「練習に遅刻してきたので。昨日。こういう(コロナ禍の)状況で、新たにみんなで頑張ろうという中で、すごく残念やし、全体の信頼を失うようなことだったので。2軍で見つめ直すというか。ここにいてみんな同じ気持ちでやっていくのが難しいと」

 さらに指揮官はもうひとつの事実を明らかにした。

「これが初めてじゃないんで」

 そう2度繰り返した矢野監督が指しているのは、おそらくチーム内で有名な2017年5月の事件のことだろう。藤浪は先発当日、ミーティングに遅刻した。その日は午後6時開始のナイターとあり、ありえないと当時の金本知憲監督ら首脳陣が激怒。先発交代も考えたが、代わりの投手が見つからず、自分で責任を果たしてこい…とマウンドに送り出した。結果、制球難の上、滅多打ちをくらい、試合後、プロ入り初めての2軍落ちが決まった。

 入団から3年連続2桁勝利を挙げたが、4年目から成績が鈍化。当時在籍した球団幹部によると、その理由について、首脳陣の間で「球団が甘やかしたから」という考えが根強かったという。この2軍落ちを機に、登板しない試合でのネット裏でのチャート(配球)付け、掃除など、藤浪が入団以来ずっと1軍にいたため経験できなかった、本来若手が行う雑用を例外なく命じるようにファームに申し送りした。

■フォーム調整の影響

 いわゆるショック療法で再生を図ったが、ゆとり世代に効果があったかどうか。成績は向上せず、指揮官が交代し、矢野監督になった2019年は1軍登板1試合とさらに状況が悪くなった。そして今年3月に新型コロナウイルスの蔓延で外出自粛が求められる状況下で、女性も含む知人宅での会食に参加し、感染。そして今回の練習遅刻…。

 藤浪はいったい、どうしてしまったのか。さまざまな声がある中、数年前、アマチュア野球の監督から投げかけられた疑問を思い出した。

「阪神はなんで藤浪のフォーム、いじったの? インステップしながら投げるのが、彼の持ち味だったのに」

 インステップとは投球時に踏み出す左足のこと。前足がやや三塁側に踏み出すため、上体を右上から左下にひねる形(クロスステップ)になる。身体への負担が大きく、けがをする可能性があるとして、踏み出す左足を一足分ほど、一塁側にずらし、ホームベースに正対する形で投げる微調整を行った。高卒でいきなり10勝を挙げた1年目のシーズンを終えた直後の秋季キャンプでのことだった。

 この指摘をした監督は大阪桐蔭時代の藤浪と対戦経験があり、多くの教え子をプロに送り込んだ甲子園でも実績のある指導者だ。いい素材が入ってきたら、最初はいじらないというのは、指導の基本。岡田彰布監督はすぐ教えたがるコーチに対して指導禁止令を出していたこともあった。この指摘を球団上層部にぶつけると「現場、球団、本人も納得の上でけがを防ぎ、さらに高いレベルを目指すためにやったこと」と説明する。実際、翌2014年は11勝、2015年は14勝と成績は向上したが、その後、フォーム探しの袋小路に迷い込んでいる。

 藤浪と同じ長身投手(188センチ)だった阪神OBの江本孟紀氏(野球評論家)もインステップしながら投げる投手だった。右打者に向かっていくような投げ方になるので、打者は腰が引ける。フォームは人それぞれ。江本氏の場合は、インステップを武器にしていた。藤浪は大阪桐蔭高3年時に春夏連覇した投手。制球難とは無縁で、この偉業を成し遂げた。野球は技術のスポーツ。ここ数年の藤浪の停滞はイップスなど、精神的な問題を指摘する声が多いが、そもそも技術面での改善、安定がない限り、完全復活など望めないのではないだろうか。

■「頑張るしかない」と前向きに

藤浪は6月3日、2軍のソフトバンクとの練習試合(鳴尾浜)に登板も、2回0/3を投げ、4安打3失点。77日ぶりの実戦登板だったが、3イニング目には明らかに球速が落ちて連打を浴び、右胸の張りを訴えて降板した。期待が大きい分、ファンの失望は大きく、ネット上では批判の声が多いが、熱烈な阪神ファンで読売テレビ朝の「す・またん!」に出演する、森たけしアナウンサーが番組内でつぶやいたセリフに膝を打った。

「遅刻でしょ? 巨人の松井さんとかしょっちゅうやってたでしょ」
 
 松井秀喜は巨人時代、たびたび遅刻したが、罰金を払い、その試合で特大のホームランをかっ飛ばした。藤浪もチームのルールを破ったが、不法行為まで犯したわけではない。様々な要素が絡み合って、どん底にいる26歳。本人に責任があるのは当然だが、コロナ禍でストレスがたまり、ネット上に匿名の誹謗、中傷があふれるこんな時代だからこそ、阪神ファンだけは温かく見守ることはできないものか。

 5日に右胸の軽度の筋挫傷と診断された藤浪は代表取材に答え「頑張るしかない。けがをしてしまったので、実戦になかなか出られないけど、早く実戦で結果を出して、野球で頑張ってアピールするしかない。普段の練習からしっかりやって、いいプレーができるように」と前向きに話した。野球は失敗のスポーツ。藤浪が名誉挽回を果たし、甲子園でのヒーローインタビューの後、虎党から「はよ帰って、はよ寝ろよー」「目覚まし時計、忘れたらあかんでー」と愛情たっぷりにヤジられる日が来ることを切に願っている。


大澤謙一郎

サンケイスポーツ文化報道部長(大阪)。1972年、京都市生まれ。アマチュア野球、ダイエー(現ソフトバンク)、阪神担当キャップなどを務め、1999年ダイエー日本一、2002年サッカー日韓W杯、2006年ワールド・ベースボール・クラシック(日本初優勝)、阪神タイガースなどを取材。2019−2021年まで運動部長。2021年10月から文化報道部長。趣味マラソン、サッカー、登山。ラジオ大阪「藤川貴央のニュースでござる」出演。