単なる広告塔ではなくチームメンバーとして、社員として参画する意義

ニューヨークはセントラルパークにほど近い1hotelで開催されたプレス発表会でフェデラーは、「単なる投資ではなく、自分と同じスイスをルーツに持つ、成長著しいスニーカー会社のメンバーとして関わっていく。(1)アスリートとしての知見を活かした技術開発、(2) 多くのファンを魅了してきた経験に基づいた On のファンコミュニティの拡大、(3) 社内のチームビルディングの強化や社内文化醸成をリードしていくリーダーとしての立場、これらの役割を担っていく予定だ。自分がOnのメンバーになることで、どういう化学反応を起こすことができるのか、想像するとワクワクが止まらないね。」と語っている。

(1)に関して、特に日本では現役のアスリートが競技以外に手を出すことに対して嫌悪感を示す人が非常に多いと個人的に感じている。アスリートたる者、競技に集中して結果を残せば良いといったマインドであろうか。しかし、現役アスリートも四六時中練習をしているわけでない。むしろ練習や試合以外の時間を充実させることに悩んでいるアスリートは少なくない。また、現役時代でしか伝えることが出来ない感覚をブランドに落とし込むことは、本人にとっても、またブランドにとっても有意義である。

他にどのような選手が現役中にビジネスマンとしての活動を行っているか探ってみたところ、セリーナ・ウィリアムズ選手が4月に自身のInstagramでベンチャーキャピタルを立ち上げていることを発表している。彼女は投資先企業も一部発表しており、全社合わせた時価総額は120億ドルに上る。

また忘れてはならないのが日本にもそのような男がいたことだ。そう、中田英寿だ。彼はまだ現役時代、パルマで10番を背負っていた2003年に、東ハトの再生プロジェクトの中でCBO(Chief Branding Officer)に就任した。中田は大のお菓子好きということもあり、東ハトのブランディングの司令塔としてタクトをふるった。全てが中田の功績ではないにしても、その後の東ハトの再生は周知の通りである。時代が早すぎたのか当時は彼に対して心無い言葉を投げかける人間も少なくなかったが、改めて彼の功績はスポーツだけにとどまらないことがわかる。

2020年にはフェデラーモデルのシューズも発売予定だ

現役だからこそ出来るファンコミュニティの拡大

フェデラーは今回の参画に合わせて、既に自身のTwitter(フォロワー数約1,267万人)や、Instagram(フォロワー数約700万人)での投稿、アメリカの有名報道番組「Today」への生出演、更にはセントラルパークで約100人のOnファミリーとランニングを一緒に行うなど現役アスリートとは考えられないほどブランドの認知拡大に貢献している。確かにベテランの域を迎え、「セカンドキャリアを考え出しているからではないか」という声も聞かれそうではあるが、東京五輪の出場も宣言しているれっきとしたトップアスリートである。

そんな彼がブランドにフルコミットしている姿は、日本のアスリートにも是非参考にしてほしいと思う。特にアスリート×SNSというのは非常に可能性がある分野だ。アスリートのSNSのフォロワーはほとんどが彼ら自身のファンである。試合で見せることないプライベートの投稿は非常に魅力的であり、更に彼ら自身への愛情が深まることもあるであろう。そんな選手が嘘偽りなく、心の底から愛しているブランドを使用していることを発信することにより、ブランドのファン拡大につながるという事実をアスリートはいち早く気付いてほしい。むしろそこに新たなアスリートの価値が潜んでいるはずだ。

セントラルパークでOnファミリーとランニングを行うフェデラー

企業やブランド側も考え直したいアスリートとの関係

また本会見でフェデラーは、「スポンサーは常に旬なアスリートやミュージシャンを探しています。3~5年の契約期間が終了したらそれで関係が終了。数年でスポーツ界から撤退する企業もあります。そういう入れ替わりの激しい契約の形態に、違和感を感じていました。Onは、シニアメンバーとしてチームに参加するので、契約というよりは社員に近い立場です。同じビジョンを共有する限り、長期的な関係を築いていくパートナーだと思っています。アスリートの領域を超えて、チームとして何か全く違うかたちのものを生み出していく、もちろんそれぞれの責任を伴ってね」と語っている。

企業が宣伝効果を最大限高めるために旬のアスリートを起用すること自体を筆者は否定しない。現に、●●選手がCMや交通広告に起用されているからこそ知った、という企業もたくさんある。ただ、単に広告塔として起用するのではなく、フェデラーが語った3つの役割を企業として求めるようになっても良いのではないかと感じる。

アスリートに企業やブランドのことを知ってもらうだけでなく、なぜお願いするのかのストーリーやお願いしたいことを明確に伝えられる人間の育成が企業やブランドにも求められる。アスリートを尊重することは大事ではあるが、時にはブランドにコミットしてもらうために無理なお願いも聞いてもらえるような関係値を作っていくことが今後、更に求められていくのではないかと感じる。

「On」加入後、初めて公の前に現れたフェデラー、家族も愛用している裏話も披露

スポーツを愛する人間として、現役の間にこのような決断を行ったフェデラーの今後の動向から目が離せないし、アスリートだけでなく多くの人々に、ブランドに深く関わっていくフェデラーの姿に注目してほしい。

川本暁

著者プロフィール 川本暁