注目を集める「アメリカの中のサッカー」

モスクワで行われた総会では、FIFAに加盟する203の協会のうち、134協会が3カ国共催案に投票、対抗馬となったモロッコは65票に留まりました。FIFAが開催候補地を500点満点で評価したポイントでも、3カ国共催の402.8点に対して、モロッコが274.9点と大きく差がつきました。

「インフラ面での評価がまったく違ったんでしょうね。MLS(メジャーリーグサッカー)の創設によってサッカー人気が根付いてきたアメリカとカナダ、それにサッカー熱という意味では世界でも有数のメキシコとなると、モロッコは太刀打ちできなかったでしょう」

横浜DeNAベイスターズ前球団社長、池田純氏は、今回の開催地決定は世界のサッカー地図を変えるきっかけになるかもしれないと指摘します。

「アメフト、バスケ、野球、アイスホッケーと、アメリカは4大スポーツの国といわれていますよね。これまでメジャースポーツの中にサッカーは入っていませんでした。米・ギャラップ社の調査データによると、55歳以上の人でサッカーに興味があると答えた人は、たった1%。それが18~34歳になると、1位はアメフトですが、なんと2位にサッカーが入っていて、11%もの人が興味があると答えたのです」

北米では、アメリカンフットボールのNFL、野球のMLB、バスケットボールのNBA、アイスホッケーのNHLが4大プロスポーツリーグとして有名ですが、1996年に開幕した新興リーグであるサッカーのMLSの人気はすでにNHLをしのぐといわれています。

「MLSは急成長を遂げていて、放映権もうなぎ上りになるなど多額のお金が生み出され始めています。スポーツ先進国アメリカにサッカーが根付いてきたところで3カ国共催という機会が創出されることによって、さらに人気は上昇していき、より多額のお金が回るのではないでしょうか。世界のサッカー界に新たな“サッカーマネー”が生まれてくるのではないかという期待感がありますね」

FIFA会長のインファンティーノ氏/(C)Getty Images

サッカー不毛の地で起きている変化

長らく“サッカー不毛の地”といわれてきたアメリカ、北米地域ですが、FIFAにとっては、スポーツへの興味・関心が高いこの地域は、“未開の鉱脈”でもありました。

1967年には、サッカーの王様ペレや、オランダの天才ヨハン・クライフ、ドイツの皇帝フランツ・ベッケンバウアーが参加した北米サッカーリーグ(NASL)が誕生し、大きな話題を呼びましたが、興行面では成功せず1984年にリーグは解体。その後、1994年のアメリカ・ワールドカップを機にMLSが発足しました。

「世界的にはデビッド・ベッカム選手がLAギャラクシーで活躍したことも話題になりましたが、アンケート調査の結果が、ある年齢層を境に1%から11%になるというのはすごいことですよね。アメリカにおけるサッカー人気が近年ものすごく高まっているというのは、実際に視察に行って肌で感じました。各地には地域が協力する形で素晴らしいスタジアムができていて、インフラ面でもサッカーが受け入れられる下地が急速に整ってきています。これまでも、低年齢層や学生の“するスポーツ”として人気でしたが、“見るスポーツ”としても定着しつつありますね」

池田氏の指摘通り、アメリカでの最初のワールドカップとなった1994年当初は、まだまだ認知度も低く、異質なスポーツとして見られていたサッカーですが、MLSの発足、人気選手の加入などを経て徐々に人気を集めるようになってきました。現在も興行面では4大リーグに遠く及びませんが、先のギャラップの調査同様、ESPNの調査でも12歳から17歳の若年層間ではMLBに並ぶ人気を誇るなど、サッカー熱は浸透する一方です。

「今回共催になったカナダは、MLSの3クラブが籍を置くなど、アメリカと一体と考えてもいいでしょう。メキシコに至っては言うまでもなくサッカーが大人気の国です」

本田圭佑選手が所属するパチューカでもお馴染みのメキシコは、古くからサッカー熱の高い国として知られます。人種のるつぼであるアメリカには、メキシコをはじめとする中南米からの移民がサッカー人気を支えている実情もあり、今回の共催は、インフラ面の連携はもちろん、文化面で見ても納得感のある選択だったといえそうです。

LAギャラクシーでプレーしたベッカム氏。今度はマイアミに新クラブを創設してMLSに参入する。/(C)Getty Images

スポーツイベントの魅力の一つ“旅”が変わる共催

「私も何度か現地で観戦していますが、ワールドカップは“旅をする”という楽しみもありますよね。いろんなところを旅して、いろいろな土地でご飯を食べて、各地のお土産を買って。自分の応援しているチームと一緒に旅をするのもスポーツの醍醐味の一つです。サッカーのワールドカップは、4年に一度世界中を旅する各国のサッカーファンに支えられているという側面もあります。そういう視点で考えると、アメリカの単独開催ではなく、カナダやメキシコとの共催となった方が、旅としての魅力が断然上がるのではないでしょうか。実際に私のワクワク度もかなり上がりましたね」

各大陸の持ち回り、世界におけるサッカーの普及、マーケティング戦略の中で決められてきたワールドカップ開催地ですが、今回の3カ国共催はマーケティング視点でも理に適っていると池田氏は言います。

「時代に合った“拡張案”だと思います。インフラ面もそうですが、FIFAの財政状況、マーケットとしてのアメリカ、北米地域を考え合わせても、非常に合理性があると思います。世界を旅することがより気軽になった現在、海外、隣国との境界はどんどんなくなっています。技術の進歩により移動にかかる時間やコストは格段に下がりましたし、情報に関してはインターネットで簡単に集められ、言葉の壁すらスマートフォンが解消してくれる時代ですから、3カ国共催がシームレスに行えて、しかも各国の特徴を楽しめる。これまで国をまたいだ“共催”に関してはさまざまな批判もあがっていましたが、今ではメリットの方がより大きい状況になっていると思いますね」

実際に参加国の実力はワールドカップをしのぐといわれるUEFA欧州選手権(EURO/ユーロ)では、2000年のベルギー、オランダ、2008年オーストリア、スイス、2012年のポーランド、ウクライナなど国をまたいだ共催が数多く実施されていて、2020年の大会では、決勝戦をロンドン(イングランド)で行うほか、ミュンヘン(ドイツ)、バクー(アゼルバイジャン)、サンクトペテルブルク(ロシア)、ローマ(イタリア)をはじめ、ヨーロッパ中の各都市で試合が行われることが決まっています。

世界で最も注目を集めるスポーツイベントに君臨するFIFAワールドカップは、2026年のアメリカ・カナダ・メキシコ大会から出場国を32カ国から48カ国に増加させるなど、改革が進んでいます。新しい時代のワールドカップ、スポーツイベントはどうなっていくのか? 今回の開催地決定にそのヒントがありそうです。

<了>

取材協力:文化放送

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VictorySportsNews編集部