引き際の美学

 特に鶴竜が顕著。腰痛で休みが目立ち、もともと春場所には進退を懸けて出場すると公言していた。しかし初日3日前の3月11日、突如として休場することになった。9日の稽古中に左太ももを負傷したという。師匠の陸奥親方(元大関霧島)によると、師弟の話し合いの中で引退も選択肢にあると水を向けたところ、本人はもう一度本場所に出場する強い希望を口にした。

 横綱がいくら負け越したり休場したりしても番付が下がらないのは、ふがいない成績だと土俵を去るしかないという大きな責任の裏返しだ。過去の横綱を振り返ると、〝引き際の美学〟にまつわる逸話は事欠かない。優勝31回の千代の富士は昇進した際、師匠(現北の富士勝昭氏)から「辞めるときはすぱっと辞めような」の言葉を授かった。優勝32回の大鵬は「横綱に上がったときに引退することを考えた」と口にしていた。壮絶な覚悟があるからこそ、周囲は最高位の力士に畏敬の念を抱く。そうした散り際の哲学も、現在の2横綱には無縁ともとれる。

 力士人生を懸けると位置づけた場所に出なかった鶴竜。なおかつ延命となると、「武士に二言はない」の美徳とは反する。おそらく本人も批判は承知の上だろうが、思いを曲げなかった。陸奥親方は「今場所に懸けていたのに出られないとなると、もう無理かも分からないし、でも本人はまだやりたいという話だった」と明かした。

白鵬も

 白鵬の場合は昨年8月に右膝の手術を受けて、11月場所を休場。今年1月の初場所での復帰を目指し、順調に稽古を積んでいたところで新型コロナウイルス感染と気の毒だった。これで初場所を全休。入院や自宅療養で稽古が途切れる期間を余儀なくされた。

 春場所に向けては2月下旬の合同稽古に参加。2日連続で30番ずつ取るなど着実に回復しているように見えたが、内実は違った。専属トレーナーによると、1月下旬に稽古を再開したところ、右膝の痛みを訴えた。その後何度もたまった水を抜きながら本場所に備えた。トレーナーはコロナ感染後に水がたまりやすくなったと説明。コロナと右膝痛の関連性について確証はないと前置きした上で「明らかにおかしくなっているなっていうのは私の個人的な見解ではある」と話した。

 本場所では初日に先場所優勝者の大栄翔を張り差しから左四つでつかまえ、一気に走った。しかし土俵際で相手の突き落としに足の運びが遅れ、最後は体を預けるようにして寄り倒した。2日目も宝富士を相手に得意の右四つになったものの上手を取れず、小手投げを決めた際には足の動きがおかしかった。そして勝ち名乗りを受けてそんきょした際、懸賞金をもらう前に右膝の痛みから一度立ち上がってしまうほどだった。今回の休場で横審からさらに厳しい声が想定されることについて、宮城野親方(元幕内竹葉山)は「それは分かっている。本人は最後、取り切るという気持ちだ」と断言。周りの意見に左右されず、鋼のメンタルで次の場所に臨む姿勢を示した。

ハングリー

 ともにモンゴル出身で細身の少年として来日。ほとんど相撲経験もないままに角界入りし、苦しい稽古に耐えて最高位に上り詰めた。その裏には強烈なハングリー精神が伺える。白鵬で思い出されるのが2017年九州場所。中途半端な立ち合いから嘉風に寄り切られた。すると土俵下で手を上げ、「待った」だとして、立ち合い不成立をアピール。審判委員にも訴えかけてしばらく土俵に戻ろうとしなかった。行司や審判委員の判断に楯を突くような行為は前代未聞。館内が異様な雰囲気に包まれ、常人ならとても耐えられそうにない状況だった。その中で堂々と自己主張。最高位としての恥も外聞も捨てた瞬間でもあった。こうまでして一つの白星にこだわるからこそ、史上最多44度の優勝を重ねたとの見方もできる。

 両横綱は30歳を過ぎてから日本国籍を取得し、現役引退後も日本相撲協会に親方として残ることのできる資格を取得。角界に骨をうずめる決意を示している。ゆくゆくは弟子を育てていくことになるが、本人たちの精神面の強さ、ハングリーさは決して教えて身に着くものではない。

プライド

 春場所のもう一つの注目といえば関脇照ノ富士の大関再挑戦だ。〝奇跡的な〟と評される復活劇も精神的な図太さが支えになっている。巨体を生かして2015年夏場所後に23歳で大関に昇進。若さとパワーでそのまま横綱昇進と期待されたものの強引な取り口が災いして膝を痛め、2017年秋場所を最後に陥落した。内臓疾患も重なって番付はどんどん下がり、2018年名古屋場所ではついに幕下に転落して関取の座を失った。本場所に戻ってきたのが翌年春場所。このときの番付は序二段で、もちろん、幕下以下が締める黒系のまわし姿で土俵に上がった。

 諦めない姿勢と称賛される一方、番付の重みという点からは疑問符も付く。大関以上は看板力士と呼ばれ、角界を代表する存在。昇進するときには相撲協会理事会の承認を得なければならない。ひとたびその特別な地位に就いた力士が、幕下に落ちるのは昭和以降初めてだった。この点からしても、過去の大関経験者たちには下に落ち、みじめな姿をさらしてまで取らないというプライドがあった。最近では豪栄道(現武隈親方)の例がある。2020年初場所、2場所連続の負け越しを喫して大関陥落が決まると、すぐに引退した。「大関から落ちたら引退しようと心に決めてやっていた。迷いはなかった」と、よどみがなかった。

 照ノ富士の場合も何度も引退が頭をよぎって師匠の伊勢ケ濱親方(元横綱旭富士)に相談したが、師匠の説得に従って現役を続行した。今回、たとえ返り咲いたとしても、元大関が「力士養成員」と位置づけられる幕下以下に落ちてまで取るという前例をつくった。番付がすべての大相撲界だからこそ、手放しは喜べないのも現実だ。

VictorySportsNews編集部

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