あれから1年10カ月。11月8日、東京六大学リーグ優勝のかかった慶応義塾大学との最終戦で、9回ツーアウトから逆転ホームランを放ち優勝を手繰り寄せた二年生の蛭間拓哉は試合後にこう語った。
「最後はベンチに入れなかった四年生、ベンチを支えてくれた四年生が打たせてくれたと思います」
一丸となって果たした優勝
東京六大学を代表する名門である早稲田大学野球部には、100人を超える部員がいる。ベンチ入りできるのは25人だけ。ドラフト1位指名されたエースの早川隆久のようなスター選手はひと握りだ。伝統あるユニフォームを着て神宮球場で活躍することを夢見ながら、裏方に回る選手がたくさんいる。
チーム一丸となって優勝を目指すのは、口で言うほど簡単ではない。しかし、試合に出場する選手は「早稲田のユニフォームを着て神宮球場でプレーする重み」をしっかりと認識し、見えないところで控えがベンチ入り選手を支えるチームができあがった。だからこそ、選手も監督も涙を流す逆転優勝を果たせたのだ。大学時代、一度も頂点に立てなかった小宮山にとって、早稲田のユニフォームを着て初めての優勝となった。
日本のプロ野球で117勝を挙げ、メジャーリーグでもプレーした小宮山の卓越した野球理論には誰もが一目置いているが、監督経験がないことを不安視する声もあった。しかし、早稲田大学時代に石井連藏氏から学び、千葉ロッテマリーンズでボビー・バレンタイン監督の薫陶を受けた彼には確固たる信念があった。
野球解説者時代の2016年に小宮山は著書『最強チームは掛け算でつくる』の中でこう書いている。
「能力と実力は違うもの。能力にまた別のものが加わって、実力になるのです。能力を実力に変える、実力をいかんなく発揮できるような土壌をつくるのがコーチの役割。選手やコーチをうまく機能させながら勝利をつかむのが監督、マネージャーの仕事です。
組織のなかにはいろいろな性格の人がいてもいい。むしろ、さまざまなタイプの人間がいたほうがいいのかもしれません。『全員がチームの目標のために持ちうるすべての力を使う集団』は強い」
早稲田の選手としての自覚
しかし、プロ野球経験者を監督に据えても、優勝は簡単には手に入らなかった。初陣となった2019年春季リーグ戦は7勝6敗、勝ち点3。チーム打率、防御率ともにリーグトップ、主将の加藤雅樹をはじめ4人がベストナインに選ばれながら3位に終わった。その秋の秋季リーグ戦も3位。新型コロナウイルス感染拡大の影響で8月に開催された2020年春季リーグでも3位に終わっていた。
早川(木更津総合)、徳山壮磨、中川卓也(大阪桐蔭)など、高校時代に甲子園を沸かせた選手はたくさんいても、リーグ優勝は遠かった。
「レギュラーで試合に出ている選手に関していえば、チームの中ではトップかもしれないけれど、六大学の中ではどうか。さらに、全国的に見てどうか。そういう部分での甘さが見えるので、『そんなに甘いものじゃないんだよ』と教えなければいけない。
早川にしても、さらに上のレベルを求めている。まだまだ物足りない。彼はこんなレベルのピッチャーではありません」
選手のプライドを刺激しつつ、早稲田の選手としての自覚を求めるのが小宮山流。自身の大学時代と同じ「エースでキャプテン」を任せた早川の成長は目覚ましかった。秘めた能力に、早稲田のエースの責任とプライドが加わって、昨年までの3年間で7勝だった〝エース候補〟は、リーグを代表する投手になった。
キャプテンが付ける背番号10を背負ってマウンドに立った早川は春季リーグ2試合に登板し1勝、秋季リーグは7試合に登板し6勝、防御率0・39と「無双状態」(小宮山監督)のピッチングを続け、最後の早慶戦で優勝投手になった。
もし早稲田大学野球部に入らなければ、恩師の石井連藏氏に出会わなければ、「今の小宮山悟はない」と言い切る小宮山は、勝つこと以上のものを選手に求めている。
「東京六大学の戦力は拮抗していて、どこが勝ってもおかしくない時代。だからこそ、勝つことよりも大事なことを選手に求めたいですね。本気になって頑張れる選手は社会に出てもたぶん大丈夫ですが、そうじゃない選手は厳しいでしょう。だから、本気にならないヤツは使わない。ただ『早稲田を経由した』というだけではいけない。『早稲田の人間になって世に出る』というのが正しい道だと思います」
小宮山が監督就任4シーズン目の優勝で満足することはないだろう。早川が抜けても、マウンド経験の豊富な徳山や西垣雅矢 (報徳学園)、この秋に一年生ながらベストナインを獲得した野村健太(山梨学院)など有望選手がいる。部員全員が「チームの目標のために持ちうる力をすべて使う集団」になったとき、小宮山監督が目指す早稲田ができあがるはずだ。