタイア・リーグと揶揄する人もいる。フランク・ランパード、アンドレア・ピルロ、スティーブン・ジェラードの3人とも、MLSでプレーすることを選んだのは現役の最後だった。

だからといって、MLSで米国出身の選手が活躍できているというわけでもない。「ESPN」は、2017年シーズン、MLSには米国代表入りできる資格のある選手が、全体の33.7%しかおらず、2012年の52%から、その割合が大きく減少していると指摘した。また、米国人選手の出場時間も減少しており、2013年の52.7%から、42.2%になったと伝えている。

MLSには、米国外から多様なバックグラウンドを持つ選手が集まってきている。しかし、米国人のスターを輩出できていないことは、たとえ米国代表がFIFAワールドカップで好成績を収めても、そこでサッカーに興味を持った人たちをMLSに誘導できるのかが疑わしい。

ちなみにMLSの2018年の最優秀選手候補の一人は、ロサンゼルス・ギャラクシーの元スウェーデン代表ズラタン・イブラヒモヴィッチ。もう一人の候補は、元イングランド代表で、6月にDCユナイテッドに加入したウェイン・ルーニーだ。

米国の若い世代にサッカーファンが増えているとはいえ、日本のJリーグと同様に国内リーグのMLSではなく、海外リーグのファンが多いことも事実だ。実は、米国内のサッカーのテレビ中継で最も視聴者数が多いのは、メキシコの最上位プロリーグであるリーガMXの中継だ。中継されている試合数もMLSより多い。MLSは今年、リーガMXとパートナー契約を結び、シェアを奪い合うのではなく、共存共栄を図っている。もちろん、MLSにとっては、リーガMXだけでなく、プレミアリーグやスペインのラ・リーガのテレビ中継もライバルになっている。

MLSの成功が続くか、停滞するかは、次の放映権料交渉次第だといわれている。観客動員は安定しても、このままテレビ視聴率の低迷が続くと、米国第3のスポーツの地位はないだろう。日本のスポーツ界では「MLSの成功」に注目が集まっているが、その成功が本物かどうか、継続できるかどうかに注視するべきではないか。

<了>

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谷口輝世子

スポーツライター。1971年生まれ。1994年にデイリースポーツに入社。1998年に米国に拠点を移し、メジャーリーグなどを取材。2001年からフリーランスとして活動。子どものスポーツからプロスポーツまでを独自の視点で取材。主な著書に『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)、『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、章担当『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。