今年3月にはF1勢で初めてマクラーレンがトークンの発行を発表した。ファントークンを保有すれば投票企画などに参加でき、ソシオ(会員)文化が根づくヨーロッパで価値を認められている。
 日本ではまだ馴染みが薄い一方、徐々に認知されつつあるポテンシャルは以下の数字を見れば伝わるかもしれない。

 湘南ベルマーレ 580万円:274万円 渋谷シティFC 

 今年、ファントークンを発行した両サッカークラブの売り上げだ(4月8日12時30分時点、以下同)。J1のベルマーレの金額に対し、7部相当の東京都社会人サッカーリーグ1部に所属する渋谷シティFCが半分近くを売り上げている(発売期間や特典内容は異なる)。

 両クラブのファントークンを発行したフィナンシェ社の田中隆一CEOにも想定外の結果だったと言う。
「渋谷シティさんは既存のファンベースがまだ大きいわけではありません。『トークン』というワードに興味を持って買っていただいた方が多かったのは驚きです。うまく運営に落とし込むことができれば、新規ファンの獲得にもつながっていくと思います」
 スポーツ界でトークンが注目されるのは単に金銭的な側面だけではない。ファンの新たな“応援の形”として、他のサービスとは異なる特徴があるからだ。

 例えば不特定多数から資金調達する「クラウドファンディング」は、コロナ禍で多くのスポーツクラブに活用された。鹿島アントラーズのように「ふるさと納税」を通して寄付を募った例もある。これらは基本的に“一過性”の関係だ。
「SHOWROOM」や「17 LIVE」などで有名になった「ギフティング(投げ銭)」はJリーグやBリーグでも活用されるものの、ファンが応援する対象を支援するという“一方通行”的な関係にある。

 対して、トークンの特徴は“継続性”と“双方向性”だ。トークンの特徴は以下の3点にある。

(1)トークンを保有することで特典を得られ、さらに各種の投票(月間MVPの選出や、ユニフォームのデザイン企画など)に参加可能。
(2)トークンを発行するコミュニティが成長すると、保有するトークンの価値が上がる
(3)クラブはトークンを追加発行することができる

 イメージを言えば、トークンは「株式」に近い。株式は会社の資産、トークンはファンコミュニティに紐づいている点に大きな違いがある。

 プロバスケットボールのB2に所属する仙台89ERSは、クラブとファンの関係を現状より深められるのではと考え、今春、トークンを発行した。渡辺太郎副会長が説明する。
「スポーツ業界には、スポンサーやシーズンシートオーナー、ファンクラブ会員など、いろんなファンの種別があります。ただ、それらは“ビジネスツール”でしかありません。こちらが対価を提供し、売り上げをいただくような関係性、つまり顧客とサービス提供者という関係性です」

 顧客とサービス提供者を介在するのは「お金」だ。それをトークンに変えることで、クラブとファンの関係性をより深くできると渡辺副会長は考えている。
「今までは顧客を囲ってデータベースを作り、マーケティングを行うという(クラブからファンへの)一方通行でした。今後はコミュニティを作っていかないといけない。コミュニティを作るということは、ファンがファンを呼んでくることだと思っています。トークンを保有していただくのは、ファンと一緒にコミュニティを作っていくことです」

 すでに言及したように、トークンの保有者はクラブの各種投票に参加できる。仙台89ERSの場合、ファンが選ぶ月間MVPの選出や、試合前のロッカールームに掲出する声援メッセージの決定などについてだ。つまりトークンの購入を通じ、クラブの運営に関与できる。そうしてクラブ、ファンの双方にとって、満足度の高いコミュニティが形成されていく。

 仙台89ERSが発行したファントークンでは、売り上げの用途にも特徴がある。「NINERS HOOP GAME」の運営費用にあてられるのだ。
 「NINERS HOOP GAME」は宮城県内のバスケットボール振興のため、県内のこどもたちを対象に本拠地でプロチーム並みの演出の下でプレーする機会を設けたイベントだ。すでに3回開催され、4回目は2020年末のウインターカップで優勝した仙台大学附属明誠高校と白鵬大学の試合が4月24日に行われる。

 トークンの売り上げを「NINERS HOOP GAME」の活動費用とする目的について、こう説明する。
「子どもたちに特別な体験をしていただくことに加え、この子たちが将来的にプロ選手になったとき、支援していただいたファンの方々には『この選手が子どもの頃から俺は応援していたよ』という“携わっている感”が醸成されると思います。ゆくゆくは、ユースチームの月謝をサポートしていくところまでイメージしています」

 Jリーグのセレッソ大阪は2007年、「ハナサカクラブ」という個人協賛会を設立した。下部組織の育成を支援する寄付をサポーターから募り、海外遠征を行うなど優秀な選手の台頭につなげている。「NINERS HOOP GAME」をサポートするのはこれに近いイメージだ。

 現状、仙台89ERSのファントークンを購入したのは40人で、売り上げは36万円。トークンの市場はまだ発展途上で、認知度の高いベルマーレほど成功を収められていない。

 一方、渋谷シティFCのような事例もある。購入特典はほぼなく、純粋にトークンの価値(=クラブのポテンシャル)を評価されている。
 2014年に創設された渋谷シティFCは本拠地・渋谷にある企業のSNSを代行したり、YouTubeチャンネルの運用を代わりに行ったりして活動資金を集めなるなど、独自の経営戦略でJ1昇格を目指している。名古屋時代にJリーグ優勝経験があるMF阿部翔平を獲得し、ピッチ内外で一部に注目されるクラブだ。そうした“尖った”部分と新たなデジタル資産であるトークンがうまく結びついたのではないだろうか。

 チャレンジはまだ始まったばかりだが、価値を認識する者が増えれば増えるほど、保有するメリットが高まるところにトークンの面白さはある。欧米で存在感を高めているこの新たなテクノロジーは、果たして日本でも根づくのか。
 スポーツを含むエンタメビジネスではファンコミュニティの創出がキーワードとされるなか、その行方が注目される。


中島大輔

1979年、埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材し、『日経産業新聞』『週刊プレイボーイ』『スポーツナビ』『ベースボールチャンネル』などに寄稿。著書に『人を育てる名監督の教え すべての組織は野球に通ず』(双葉新書)『中南米野球はなぜ強いのか』(亜紀書房)がある。