注目の163キロ右腕、大船渡(岩手)の佐々木朗希投手(3年)は出場できなかったが、準優勝した星稜(石川)の奥川恭伸投手(3年)の快投など、話題は豊富。お盆の時期には始発電車に乗っても当日券を入手できないチケット難民問題も起こった。

夏フェス化する聖地甲子園。大会を主催する日本高野連は、この大きな磁力を持つ阪神甲子園球場の使用料を所有主の阪神電鉄に支払っていない。今年でいえば、甲子園練習が始まった8月1日から22日間、使用したことになる。あまり世間に知られていないこの話、都市伝説のように伝え聞いていたので、今回確かめてみた。取材に応じてくれた阪神電鉄の幹部は事実として認めた。

「ええ、球場使用料は日本高野連さんからも朝日新聞社さんからも、いただいておりません。大会にかかわる警備の費用は実費でいただいております」

警備以外でスタンドの球場清掃費用など、大会運営にかかわる諸費用は、原則阪神電鉄持ちである。大会期間中、阪神電車の運賃収入が大幅に増え、球場内の飲食物販の売り上げは球場収入になる。メリットはそれなりに大きいが、それにしても気前がいい。阪神電鉄が持つ阪神タイガースは毎年この時期、高校球児に本拠地を明け渡し、長期ロードに出る。最近は京セラドームに戻るため、選手の負担は減ったが、死のロードと呼ばれたこともあった。夏休みは興行をする上で、最も動員が見込める時期である。それでもその対価を高野連側には求めないというのだ。

高校野球と阪神電鉄のかかわりは1917年の第3回選手権大会にさかのぼる。第1、2回で使われた豊中グラウンドから、阪神沿線内にある鳴尾競馬場内の運動場を使うようになった。地元関西勢の優勝が続き、人気が沸騰。5000人の鳴尾球場では観客を収容できなくなり、本格的なスタジアム建設の機運が高まった。1922年、氾濫を起こしていた武庫川河川の改修に伴う、払い下げの土地を電鉄が巨費を投じて購入。1924年8月1日、6万人の収容の甲子園球場が誕生した。その年の第10回大会(8月13-19日)から高校野球で使用されている。阪神タイガースの創設は1935年で、高校野球(当時は中学野球)の方が先輩になる。ちなみに日本高野連の前身、全国中等学校野球連盟が結成されたのはそののちの1946年2月になる。

当時の様子を知る関係者は少ないが、ある球場関係者は「高野連のみなさんと、阪神電鉄、主催新聞社さんのスタッフが、手弁当で運営に当たっていたようです」と話した。とにかくやってみようと、高校野球関係者、阪神電鉄、主催新聞社が今で言う走りながら考えるスタイルでスタート。三者一体での運営とあり、球場使用料という概念そのものが存在していなかったのかもしれない。

使用料が派生しないどころか、どこかのお笑い会社のように、契約書が存在しない時期も長く存在したという。年始に時の日本高野連会長が、大阪・野田にある阪神電鉄本社を訪れ、電鉄会長にあいさつ。「今年もよろしくお願いします」「こちらこそよろしくお願いします」というあいさつだけで、その年の春夏の甲子園開催が決まっていたと、阪神電鉄、高野連の両幹部から聞いたことがある。甲子園球場側も毎年3月の選抜と8月の選手権大会があるものだということで、頼まれる前から毎年おおよその日程を押さえていたという。他者に貸し出したり、タイガースが試合を行うというような発想は一切ない。

阪神電鉄の幹部は「覚え書きのようなものはあったようですが、契約書はなかったと聞いています。(2007-10年の)球場リニューアル工事のときに、それではいけないだろうということで、契約書を交わすようになりました」と説明した。

プロ野球界では球場の高額な使用料が運営のネックとなり、球団が球場を買収するケースが近年相次いでいる。ダイエーから球団を買収したソフトバンクが外国のファンドに渡っていた福岡ドーム(現ヤフオクドーム)を870億円で買い戻したのが先鞭。オリックスは京セラドームを、DeNAも横浜スタジアムを買収した。日本ハムも借りている札幌ドームを将来離れ、自前の球場建設構想を発表している。巨人は東京ドームを、ヤクルトは神宮球場を借りている。球団、球場が一体型の経営をすることにより、高額な使用料の負担がなくなり、飲食物販など、球場内の収入を球団が得ることができる。自由な運営ができ、球場拡張やメンテナンスなど、動きやすくなるなどメリットが大きい。ちなみに阪神タイガースの本拠地甲子園球場は、親会社である阪神電鉄のスポーツ・エンタテインメント事業本部甲子園事業部(阪神電鉄の子会社ではない。甲子園球場の社員は本社社員)なので、一体型経営を他球団に先んじて実現している。

当然、阪神甲子園球場は日本高野連の所有物ではないが、使用料が大会予算に組み込まれないのは、運営上のメリットが大きい。長年に渡る協力関係が下地にあるので、急な天候不順による日程の変更など、大会運営の自由度も非常に高いといえる。今大会では台風10号の接近に伴い、15日の3回戦4試合を16日に順延。その判断も非常に早かった。全試合、NHKと民放が大会を中継しているが、放映権料をもらっておらず、スポンサーの顔色をうかがう必要もない。アマチュアスポーツでありながら、はからずも、プロ野球経営の理想をずいぶん前から実現しているのである。

なぜ阪神電鉄は球場使用料を求めないのか。先の幹部はこう説明した。

「いうなれば、最大の野球振興に貢献させていただいているということです。これだけは守らないといけない」

高校野球を通り抜けずに、プロになる選手はいない。少子化で野球人口の減少が急速に進んでいるという現状もある。甲子園大会を大切にすることが、野球界全体の発展につながる。「教育の一環としての高校野球」という理念に通じる、無償の愛である。

高校野球の盛り上がりで、あまり大きな声ではいえないが、運賃収入などの電鉄側への利点も見込めるようになった。のちに球場使用料という着想が生まれたが、そんなケチなことは言わずにおこうか…と、長く手つかずにしていた慣習が形を変え、使命感のようなものに姿を変えた。そう考えると、甲子園使用料ゼロ円のカラクリが解けたような気がした。

ここまで書いてきて、あるパ・リーグ球団のスカウトとの雑談を思いだした。「甲子園球場はタイガースの持ち物なんだから、ここに出ている選手は全部ウチのもの、どこにもやらんぞ…ぐらいの感じで仕事したらいいと思うんですけどねえ」。名門校の選手として甲子園に出てプロ野球選手になった若手スカウトと、ネット裏で甲子園練習を見ていたときに、彼がつぶやいたセリフだった。

大澤謙一郎

著者プロフィール 大澤謙一郎

サンケイスポーツ運動部長(大阪)。1972年、京都市生まれ。アマチュア野球、ダイエー(現ソフトバンク)、阪神担当キャップなどを務め、2018年10月から現職。1999年ダイエー日本一、2002年サッカー日韓W杯、2006年ワールド・ベースボール・クラシック(日本初優勝)、阪神タイガースなどを取材。趣味マラソン、フットサル、登山。