大正製薬株式会社(代表取締役社長・上原茂氏)が、6月17日に公益財団法人日本テニス協会(JTA)のオフィシャルスポンサーになることを発表したのだ。

最近の大正製薬といえば、日本で開催された2019年ラグビーワールドカップでの、リポビタンD×日本代表ラグビーのイメージが強い。
「ラグビーについては、野球やサッカーに比べると以前は人気がなく、その時から一緒に盛り上げてきた自負はあります」
このように大正製薬コーポレートコミュニケーション部メディア広報グループの羽馬忠宏氏は胸を張るが、これまでさまざまなスポーツとも関わってきている。

「2001年よりラグビー日本代表オフィシャルスポンサー(2020年からはトップパートナー)となっておりますが、それ以外にも、野球(プロ・アマチュア)、サッカー、バスケ、eスポーツなどに協賛しております。今後も、当社の思いと合致すると判断したものについては、検討していきます」

なぜ、このタイミングでJTAと契約締結に至ったのだろうか。
「2018年度より日本テニス協会を通して、学生大会である全国選抜高校テニス大会の協賛をしておりましたところ、今回更なる関係強化のお話があり、同協会が掲げる『テニスを通じて生活者に健康でより豊かな暮らしの実現を図る』との理念と、当社の考えに相通じるところもあることから、このたびの契約に至りました」

「夢に向かって頑張っている人」を応援

実は、日本を代表する製薬会社の1つである大正製薬は、日本で開催される国際テニス大会の1つである「横浜慶應チャレンジャー」の協賛スポンサーにもなっていた。この大会は、ATPツアーより一つ下のグレードの大会であるATPチャレンジャーで、世界への登竜門として位置付けられている。世界ランキング100~200位ぐらいの男子選手が出場して、世界のトップ100入りを目指す。また、女子の部も国際テニス連盟(ITF)公認大会として開催されており、世界200~300位ぐらいの選手が出場している。

慶應義塾大学庭球部監督で、JTA理事(普及育成本部副本部長)でもある坂井利彰氏は、大正製薬とJTAのパイプ役を見事に果たした。
「上原社長とちょっとお話する機会があり、JTAとして育成に力を入れたいと話した時に、ぜひJTAの人と話をしたいですということになったんです」

2020年1月に初めて顔合わせの場が設けられ、女子国別対抗戦フェドカップ日本代表監督であると同時にJTA強化本部長である土橋登志久氏も参加し、話し合いは予定されていた1時間を超え、2時間半におよんだ。大正製薬サイドは、日本テニスの現状、現場でのプラン、選手育成などに興味を持ち、具体的に何のためにお金が必要なのかを土橋氏から説明を受けたのだった。土橋氏らの熱意に感銘を受けた大正製薬サイドは、目下スポーツ分野への取り組みを強化する方向にあったこともあり前向きに検討した。
そして、大正製薬とJTA双方の思いが一つになり方向性も合致し、契約締結へ至った。

「本当に有り難かったです。(契約期間は)まずは1年なんですけど、(将来的に)複数年で考えていただけていると思います」(土橋氏)

今後、JTA主催の大会などにおいて、大正製薬はさまざまなプロモーション活動を予定しており、いろいろな角度からテニスへのサポートを想定しているが、現在のところ、テニスだから初めて行うというような新しいプロモーションはない。

「大会会場やウェブサイト上でのロゴ掲出と、会場におけるサンプリングを予定しています。サンプリング期間や方法については、大会ごとに詰めていくことになります」(羽馬氏)

プロモーションの中で、大正製薬が注力しているのが、リポビタンシリーズだ。同社が公表している売上高は、
 2020年3月期(2019年度)リポビタンシリーズ 509億円(前年比-2.2%)
 2021年3月期(予想)リポビタンシリーズ 466億円(前年比-8.4%)
そして、リポビタンシリーズを含んだセルフメディケーション事業の日本国内売上高は、
 2020年3月期(2019年度)1471億円(前年比+0.7%)
 2021年3月期(予想)1387億円(前年比-5.7%)
なお、2021年3月期でのマイナス予想の理由については、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う外出自粛の影響などが加味されている。

大正製薬の看板商品であるリポビタンシリーズは、売上高からもわかるようにセルフメディケーション事業の中核を担う。特に、リポビタンDといえば、日本国民の誰もが知っているような栄養ドリンク剤となっているが、これまでも人々の疲れと常に向き合ってきたブランドだ。大正製薬としては、運動量の多いテニス愛好者にもっと認知してもらい、彼らのニーズにももっと応えていきたいという思いがある。

さらに、夢を抱きながら目標に向かって頑張る人を常に応援していきたいというリポビタンのコンセプトがあり、世界の舞台に目標を置き、パフォーマンス向上を本気で目指すジュニア選手に飲んでもらって、激しいプレーが伴うテニスの一助になればと考えている。
「スポーツ協賛が、直接的な売上拡大のための施策ということではなく、『夢に向かって頑張っている人』を応援するリポビタンブランドとして、スポーツや文化などでプロモーションを展開しています」(羽馬氏)

なお、リポビタンシリーズは、アンチドーピング認証を取得しているため、競技中あるいは競技前後でも、選手がエネルギーを補給するために飲用できる。

テニス界の未来のために

「テニス界を一緒に盛り上げていくためには、テニス人口を増やすことが重要と考えます。そのためにはジュニアへの取り組み・育成はポイントであると考えております」

こう羽馬氏が語るように、今回の大正製薬とJTAのタッグは、“育成”がキーワードになっているが、さらに大正製薬は、「伊達公子×YONEX PROJECT~Go for the GRAND SLAM~」という育成プロジェクトへのサポートも開始した。このジュニアプロジェクトは、伊達氏が中心となって、15歳以下の日本女子ジュニア選手をテニス4大メジャーであるグランドスラムのジュニアの部へ出場させるというもので、プロジェクト自体は2年目に突入している。

「この取り組みは、2年を1クールとして2019年度からスタートしているものですが、今回のJTAオフィシャルスポンサー契約をした際に、JTA側からの提案もあり、テニス界におけるジュニア育成という課題について同感し、一緒に解決していこうという考えからサポートを開始しました」(羽馬氏)

さらに、大正製薬は、2020年に新設されるITF公認のジュニア大会「リポビタン国際ジュニア supported by伊達公子×YONEX PROJECT」(11月30日~12月6日、愛媛県松山市・愛媛県総合運動公園)の大会冠スポンサーを務めることにもなった。このジュニア大会では、伊達氏がゼネラルプロデューサーを務める予定だが、JTAと連携を取りながら各種協賛をしていくことになる。
「非常に強力なサポートを得ることができ、これからのジュニアたちにとっても、いい経験を積むことができるのではないかと考えています」(伊達氏)

さらに、JTA専務理事の福井烈氏は、大正製薬、JTA、伊達公子×YONEX PROJECTという3者が、中長期的な視野に立った理解とサポートを確認し合うことができたことによって得られる将来への大きな希望を胸に壮大な夢を思い描く。

「このスポンサー契約により、JTAとしては、特に女子ジュニア強化につながる中長期的育成体制を充実させたい。2024年パリオリンピック、2028年ロサンゼルスオリンピックに向けて、世界に通用する選手を輩出することを目指していきます」 

もちろん坂井氏は、世界の舞台で活躍できるジュニア選手育成が容易ではないことを認識しているし、長い道のりになるかもしれないことも覚悟している。
「これが始まりなので。しっかり枠組みができたし、皆さんの可能性も見えた。協会が協力させてもらうことで、これからもしっかりやっていくことが大事。コロナ渦ですけど、育成は、5年先、10年先に関係してくる工場のようなものだと思いますので、止めてはいけないと思います。しっかり地道にやっていきたいです」

大正製薬、JTA、伊達公子×YONEX PROJECTという3者が、“育成”を共通テーマとして手を組んだ新しいムーブメントによって創りあげられるだろう日本テニスの未来に期待を寄せずにはいられない。ただ、本当に長期的なプロジェクトになって、大きな成功へつながるのかどうか、見守っていかなければならないだろう。企業サイドからすれば、ボランティアではないのだから、短期的な損得勘定につい目がいってしまうのは当然のことである。もちろん景気にも左右されるだろうが、ましてや現在は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が起こっており、企業サイドからスポーツを見る目は自ずと厳しくもなるだろう。

まず、テニス選手たちは、コロナ渦であるにもかかわらず、“育成”のための新しいムーブメントが起こった好機を逃さずに、世界レベルで結果を残さなければならないのはいうまでもない。一方、企業側も、今後テニスをスポーツ文化の1つとして捉え、理解を深めながらサポートを長期的に持続できるのかが問われていくのではないだろうか。

伊達氏は、「スポーツの力は大きいと信じていますし、これからもそうであってほしい」と願いを込めるが、コロナ渦の現在あるいはアフターコロナに、テニス界からも日本の若き才能が育ち、スポーツが及ぼす良い影響力を示すことが未来でもできていたら、こんなに嬉しいことはない。

今回の新しいムーブメントは、21世紀に日本でテニスがスポーツ文化へ昇華されるかどうかの挑戦でもあるのだ。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。