■満点のシナリオから紐解く“プランB”

満点のシナリオはとても明快である。ずばり、普通に観客を入れ予定通りの期間に東京で行うということだ。そんなのあたりまえじゃないかという声が聞こえてきそうだが、非常事態においては当たり前こそが一番なのだ。

そして、ここにプランBを紐解く大きなヒントがある。キーワードは「観客を入れる」「予定通りの期間」そして「東京で行う」という部分である。この3つがそろえば100点、そしてどれかひとつを欠けば点数は下がる。繰り返すが、オリンピックを中止にすれば0点である。100点から0点の間のどこで折り合いをつけるのか個別に長短を見てみよう。

■観客を入れない、無観客は?

最初のキーワード「観客を入れる」を「入れない」すなわち無観客で行うケースはどうだろうか?
実は2週間前の時点では(3月初旬)このパターンは相当可能性があると考えていた。日本が感染列島だという前提に立てば、そんなところで数万人の観客がひとつの競技会場に集まるのは集団感染してくださいというようなものだ。しかもそれが複数の会場で同時並行するとなればなおさらだ。逆を言えば、観客が入らずに選手だけであれば、感染予防はある程度できる。選手村、食事、輸送、競技会場と選手の行く先々で消毒を徹底し、一定の距離を保つスペースが確保できれば競技はできる。まさに大相撲3月場所、プロ野球のオープン戦のパターンだ。生での観戦はできなくても、テレビ桟敷で全世界の人たちが観戦する。放映権をもつテレビ局にとっては満点回答となる。さらにチケット収入は組織委員会の収入でIOCの懐に入るわけではない。組織委員会は大赤字になるがIOCの腹は痛まない。IOCにとっても満点に近いプランだ。

一方で赤字を被る組織委員会側に立てば飲めない案だ。観客がゼロということはオリンピックでインバウンド需要を見込んでいた東京都、日本政府にとっても、まったくもって承服できるものではない。それでも中止に比べれば…。そう考えてここに落ち着く可能性はあるとにらんでいた、2週間前の時点では。ここが肝である。残念ながらわずか2週間でフェーズは変わってしまった。WHOはパンデミックを宣言し、イタリア、イランに象徴されるようにホットスポットが世界中に広がった。アメリカでも感染が拡大し、4大スポーツでも中断や開幕の延期が相次いで決まる事態になった。もう観客どころか、選手が東京に来ることが難しくなってしまったのだ。スポーツをやっている場合じゃないと。かくして、無観客は“プランB”から外れたとみていいだろう。

■「東京以外は?」 そういう場合ではない

先に「東京で行う」というキーワードもつぶしておきたい。
みなさん覚えているだろうか?ロンドン市長選の候補者が代替開催の可能性に触れたことを。日々、目まぐるしく状況が変わる新型コロナウイルスの危機を目の前にしては、随分と昔の話のように感じてしまうが、この話題も2月末のことだった。一番に頭に浮かんだのはマラソンの札幌移転だった。バッハ会長ならやりかねない。率直な気持ちだった。2020年7月にオリンピックをやるということを最大の目的とするならロンドンもゼロではないと思わせたが、ウイルスに国境はなかった。

いまや医療体制や衛生環境、それに死者数を見れば、日本はむしろ安全な場所なのかもしれないとさえ思えてしまう。スポーツ界では、バドミントンがそうしたように、日本にいるより海外を転戦したほうがいいと考えた時期もあった。しかし、いまでは各地で大会がキャンセルされている。むしろ、競技団体によっては日本国内にいたほうが安心だと選手を呼び戻す動きも出てきている。もはや場所を変えるなんて議論がナンセンスなのは、これ以上書くまでもないだろう。

■年内での延期はメリットなし

最後に検討するのが「予定通りの期間」を変更できるかどうかだ。
IOCの最古参の委員、ディック・パウンド氏に始まり、橋本聖子オリパラ大臣、組織委員会の高橋理事、ついにはアメリカのトランプ大統領まで口にしはじめたのだから、いま考えうる最良の“プランB”はここにあるといっていいだろう。ではいつになら変更可能なのか?

橋本大臣が口走った年内のパターンは、開催都市契約に基づくものだ。契約書には2020年に開催できない場合はIOCが中止を決められるという条項がある。裏を返せば年内であれば大丈夫という解釈を述べたというのが実際のところだ。しかし、実現性は極めて低いといっていい。ここで何度も述べてきたIOCの最大の収入源、放映権を持つテレビ局が承服しかねるからだ。世界のテレビ局はオリンピックの放送を編成し、そのCM枠を売って収入とする。莫大な放映権料を払うのは、それに見合うCM契約が得られるからだ。でもチャンネル数には制限がある。同時に野球、バスケ、アメフト、ホッケー、ヨーロッパであればサッカー、日本であれば相撲など、メジャースポーツが放送されていれば視聴者も分散し、おのずとCM権料も下がる。オリンピックが4大スポーツほどの人気がないアメリカでは、むしろ余剰コンテンツとなってしまうわけだ。また、競技会場自体もすでに秋冬は別のスケジュールが埋まっている。その調整は途方もない労力になり、まさにメリットなしだ。

■1年後か2年後か

であれば、7,8月という同じ時期だが年が違う年単位の延期が現実味を帯びてくる。そこにダイレクトに来たのがあのドナルド・トランプ米大統領の一言である。「1年延期したほうがいいのでは」その根拠は「無観客よりはいいだろう」というものだ。

さっきも述べたように無観客で困るのは組織委員会や東京都、それに日本政府だ。そう考えれば日本に最大限配慮した発言でもあるのだ。その前日には大会組織委員会の理事が1年から2年の延期の可能性に言及した。
組織委員会のドン森喜朗会長は火消しに走ったが、この発言をしたのは電通の元役員だ。電通といえば世界のスポーツ界に影響力がある代理店で広告を取り仕切っている存在であるのはいうまでもない。アメリカ大統領と電通元役員が通じ合うというのは非現実的だが、向いている方向性が同じというのは然もありなんだ。もちろんマイナス面はいくつもある。
例えば、大会後に解散する組織委員会を1年も継続させる経費は少額ではない。各競技団体はすでに世界選手権やワールドカップなど2021年22年の大会スケジュールを組んでいる。それをずらすのも大迷惑だ。しかし、中止にすることを考えると1年後に通常開催できればメリットのほうがはるかに大きい。少なくともステークホルダーの多くが納得しうる選択肢といっていいだろう。

■いい選択肢だが、あのファーストは?

じゃあ1年か2年の延期で決まり。そう言いたいところだが、ここまで書いて大事なことを忘れていることにお気づきだろうか?

そう、オリンピックの主役は誰かということである。マラソンの札幌移転の時、IOCはこぞってアスリートファーストという言葉を使った。まるで錦の御旗のように。もし大会を1年延期したらアスリートはどうなる?僕らメディアの人間さえこの生活をもう1年続けるのは無理と言っている人が多いのが現状なのに、キリキリ傷んで胃が崩壊しそうな代表選考とピーキングをもう1年繰り返すなんて狂気の沙汰かもしれない。
さらに、いま世界最高の選手たちが1年後に世界最高である保証はどこにもない。言い換えれば、すでに出場内定している選手たちを来年出場させるのか、それとも改めて選考しなおすのか。どうやっても遺恨を残す、アスリートファーストとは程遠い未来が待っていることになる。

さあどうする東京オリンピック。うまく乗り切ってレガシーを残すことができるか、残された時間はほとんどない。

東京オリンピックを中止にできない理由(前編)

無観客で行われているプロ野球オープン戦、そして3月20日に予定されていた開幕の延期、Jリーグも開幕節のあと延期が続いている。NHKで見る無観客の大相撲中継はまさに異様だ。そしてセンバツ高校野球まで中止となった。

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VictorySportsNews編集部