獲得の決め手は

「(ヤクルトに)拾っていただいて……去年、阪神をクビになってまたプロ野球に、NPBに戻りたいという気持ちで香川でプレーしていたので、本当にうれしいです」

 9月6日に行われた入団会見でそう話したのは、昨年まで8年間、阪神タイガースに在籍していた歳内宏明(27歳)。昨シーズン限りでその阪神を戦力外となり、今年は独立リーグの四国アイランドリーグplus、香川オリーブガイナーズでプレー。9試合に先発して3完封を含む5勝0敗、防御率0.42、76奪三振という圧倒的な成績を残していた。

 獲得の決め手となったのは何か? 昨年まで2期、代行時代も含めて計7シーズンにわたって監督を務めた小川淳司GMによれば-。

「ちょうど前回(2014年まで)監督をやっている時に(歳内に)すごくいいイメージがあって、今回香川の方で先発をやって抜群の成績を残しているというところから、獲得をすることになりました」

 阪神時代は主に中継ぎだった歳内が、プロ初勝利を挙げたのは入団3年目の2014年7月30日。奇しくも、小川GMが監督を務めていたヤクルトとの試合だった。4回途中、無死満塁のピンチで甲子園のマウンドに上がると、山田哲人から三振を奪うなど打者3人をピシャリ。その裏に阪神が逆転して勝利投手となり、試合後は鳥谷敬(現千葉ロッテマリーンズ)とともにお立ち台にも上がった。

 2015年には自己最多の29試合に登板して1勝1敗2ホールド、防御率2.62の好成績を残すも、その後は右肩の故障に悩まされ、2018年は育成選手として契約を結ぶことになる。その年の7月には支配下登録に復帰するが、一軍のマウンドに返り咲くことのないまま、昨年10月に戦力外通告を受けた。

「(肩を)ケガしてから約3年、一軍での登板がない中でも回復を待ってくれた。あそこで待ってくれていなかったらあのまま終わって、もう野球はできない状態だったんじゃないかなと思うんで、クビになった時も『本当にありがとうございました。お世話になりました』っていう気持ちが一番強かったです」

 歳内は当時を振り返り、古巣に対する感謝の念を口にする。それでも球団職員としての打診を固辞し、現役続行の道を選んだ。手術をせずにリハビリを重ねた肩の状態が徐々に良くなり、球速も戻ってきたと実感していたからだ。

 まだ投げたい-。そんな思いで12球団合同トライアウト、そして台湾で開催されたアジアウインターベースボールリーグにも参加。NPB球団からの獲得打診はなかったものの、「平成唯一の三冠王」である元福岡ソフトバンクホークスの松中信彦がGM兼総監督を務める香川からのオファーを受け、今シーズンは新たな舞台で開幕を迎えることになった。

 歳内は、阪神時代は中継ぎとして「勢いで投げていたというか、球速を出しにいってたわけじゃないですけど、勢いで押し切るっていうような気持ちで投げていた。今思えば、力だけで投げてたのかなと思います」という。

 それが、香川では先発としてペース配分を考えるようになり、力を抜いて投げてもさほど球速が変わらないことを知った。ストレートでカウントを取ってフォークボールで三振を狙う基本的なスタイルは変えずとも、球種の割合も見直すなど先発としてのあり方を模索していく中で、自身にとっての課題である制球力も磨かれていった。

「コントロールが阪神時代は一番の課題だったなと思ってるんで、香川では先発する中で、球速よりもコントロールっていうことを一番にやってきたつもりです。阪神時代よりも一番成長したのがコントロールかなと思っています」

 小川GMも、先発として経験を積んだ歳内を「バッターを見ての駆け引きとか、球種が増えたりとか、以前の歳内にプラスアルファっていうのがある。プロ野球(NPB)で経験があって、独立リーグを経て成長して、肩の故障(による離脱)もいい期間として、結果的にいい時間を過ごして今の歳内があるのかなと思うので、非常に期待感は持っています」と評価する。

 もっとも肩の状態の見極めなども含め、獲得へのゴーサインにはある程度の時間を要した。例年のように新規支配下登録の期限が7月末であれば、獲得には至らなかったかもしれないという。今年はコロナ禍の影響により開幕が大幅に遅れたことで、期限も9月末に延長され、それも歳内にとってプラスに働いた。

「結果として今のこの時期に獲得できたっていうのは、現実としてそういうこと(期限の延長)があった上でのことなので。それが1つの縁となって、彼が活躍の場というか、そういう環境の中に入ってきて結果が出れば、彼にとってもヤクルト球団にとっても非常にいいことだと思います」(小川GM)

一軍昇格を見据えて

 入団会見を終えた歳内は、1日置いて9月8日にファームに合流すると、翌9日に横須賀で行われたイースタン・リーグ、横浜DeNAベイスターズ戦に先発。最速148キロのストレートを軸に、テンポのいいピッチングでストライクを先行させ、わずか68球で6回を投げ切った。

 この日のDeNAはホセ・ロペスが3番、タイラー・オースティンも5番でスタメン出場。歳内は初回にロペスを148キロのストレートでショートフライに打ち取ると、2回には自ら「得意」というフォークでオースティンを空振り三振に仕留めるなど、ファームで調整中の両外国人に出塁を許さなかった。

 6回までのべ20人の打者に対し、打たれたのは3本のシングルヒットだけ。5つの三振、2つの併殺を奪う一方で与えた四死球はゼロ、スリーボールになったのもフルカウントの1度だけと、まったく危なげなかった。

 ただし、試合後の自己採点は「65点」。「三振は取れましたけど、独立(リーグ)の時とは違ってファウルにされてたり、内野ゴロになったりっていうのが今日はあったので、そこをもっと修正できればなと思います」と反省を口にし、「(相手打線が)甘いところを打ち損じてくれたり、逆球で打ち取ったりっていうのもけっこうあったので、そこが一軍に上がった時にどうなるかなと」と、今後の一軍昇格を見据えた。

 冒頭でも触れたとおり、ヤクルトは現在、チーム防御率4.61で両リーグワースト。クオリティースタート率も埼玉西武ライオンズと並んで両リーグ最低と、先発投手がなかなか試合をつくれずにいる。8月15日のDeNA戦でノーヒットノーランを達成した小川泰弘はリーグ2位の8勝と奮闘しているが、打線とのかみ合わせもあるとはいえ、小川以外で勝利投手になった先発ピッチャーは、もう3週間以上もいない。

 そう考えると、歳内の一軍昇格は時間の問題だろう。

「阪神戦で投げたいっていう気持ちもありますし、楽しみな気持ちもあります」

 入団会見ではそう話していたが、ヤクルトが次に阪神と対戦する今月25日からの3連戦に先立ち、今週にも4年ぶりの一軍マウンドに返り咲く可能性が出てきた。

 兵庫県・尼崎市で生まれ、物心がつく前に阪神・淡路大震災、福島・聖光学院高時代には東日本大震災を経験し、プロの世界で一度はクビを宣告された苦労人の27歳。その「第二のプロ野球人生」が、本格的に幕を開けようとしている。

※データは9/14現在


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。