始発よりも早くいかないと入れないため、どうしても行きたいファンは特別な手段を講じる必要がある。2回戦で履正社、星稜が登場した今年の大会第8日(8月13日)は午前5時30分に8000人が入場券売り場の前に並び、午前6時30分に満員通知が出た。その第1試合からの観戦に成功したあるファンは「朝3時に起きて、4時に知り合いのお父さんに甲子園まで車で送ってもらった」と明かした。最終電車で並んでチケットをゲットしたというファンもいる。

100年の歴史があり、数々の名勝負を生んだ聖地甲子園。負ければ終わりのトーナメントは郷土愛というプライスレスな価値も加わり、アマチュアスポーツの中でも格別の人気を誇ってきた。その盛り上がりは清宮幸太郎(早実→日本ハム)が初出場した2015年の97回大会あたりから、ワンランク上がった印象がある。根尾昂(中日)、藤原恭大(ロッテ)らを擁し、春夏連覇を達成した18年の第100回記念大会では始発でも入れない状況が連日のように続いた。今年は昨年までの盛り上がりには及んでいないようだが、3回戦最終日の大会第11日(8月17日)は第1試合に履正社(大阪)が登場、第2試合に星稜(石川)-智弁和歌山の好カードが組まれていたため、前日16日の第4試合終了後からチケット窓口前に徹夜組の場所取りシートが貼られた。

2000年代に入り、社会のネット化が急速進んだ。スポーツに限らず、コンサートなど、大観衆を集めるイベントのチケットは、オンライン方式のよる前売り発売が主流となった。観客はストレスを感じることなく、あらかじめ入手した指定席に座ればいいが、高校野球に限ってはそう簡単ではない。

甲子園球場を本拠地とする阪神タイガースは当然オンラインでチケットを全席前売り発売する。クリック合戦は存在しても、徹夜組、長蛇の列などのフレーズはもはや死語に近い。同じ球場で開催される高校野球にそのノウハウが持ち込まれないのはなぜか。

日本高野連の幹部は次のように説明した。
「阪神タイガースの試合は1日1試合なので、すべてを前売りにすることは可能ですが、高校野球は1日最大で4試合あります。目的の試合が終われば帰るお客さんもいるので、待っているお客さんを入れるケースもあります。だから当日売りをある程度残しているのです」

4万人以上を収容できる甲子園だが、カードごとの観客の入れ替えは安全面の問題から行っていない。1試合見ても4試合見ても同じ料金である。真夏の日差しの下、すべての試合を観戦する筋金入りのファンも存在するが、お目当ての試合が終われば帰途につく応援団も少なくない。ある程度の空席が確認できれば、大会本部は現場で広報し、球場ブースで500人単位の追加入場券を手売りで発売する。1日に複数の試合を行うことが、チケット問題を難しくしているのだ。

日本高野連もこの状況を座視しているわけではない。少しでも来場者が快適に観戦できるように…とすでに一部前売りされていた、三塁側特別自由席(一般2000円、子ども1000円)に加え、昨年の100回大会から中央特別指定席(2800円)をすべて前売りに切り替えた。だが、いずれも発売後、数分でソールドアウト。結局のところ、甲子園までいって当日券を求めることになる。

そもそも入場券改革が進められるキッカケになったのが、2016年の98回大会だった。第4試合に組まれた横浜-履正社の好カードに大観衆が押し寄せた。当時無料だった外野席の外には入れない約1万人の観衆があふれ、周辺に滞留した。満員の現状を理解してもらった上で、雰囲気だけでも味わってもらえたら…と大会本部は右翼から左翼へ外野席の通路を歩いてもらって、外に出てもらう特別措置を行った。この試合途中で雷雨が発生し、中断。落雷の可能性がある危険な状況になった。高野連は普及のために、これまで外野席を無料としていたが、所轄の警察からチケットがないので入れない、これ以上来ても入れないという状況をつくらないと際限なく観客が訪れ、安全を確保できないと強い要望があった。そこからある程度の限界を作る意味で、外野席の有料化(当日売り500円。収益は高校野球200年事業へ充てられる)に踏み切った。

チケットの入手困難化が進む中で、大会主催者のひとつ、阪神電鉄が関心を示しているのは、人工知能(AI)の導入だ。プロ野球ソフトバンクやサッカーJリーグのヴィッセル神戸などがすでにAIを活用したダイナミックプライシング(価格変動形式)方式が採用している。需要と供給に応じて、チケットの価格が変動するもの。阪神電鉄は関西老舗私鉄のひとつだが、甲子園球場はペイペイを始めとする多種多様な電子マネーが使えるようにするなど、いち早くキャッシュレス化に取り組んでいる。タイガースはAIによるチケット発売はまだ着手していないが、高校野球のチケット問題も含めて、大きな一助になる可能性があるのでは…推移を見守っている。

先の日本高野連幹部はこう話す。
「本当にありがたい話なのですが、はっきりいうと、ここ数年こちらが想定している以上にお客さんが来られているということなんです」

明らかなキャパオーバー。その理由はいろいろ考えられるが、甲子園球場の関係者は「甲子園がフェス化していますね」と分析する。ここ数年、テレビ朝日系「アメトーク」での高校野球好き芸人によるスペシャル番組が人気(今年は放映なし)。習志野(千葉)の吹奏楽部の美爆音など、これまでとは違った楽しみ方も広がった。得がたい体験型イベントとして、ファン層が幾重にも広がっている。

アマチュアイズムの象徴的存在の日本高野連は、保守的な体質を揶揄されることが多いが、20年以上取材して、そうでもないと感じることも多い。ストライク|ボールだったボールカウントの表示を、世界基準のボール|ストライクに改めたのは、1996年秋、日本高校選抜の米国遠征中に、選手の戸惑いに遭遇した当時の田名部和裕事務局長(現理事)が思いついたのがキッカケ。プロや球界も追随する大改革につながった。休養日の設定、昨年からのタイブレークの導入など、時代に合わせた改革を着実に進め、現在は投手の球数制限問題と向き合っている。

あまり知られていない現実がある。高校野球は春の選抜、夏の選手権ともども、NHKと民放が全試合を中継するが、日本高野連は放映権料をもらっていない。公益財団法人であることが理由のひとつだが、スポンサーの意向に大会運営が左右されてはならないという強い意思がある。だからこそ、未曾有の大災害となった1995年1月の阪神大震災直後の選抜大会の開催を、日本高野連独自で決定できたわけである。

先の日本高野連幹部は「高校野球ファンのお客さんには本当にアタマが下がる。暑い中、じっと待ってくださっている。だから、チケットの転売には本当に腹が立つ」と話した。堅物が本気になって、チケット難民問題に着手する時期はそう遠くない時期にやってきそうな気がする。


大澤謙一郎

サンケイスポーツ文化報道部長(大阪)。1972年、京都市生まれ。アマチュア野球、ダイエー(現ソフトバンク)、阪神担当キャップなどを務め、1999年ダイエー日本一、2002年サッカー日韓W杯、2006年ワールド・ベースボール・クラシック(日本初優勝)、阪神タイガースなどを取材。2019−2021年まで運動部長。2021年10月から文化報道部長。趣味マラソン、サッカー、登山。ラジオ大阪「藤川貴央のニュースでござる」出演。