同じ茨城県内にJ1屈指のビッグクラブである鹿島アントラーズがあり、営業面では県内のファンやスポンサーを獲得し合うクラブとしてライバルとなる中、どんな未来を描いてクラブ運営を行っているのか。7月16日に社長に就任した小島耕氏、2018年1月からクラブ運営に携わっている営業ホームタウン事業部の眞田光一郎氏、経営企画室の市原侑祐氏の3人に取り組みについて語ってもらった。
社長の小島氏は開口一番、2019年7月にフリマアプリ大手のメルカリが経営権を取得した鹿島アントラーズをライバルとは考えていないと切り出した。
「ライバルと言われると、ちょっと難しい表現で、目指しているかと言われると、そこもまた違っています。同じ県内ですが、彼らは日本を代表するクラブであり、アジアチャンピオンも経験しているクラブですので、僕らもそこに近づきたいという思いはあります。でも、彼らが歩んできた道のりと同じ道のりを歩んで、そこに近づくということではないと思っています。我々は親会社を持たずに、いわゆる“市民球団”としての立ち位置というのがクラブの創設からございますので、地域に夢と希望を与える存在であり続けることを明確に意識しています。そういった意味でも、鹿島さんを手本にする部分は手本にしながら、我々独自の運営を行っていければと考えています」
ただ、営業を担当する眞田氏は、クラブの規模では到底及ばないことは承知しながらも、茨城県内にあるリソースの奪い合いをしているという意味ではライバルだと語る。
「地域にある企業さんの数は限られていますし、同じ企業さんに両クラブともスポンサードしていただいているケースもあります。その企業さんの予算を奪い合っているという側面はありますし、予算という枠組みでいえば、行政からのお金も同じです。営業サイドではそういった部分の不文律の紳士協定みたいなところに安住するのではなく、そこに挑んでいけるようなクラブになっていきたいと考えています」
茨城県内の総生産を分野別に金額の多い順に並べると、1位が農業、2位が製造業、3位が鉄鋼業になる。2位の製造業の大半を占めているのが県北地域の日立製作所と、その関連企業だ。日立は柏レイソルの親会社であることから、他クラブのスポンサードをしないのだという。したがって、水戸と鹿島で限られた企業の予算を奪い合うという構図になる。
一方で、スポンサー企業は必ずしも茨城県内にこだわっていないと小島氏は言う。小島氏は茨城県出身だが、大学時代から2019年春の社外取締役就任まで東京周辺で過ごしてきた。眞田氏も市原氏も東京からの人材だ。
「茨城県は県南地域から東京に通われている方も多いですし、東京とのコネクションも作りやすい。雑な言い方ですけど東京からのお金も持ってきやすい地域なんですね。今のクラブの売上規模は7億5000万円ですが、J2の平均売上は約16億円です。東京との距離感という意味で考えますと、それくらいの売上規模までは到達できるんじゃないかなと思っています」
コロナ禍の今は動きづらい部分もあるが、経営企画室の市原氏によると、今後の集客を見込んでいくための種まきのような施策を積極的に行っているという。
「リーグ中断明けの人数制限がかかった中、9試合を開催した平均観客動員数がだいたい1500名です。この1500名の人たちがこういう状況の中でもスタジアムに来てくださるのは何を求めているのか、リアルタイムでしっかりと声を集めようというのが施策の一つです。それと今年8月からTポイント・ジャパンさんと連携し、水戸ホーリーホック専用の応援型Tカードの発行を開始しました。貯めたTポイントが自動的にクラブに寄付される仕組みで、集客や集金につなげる施策を仕掛けています」
これらの施策によって毎年115パーセントから120パーセントの成長を遂げ、2024年までに売上規模をJ2平均の16億円に近づけるのが今の目標だ。2024年はクラブ創設30周年の節目にあたる。この年に新スタジアムを完成させる構想を発表している。市原氏が新スタジアム構想について説明する。
「今のスタジアムはJ1のスタジアムライセンス基準である15000席を満たしていません。また、駐車場の収容台数の問題や、水戸駅からバスで30~40分かかるというアクセスの問題もあります。さらに、スタジアムがサッカーの試合だけでしか稼働できない状況は、クラブにとっても地域行政にとっても好ましくないことは皆さん肌感覚でわかっています。それであれば、クラブが将来的なビジョンを持って主導権を握りながら、サッカーの試合があるとき以外でも収益性のある新しい専用スタジアムを作り、それを収益の柱にしていくのが必須条件という思いで、スタジアム構想を前に進めています」
スタジアム構想について、小島氏が補足する。
「だいたい100億円くらいの事業規模になると考えています。J2ですと年間21試合しかゲームがありませんので、残りの340日間をどうやって活用するかという、かなりしっかりした基本コンセプトが必要になってくると思います。我々は今までの日本のスタジアムにはなかったような基本コンセプトを入れ込もうという構想があります。今のところ、そこまでしかお話しできないんですけど、基本コンセプトを打ち出し、土地を選定した後、事業者の皆さんを募ったり、自治体の協力も仰いだりしながらスタジアムの建設に向かうという段取りになると思います」
そして小島氏は、新スタジアムが完成する2024年までにチームが安定してJ1昇格争いに参入できるようになり、できればJ1に昇格するという青写真を描いている。
「地域に夢と希望を与える存在であり続けるためには、プロスポーツチームである以上、究極は勝つことなんですね。我々の今の売上規模はJ2の22チーム中20位ですから、普通に順位づけしたらJ3に降格する恐怖と戦わなければならないクラブです。勝つことで地域に夢と希望を与え、パートナー企業の皆さんに喜んでいただき、クラブを強く、大きくするのがもう一つの軸だと考えています。そういった意味では商業主義を貫かなければなりませんし、我々は“稼ぐ集団”であり、“地域に夢と希望を与える集団”であるべきだと思っています」
水戸ホーリーホックがさらに“稼ぐ集団”になるために、どんな施策を考えているのか。市原氏が楽しげに語る。
「我々は今、スポーツ庁の委託を受け、プロスポーツチームに関わる副業人材の募集をしています。公開して1週間で、もう100名以上の応募が来ているんですよ。我々は働き方の多様化も積極的に受け入れていこうと思っています。プロスポーツチームにコミットしすぎると、今の仕事のキャリアを全部捨てなきゃいけないとか、年収を下げなきゃいけないとか、金銭面や地域性などいろんなハードルがあって、プロスポーツチームに関われるスキルや可能性を持っているのに、それが実現しない人たちが圧倒的に多いことをこの数年、実感してきました。なので、我々のクラブはそういった人たちが関われる機会を提供することによって、クラブを活用してもらうような働き方を推奨していきたいと思っています」
市原氏の発言を受け、小島氏が続ける。
「水戸はクラブが創設されてから26年経っても、ずっとJ2で戦っているので、『水戸は茨城県内で鹿島に次ぐセカンドクラブだ』という格付けが世の中にされていると思うんですね。その既成概念をぶち壊すというか、みんながやれないんじゃないかと思うことを、やれるクラブである可能性はすごく秘めています。僕らは日本のプロスポーツ界に新たなチャレンジの場を作っていけるんじゃないかと思っていますし、優秀な人材を金銭面でも環境面でも受け入れる態勢を整えていきます。たとえばですけど、就職人気企業ランキングでいろんな大手企業に続いて、水戸ホーリーホックが上位に入る時代が本当に来ればいいなと。社長がちょっとクレイジーだってことが、これで伝わったかなと思います(笑)」
かつて「0円Jリーガー」を誕生させるなど、話題先行で戦力強化に疑問符がつく補強や、J2での大きな成果を出せずしていたクラブでまだまだ成功しているとは言えない事業規模だが、常に新しいことにチャレンジする姿勢を見ると、水戸ホーリーホックはどうやら本気で、プロスポーツビジネスの世界でジャイアントキリングを目論んでいるようだ。茨城という地において、鹿島という巨大ライバルに立ち向かう術はあるのか注目したい。