1人目はプロバスケットボールチーム「千葉ジェッツ」の代表取締役島田慎二氏だ。大学卒業後、旅行会社HISに入社し、トップセールの成績をあげ独立。旅行会社やコンサルティング会社を立ち上げ、2012年から現職に就くと、経営不振のチームを早々に立ち直らせた。天皇杯三連覇、観客動員、売上ともにNo.1のバスケットボールチームへと変貌させた手腕が注目されている。

門外漢ゆえの先入観のなさが改革を加速させた

島田氏は新潟県出身。バスケットボールの経験はなく、スポーツビジネスに精通していたわけでもなかったという。船橋という土地にも競技にも縁がなかったが、そのことが功を奏したという。

島田氏「こうあるべき。という先入観が全くなかったので、業界の常識にとらわれることなく経営に関与できたことが成果に結びついたのではないかと思う。同業からは、“バスケットボールは儲からない”という声も多かったが、そんな声は無視していくと決めた。」

バスケットボールの試合会場を、非日常感を味わえる場所にするべく、エンターテインメント要素を取り入れたり、スタッフのホスピタリティやトイレの快適さを向上させるという取り組みの例からは、旅行業界出身の島田氏ならではの観点が感じられる。

また来たい。
人に勧めたい。

旅行の目的地と共通した感情を呼び起こすことで、クラブのブランドを向上させてきた。

喧嘩から始まった、Bリーグ界の“ビジネススクール”島田塾

こうした島田氏の手腕を学ぶべく、B1~B3から約20クラブほどが千葉ジェッツの事務所に集まり、「島田塾」が開催されているという。その発端は酒の席での“失敗”にあった。

島田氏「Bリーグの理事のメンバーと飲んでいたとき、とあるクラブの社長に“そんなことしてるからダメなんだ”と怒鳴り、その場から帰らせてしまったことがあった。帰宅の道すがら反省して、“怒るだけなら誰でもできる。私のノウハウでよかったら伝えさせていただきたい”と申し出をしたところ、快諾いただいた。」

せっかくなのでとリーグ全体に声をかけたところ、思いのほか希望者が多く、講義への参加クラブが徐々に増えていったという。
リーグ全体の経営視点が底上げされているのではないか、という池田氏の問いかけに対し、自身の功績ではないと前置きしたうえで、「今までも取り組みはしてきたが、ノウハウがなかった状態」だったと島田氏は話す。実際、参加者からは経営への意識の高まりを感じており、この活動をBリーグ全体の経営状況の改善、盛り上がりのためのミッションととらえているようだ。

大都市でも地方でも、クラブ繁栄のために共通する指標

もちろん、すべてのクラブに千葉ジェッツと同じ方法が応用できるわけではない。東京のベッドタウンという立地にある船橋市は、資産に恵まれているとも言えるだろう。島田氏に尋ねると、講義のなかでは都市の条件に左右されない、クラブ繁栄のための普遍的な指標を伝えているという。それは顧客満足度だ。

島田氏「全国から人が集まるテーマパークの運営とは考え方が違う。狭い地域に、高い頻度で人を呼ぶためには、口コミが重要になる。大企業の資本があるわけではないため、地場産業との関係性も非常に大切だ。好きになったらとことん好き。だけど嫌いになったら一瞬で離れていく怖さがある。地域密着の旗印を掲げながらも、密着の方法を誤るとそのビジョンは果たされない。」

実際、千葉ジェッツのゲームのために船橋市に足を運んだ観戦者が、周辺の飲食店に立ち寄ることを促す施策を設け、地域への経済効果も生み出しているという。協力店舗からの評判も良く、関係性は良好のようだ。

不毛な時代が土台になり、今がある。

ここで池田氏が、Bリーグ内のライバルに据えているクラブを尋ねた。
島田氏「経営、事業、観客数、競技力などでは栃木ブレックス、琉球ゴールデンキングスあたり。大企業の資本が得難いなか、少ない資本と地元のスポンサーとファンに支えられてのし上がってきた点も近いと感じている。ライバルというよりは、切磋琢磨してきた感覚に近い」
池田氏「やはり、必死さが違うのでは?」
島田氏「助けてくれる親会社がいないため、自分たちで利益を出さなければつぶれてしまうという危機感がある。不毛な時代を生き延びた土台があるうえに、Bリーグというポジティブな外的要因が加わった。クラブ全体の底上げがなされ、今や大資本のチームに負けない地方クラブが生まれてきたことは、喜ばしい」

ベースはあの頃のどぶ板営業にあります、と笑いながら、苦境を乗り越えてきたプライドを感じさせた。

アリーナ建設は秒読みか。現段階では1万人規模を想定

その千葉ジェッツも、人気、観客動員の伸びを受けて次のステップに進もうとしている。4月14日にホーム船橋アリーナで東地区優勝を決めた後の会見で、「1万人規模のアリーナ建設」と「ミクシィとの資本提携」が発表された。

現在使用している船橋アリーナの収容人数は5000人。占有率は108%と、全試合満席。アリーナ不要論を唱えてきた島田氏だったが、ここにきて方針が変わったようだ。

島田氏「チケットの値段を上げて利益を上げるという選択肢もあったが、この先5000人規模のアリーナのまま、成長していくビジョンが湧かなかった。アリーナビジネスがしたいわけではなく、100年続くチームの礎として顧客満足度の高いアリーナをつくることが必要だという判断だった。将来的にわたしが経営を退いても成長が続く状態をつくることが、私の責務だと考えている。」

バスケットボールの試合は年間35試合程度。残りの約330日はコンサートやコンベンションなど、別の運用が必要になる。運営の母体はスポンサーではなく、あくまで千葉ジェッツに置きたいという意向をふまえても、1万人という規模が現実的なラインだと島田氏は考えている。

アリーナ建設確定を100としたときの、現在の到達度を池田氏が尋ねると、「80、いや90%」と高い数字を上げた。候補地や誘客の施策といった具体案は未だ検討中だが、「支援を依頼するためには、こちらの意思を示すことが重要」(島田氏)という判断から、このタイミングの発表に踏み切った。早ければ4,5年後の運用を目指すという。

2019はバスケイヤーとなるか。地に足をつけた戦略を。

ラグビーW杯、2020東京五輪関連の話題がスポーツ紙を占めるなか、2019年はFIBAバスケットボールワールドカップが開催される、バスケイヤーだ。
盛り上がりへの期待を尋ねる池田氏に対し、島田氏は慎重な回答を示した。

島田氏「業界的には大きいインパクトがある。Bリーグ全体としてのメディアリレーションやリーグスポンサーの獲得という方向に生かすのであれば期待は大きい。しかし、クラブ単体を見れば、代表選手が所属していないところもあり、どこのチームにもポジティブインパクトをもたらしているわけではない。」

Bリーグはあくまで、「チームに点在している地方クラブの集合体」であるとし、地元の人たちに愛されてビジネスをすることに変わりはないと、一時のビッグイベントに左右されない姿勢を見せた。
一方で世界大会が、既存のバスケファンを越えた新たな客層を獲得するチャンスであることは間違いない。そのためには、広報戦略が鍵になると島田氏は話した。

島田氏「メディアに、いかに取り上げてもらえるか。そのためには、バスケが視聴率を取れるコンテンツなのかどうかという点が重要になる。バスケ業界の今後の盛り上がりに期待してもらい、メディアとのいい関係性を構築しておくことが必要だ」

千葉ジェッツが擁する日本代表選手、富樫勇樹選手は身長167cm。日本人選手の中でも小柄な彼が、世界トップクラスのスピードを武器に強豪国と戦う姿は日本人の共感を呼ぶのではないか、という見立てもある。

島田氏「これを幸いと見るか、ワールドカップで日本はアメリカと当たる。167㎝の富樫選手が2m超えのアメリカの選手とやりあうというのは、たまらないものがあるはず。」

現在、メディアからの注目度は決して高いとは言えない。昨年夏には選手の不祥事もあった。慎重な広報戦略が、今後のリーグ全体の上澄みを生み出していくはずだ。


互いに異業種同士、響きあう部分の多さを感じさせた池田氏と島田氏。途中にはこんなやりとりもあった。

池田氏「業界のしがらみを断つとはいえ、社長就任から9年。今はしがらみもできたのでは?」
島田氏「ゼロではないが、そこに翻弄されたくない。でなければ、千葉ジェッツではないし、島田でもなくなってしまう。」

常に門外漢であり続けることを、強い口調で断言した。


小田菜南子