多摩地域の大学、企業、団体、行政が加盟機関となり、地域活性化などの事業を進めていくコンソーシアム(共同事業体)「ネットワーク多摩」が主催した今回のフォーラム。中大、法大、創価大などの大学や京王電鉄など企業幹部ら、多摩地域の産官学のトップが集まる中、いの一番に登壇した池田氏は「私がお伝えしたいのは、今がまさにスポーツによる地域活性化、地方創生のパイオニアになれる機会だということです」と切り出した。

今年4月に本格始動したSSCの会長として、さいたま市でスポーツを活用した地域活性化のモデルケースを創るべく動き出している池田氏だが、さいたま市との関わりの中で実感を深めているのが「スポーツによる地域活性化」における「中央主導」の限界だという。

「埼玉に関わって思うのは、中央主導で立ち上げて、成功例を横展開可能な汎用性のある、かつ持続力の強いモデルをつくろうというのは過去の考え方になっているということです」

理由に挙げたのが以下の3点だ。

①個別性
地域の課題、地域のアセット(資産)・資源は個別性が強いもの。「外から眺めているだけの演繹的(一般的な前提から個別・特殊的な結論を得る論理的推論法)な課題の分析や戦略策定で日本をリードするようなパイオニアを生み出すのは難しいのでは」。

②実現までの期間
スポーツ分野で一定の成果を出すには、ある程度の期間が必要になる。「ベイスターズも5年間かかりました。スポーツは一度ファンをつくると長く持続するが、何か一つやればファンをつくれるものではありません。高いお金を払ってコンサルタントを雇ったり、助成金をどんどん投入したり、現場を知らずに上から物を言うだけでは“打ち上げ花火”のように終わってしまいます」。

③持続性
「人を惹きつけるのはオリジナリティーであり、本物。地域住民に関心を持ってもらい、取り組み自体の楽しさを感じてもらうような地域資源の発見・育成はコミット(関わり)が低い組織による演繹的な手法では開拓できません」。例えば、人気プロスポーツチームや集客力のあるスポーツイベントやキャンプの誘致は、金銭的にも高いリスクがあり、地方自治体においては汎用性や持続力のあるモデルとはなり得ない。

スポーツが地域活性化に有効な理由は、何より「ファンの持続力の強さ」。「スポーツのファン」を増やしていくことで、人が集まり、持続力のある「地域の“元気玉”」になるという。

「地域初、地域発のモデルケースをつくって、大都市圏ではなくても少し形を変えて、規模を変えてできる手法に転化していく。そういう手法の成功モデルになることが、日本のスポーツの“地域の元気玉”としての潜在力の活かし方なのではないかと考えています。だからこそ、可能性を秘めている都市はどんどんパイオニアになってほしいなと思います」

それらを踏まえ、今回のフォーラムの主催地域である多摩について、池田氏はアイデアマンらしく具体的な提言も披露した。それが「大学スポーツによる地域活性化」だ。

「多摩で考えると、地域資源はやはり大学スポーツ。多摩には有名な大学が点在しており、大学スポーツが地域特有のスポーツとしてブランドとなり得るポテンシャルを持っています。大学スポーツが多摩の地域のアイコン、アイデンティティに5年から10年の間になれる可能性は高いのではないでしょうか」

2011年に球団社長に就任した横浜DeNAベイスターズは当時、本拠地・横浜スタジアムのスタンドが連日ガラガラ、成績も下位が定位置。その中で、球場のグラウンドを無料開放してキャッチボールができる場所を提供する「DREAM GATE CATCHBALL」や神奈川県内72万人の子供たちへのベースボールキャップ無料プレゼントなど、野球、ベイスターズと地域住民の接点を多様化する企画、アイデアを次々と実施した。それら日々の取り組みが結実し、今や連日3万人超が集まる、横浜が誇る日本屈指の「おらがチーム」へと変貌を遂げた。

また、現在SSCの会長を務めるさいたま市では、さいたま市が6年間継続して主催してきた世界最高峰の自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」の名を冠した大規模な自転車競技イベント「ツール・ド・フランス さいたまクリテリウム」に着目。トップレースを有効活用して、「自転車を通じた街づくりと自転車文化の拡大」を一つの目標に掲げ、地域を盛り上げるさまざまな構想、アイデアを描いているところだ。

「多摩には大学が点在しており、充実したスポーツ施設があります。大学の施設は、へたなプロ野球のファーム施設より数段素晴らしいものです。さらには、立川には3000人規模の立飛アリーナもあります。都心部からのアクセスもよく、地域に優良企業も多い。マーケットとしての人口も少なくない。故に大学スポーツは多摩を盛り上げる、地域経済の発展にすごく有効な手段になっていくと考えています。大学スポーツにおける地域活性化のパイオニアは、まだいないようにも思います。ブランド戦略をしっかりしていくことで、多摩自体のブランドまでも大学スポーツが上げていく。そうすると、地域に対する住民の心の距離も近くなり、愛着も生まれ、地域全体の利益になります」

(左より)池田純氏、大日方邦子氏、山本浩氏、間野義之氏

この基調講演後のパネルディスカッションでも、池田氏が提言した「大学スポーツによる地域活性化」が大きなテーマとなった。特に、議論の中心となったのが3月1日に発足した「UNIVAS」と大学スポーツ界の現状だ。

197大学、31競技団体が加盟してスタートしたUNIVASは「全米大学体育協会(NCAA)」を範として設立され、政府が掲げる「大学スポーツの収益化」などのビジョンに向けて進んでいくはずだった。ところが、モデル8校の一つに選定されていた筑波大が参加を見合わせ、発足から3カ月経っても活動内容がなかなか伝わってこない。

当初UNIVASのトップ就任をスポーツ庁・鈴木大地長官から打診されていたものの、内輪の協調性、毀誉褒貶で物事が進む状況に「自分は必要ない」と最終的にそれを固辞した池田氏は「しっかりとビジョンを示さない限りは、そういう(目指す)方向にはいきません。僕なんかは、まずビジョンを示してしまうので、軋轢が生まれます。できるできないは別です。でも、こんなに変わるんだという大きなビジョンに基づいて、ダイナミズムが働くのが経営というもの。どういうふうに今の大学スポーツ界を変えていこう、10年後をどのようなものにしていこう。UNIVASは、そうした大きな絵を示そうにも、ビジョンを言おうにもしがらみの中で、八方美人に振舞わなくてはならないので難しくなっているのでは」と現状を分析する。

また、早大でスポーツ政策論を専門とする間野氏は、所属する大学がUNIVASに参加している立場ながら「せっかく連合を組むのならば、池田さんの言うように大学スポーツを産業化していくという明確なビジョンを出して取り組むべき。ただ、利益相反関係にある各大学と学連と言われる各大学の競技連盟とかが一緒のボード(UNIVAS)に入ってしまっているので、これは簡単には動かないんじゃないかというのが率直な意見」と呼応。「UNIVASはUNIVASで置いておいて、(ネットワーク多摩に加盟する正会員、協賛会員の)27大学、産官学で多摩版NCAAをつくる。特定の競技に絞り込んで、そこで際立っていく。そんなやり方があってもいい」とスポーツ庁やUNIVASとは離れた組織の可能性にまで言及した。

そもそも、UNIVASが範とするNCAAの盛り上がりも、地域から生まれたものだ。カレッジフットボールのビッグマッチ「ローズボウル」は、1902年のミシガン大とスタンフォード大の対抗戦が始まり。米カリフォルニア州パサデナのローズボウル・スタジアムで開催される試合は、今や大学関係者、OB、地域住民が9万人以上収容可能なスタジアム一帯に集まり、放映権料など莫大な収益をもたらす一大イベントとなった。中央主導ではなく、地域を発端にして国全体にスポーツ文化が根付き、ビジネスチャンスが生まれる。池田氏は、ローズボウルも視察に訪れており「大学スポーツが地域活性化のアセット、資源、産業になれると考えたきっかけになった」と振り返る。

池田氏は最後、ディスカッションをこう総括した。

「UNIVASで考えると、今どういうふうにリーダーのビジョンを示すのか。そこを待っていても、なかなか回答が出ない。中央主導ではしがらみや混沌が続くと思うので、だったらUNIVASはUNIVASで(自分たちとは)関係のないところというくらいの意識で、力のある地域や大学側がモデルをつくって示していくことが、パイオニアへの道につながるのではないでしょうか。皆さんで、私たちで頑張ってしまった方がいい…というのが私の答えです」

この日は、スポーツ庁でスポーツ統括官を務める齋藤福栄氏も池田氏に続いて基調講演を行ったが、今回の議論で浮き彫りになったのは、スポーツによる地域活性化の“主役”は「中央=スポーツ庁・UNIVAS」ではなく、あくまで「地域・地方」であり各地の「大学」であるということ。池田氏が舵を取るさいたま市をはじめ、この日のフォーラムが開かれた多摩地域の産官学連携組織に参加した大学・企業・行政担当者など、地方発、地方初のパイオニア誕生に期待が膨らむ。


VictorySportsNews編集部