他球団から移籍してきた選手であれば、ジャイアンツには活躍した外国人選手は多くいる。最も有名なのは現横浜DeNAベイスターズ監督で当時東京ヤクルトから加入して2年連続MVPのアレックス・ラミレス(2008~2011年)だ。

では、ジャイアンツが自前で獲得した外国人選手という点で、ウォーレン・クロマティ(1984~1990年)がジャイアンツに入団して以降の“パッとしない”外国人を検証してみた。

クロマティが1984年入団ということで1985年以降入団の選手となるが、1980年代は、1年目に19セーブを挙げたルイス・サンチェ(1986~1987年)がいた。

1986年の前半戦は絶対的なストッパーとして活躍。記憶に残る選手だった。

さらに、2年間で21勝の“桑田の先生”ビル・ガリクソン(1988~1989年)、初打席でのホームランから9試合で7本を放った呂明賜(1988~1991年)が在籍。

1990年代に入ると、1年目に96試合で25本塁打のロイド・モスビー(1992~1993年)、走攻守すべてが本物だったシェーン・マック(1995~1996年)、1年目に16勝で最多勝に輝いたバルビーノ・ガルベス(1996~2000年)らが活躍している。

2000年代は…、ちょっとひどい。この年代が“以降”と言われている原因かもしれない。

ジャイアンツには10年間で37人の外国人が入団しているが、目立った成績を残しているのは、ロベルト・ペタジーニ(2003~2004年)、タフィー・ローズ(2004~2005年)、李承燁(2006~2010年)、ラミレスら。

投手では、マーク・クルーン(2008~2010年)、ディッキー・ゴンザレス(2009~2012年)で、日本の他球団から獲得した選手ばかり。

自前で獲得した外国人は、4試合で防御率23.63、4月中旬に球団史上最速で解雇されたダン・ミセリ(2005年)など、23選手がほぼ全滅と言っていいほどの惨状だった。

■2010年代以降は

気を取り直して、記憶に新しい2010年代は、2013年と2016年に最多ホールドを記録するなど、8年に渡ってブルペンを支え続けたスコット・マシソン(2012~2019年)が在籍。

さらには、2年目こそケガもあり4勝止まりだったが、3年間で31勝を挙げて菅野と共に二枚看板として先発陣を引っ張ったマイルズ・マイコラス(2015~2017年)がいて、現守護神のルビー・デラロサ(2019年~)が活躍中。

ちなみに、クロマティ以前を見てみると、首位打者3度で野球殿堂入りの与那嶺要(1951~1960年)、打点王2度の宮本敏雄(1955~1962年)のハワイ出身日系人選手2名が存在。

ほか、3年間で打率.283、54本塁打のロイ・ホワイト(1980~1982年)、2年間で45本塁打のレジー・スミス(1983~1984年)もいた。

検証してみると、2000年代が暗黒の時代だっただけで、やはり他はそれなりに活躍していた。

“以降”と言われるのは、近頃はYouTuberとしても人気のクロマティが、ジャイアンツ史上最強助っ人だから、に他ならない。

バリバリの現役メジャーリーガーとして来日し、7年間の在籍で通算打率.321、171本塁打、1989年には首位打者&MVPを獲得。

この成績に加えて、頭にデッドボールを受けた翌日の代打満塁ホームランや、勝利後の“バンザイ”パフォーマンスは、今もファンの記憶に刻まれている。

新型コロナウイルスの影響で、特別ルールが採用されている今シーズン。外国人枠も出場選手登録が従来の4人から5人に拡大(ベンチ入りは4人まで)されている。

現在、一軍に登録されているのは、デラロサ、ウィーラー(2020年~)、サンチェス(2020年~)、左肘違和感から復帰して3勝目を挙げたクリストファー・クリソストモ・メルセデス(2017年~※2018年支配下登録)。

ここに、現在ケガで離脱中だが今年の目玉外国人だったヘラルド・パーラ(2020年~)、160キロ超えの剛速球が武器のチアゴ・ビエイラ(2020年~)、先日1号をかっ飛ばした怪力のイスラエル・モタ(2019年~※2020年支配下登録)がいる。

さらに、阿部二軍監督が発掘した育成外国人のエスタミー・ウレーニャ(2020年~※育成)が虎視眈々と下剋上を狙う。

“以降”のイメージを植え付けたクロマティは、今シーズンからジャイアンツの球団アドバイザーに就任。

ジャイアンツ史上最強助っ人が見守るなか、新たな“以降”を生み出すレジェンド外国人が生まれるのか、G党として大いに期待したい。


※敬称略
※データは9/14現在


越智龍二

1970年、愛媛県生まれ。なぜか編集プロダクションへ就職したことで文字を書き始める。情報誌を中心にあらゆるジャンルの文字を書いて25年を超えた。会ったら緊張で喋れない自分が目に浮かぶが、原監督にインタビューするのが夢。