デビスカップは、1900年から始まり100年以上の伝統を誇る男子テニス国別対抗戦だが、2019年に大変革がもたらされた。大幅にフォーマットが改められ、世界トップ18カ国による、1週間1都市での集中開催となり、いわば“ワールドカップ方式”となった。

 試合方式も変更され、5セットマッチから3セットマッチになり、これまで3日間かけてシングルス4試合とダブルス1試合行っていたのを、シングルス2試合とダブルス1試合にして、1日で決着をつけることにした。選手が、過密なツアースケジュールの中で個人戦を戦い、さらに国の代表として団体戦を戦うのが負担になっていたことを考慮しての変更だった。

 今回の変革では、日本のIT企業である楽天グループ株式会社が、2019年6月にデビスカップ・グローバルパートナーとなったことを発表。正式には「デビスカップ by 楽天」となった。また、2019年デビスカップ・決勝ラウンドの賞金総額が、2000万ドル(当時約21億円)という破格になったことも話題になり、デビスカップ日本代表の岩渕聡監督は、自分が選手時代と異なる好待遇に「金額の桁が違う」と目を丸くした。

 楽天が、デビスカップのグローバルパートナーになった狙いは一体どんなものなのか。楽天グループ広報部によると、「楽天は、新たにデビスカップの『グローバル イノベーション&エンターテインメント パートナー』および『グローバル プレゼンティング パートナー』となり、それに伴い、大会の名称が『Davis Cup by Rakuten』になりました。テニスの中で最も大きな大会の一つであるデビスカップは、楽天の名が世界的に広がり、知名度を高めるのにつながっています」。

 すでに楽天は日本で、プロサッカーJリーグの『ヴィッセル神戸』とプロ野球『東北楽天ゴールデンイーグルス』を運営し、21世紀に入ってから楽天の認知度は飛躍的に上がり、老若男女問わず、楽天というブランドが一度は聞いたことがあるようなものになった。

 さらに、『FCバルセロナ』(スペインプロサッカー)や『ゴールデン・ステート・ウォリアーズ』(NBAプロバスケット)などの海外チームともパートナーシップを結んでおり、楽天の海外での認知度はまだまだではあるものの、もしかしたら近い将来アマゾンのように大化けする可能性もある。ちなみに、テニスでは、2009年から男子ATPツアー『楽天・ジャパンオープン』の特別協賛もしており、錦織圭の人気と相まって、大会は毎年盛況を博している。

 楽天は、スポーツの価値を次のように語る。

「スポーツは、企業の認知度向上やブランド価値の共有、消費者に対する私たちのサービスの浸透にも寄与してくれる、ブランディングに非常に適したプラットフォームだと考えています。日本で成功したように、スポーツの力をもって、世界中の国々で楽天の知名度を上げていきたい。人々とコミュニティを結びつけ、革新を促すスポーツの力を強く信じています」

デビスカップと楽天の関係構築に携わった「コスモス」

 デビスカップの変革に強い興味を抱いた楽天だが、その変革の過程でキーになっていたのが、コスモスだ。コスモスは、サッカーの元スペイン代表で、現在FCバルセロナに所属するジェラール・ピケ氏が創設した投資グループだ。デビスカップと楽天との関係構築に、コスモスが携わっている。そして、コスモスの子会社であるコスモステニスが、グローバルテニスイベントの発展に努め、デビスカップのマネジメントを行っている。

 デビスカップを主催する国際テニス連盟(ITF)の会長であるデビッド・ハガティ氏は、デビスカップ変革の目的として、トッププレーヤーの参加を促すこと、スポンサーにより興味を持ってもらうこと、ワールドワイドな関心事になること、以上3つを掲げている。さらに、ハガティ氏は次のように続ける。

「コスモステニスとITFは、この歴史ある大会(デビスカップ)を、さらに活性化すべく様々な変革を行っています。楽天は、コスモステニスとITFがデビスカップにもたらそうとしている革新的な取り組みに共感しており、この大会をさらに盛り上げるパートナーとなってくれたことを(ITFは)大変光栄に思います」

 楽天とコスモスは、デビスカップをさらに盛り上げていきたいという思いを共有するパートナーだ。その関係は、デビスカップをきっかけに始まり、その後、FCバルセロナのドキュメンタリー「Matchday」などのプロジェクトを一緒に手がけた。

 楽天グループの三木谷浩史代表取締役会長兼社長は、コスモスの共同創業者ではあるが、コスモスに楽天との資本関係などはない。ピケ氏は、FCバルセロナの選手だが、コスモスの創始者であるという実業家の顔も併せ持つ。子供時代には、バルセロナにあるレアルクラブで開催されるATPバルセロナ大会へ、父と一緒にテニス観戦をし、カルロス・モヤやアルベルト・コスタらスペイン選手を応援した。サッカー好きの少年だったが、テニスにも情熱を抱いていたという。

 三木谷氏とピケ氏は、良き友人関係であり、今は良きビジネスパートナーでもある。楽天とコスモスによるデビスカップ関連の交渉は、「互いにアプローチをしたような形」で始まったという。楽天では、デビスカップのパートナーになるべきかどうか、投資に対するROI(Return on Investment、投資利益率)の検討も含まれる厳格な承認プロセスを経て、取締役会によって決議されたのだった。

“テニスのワールドカップ”として

 2019年11月にマドリードで開催された、楽天と組んだ初めての“新生デビスカップ”は成功裏に終わり、楽天としても手応えをつかんだ。決勝後の表彰式では、三木谷氏が、ラファエル・ナダル(スペイン)に、MVPに贈られる『Rakuten Optimism Award』のトロフィーを手渡す大役を務めた。伝統あるデビスカップの表彰式に、選手ではないものの関係者として日本人が立ったことは誇らしくもあった。

 さらに楽天は、デビスカップを観客やファンへのエンターテインメントとして、新たな技術や手法を用いながらイノベーションをもたらすことを試みた。会場では、試合の合間に『Rakuten TV』で4Kの映画を鑑賞できたり、電子書籍リーダー『Kobo』で新刊をチェックできたりした。会場内には、楽天の『VRゾーン』が設置され、スタジアムの舞台裏の体験ツアーを行い、ファンが『180°動画』の撮影や、優勝トロフィーと記念撮影をすることができた。また、楽天限定版のトートバッグに書道で名前を書いてもらうコーナーは、日本的な要素が伝わりやすく人気が高かった。

 試合中や試合前後には、『Catch of the Match』としてマッチボールをプレゼントしたり、大型映像表示装置ジャンボトロンの『FanCam』でファンの感情を捉えたり、楽天のメッセージングアプリである『Rakuten Viber』を通じてファンが選手たちにメッセージを送ったりすることができた。開催会場であるラ カハ マヒカを訪れたテニスファンは、エンターテインメントの未来を肌で感じることができたに違いない。

 2年ぶりに開催される楽天デビスカップ・ファイナルズへも、「楽天を含むすべてのステークホルダーが、デビスカップをさらに良い大会にし、競技の質をさらに高めていくと思います」と、さらなる発展を楽天は期待している。

 楽天とデビスカップの契約は、現時点では2019年と2021年の2回だが、さらなる2年契約延長の可能性については協議中で、延長する可能性もあるという。楽天によるデビスカップ変革への取り組みはまだ始まったばかりで、今後どのような展開をみせるのか見守らなければならないだろう。ただ、新型コロナウイルスのパンデミックによって世界は一変し、楽天もその荒波を乗り越えていかなければならず、せっかく構築されたデビスカップと楽天の関係が、短期的なものにならないことを願わずにはいられない。

 今後楽天は、デビスカップが、“テニスのワールドカップ”という新しい形として定着していく未来が訪れるであろうという展望を抱いている。

「非常に楽観的かつポジティブです。今後デビスカップをさらに大きく、良いものにするためにいろいろな施策を考えています。歴史ある大会に対する変化は軽々しく行えるものではないですが、ITF、そしてコスモスと協力することでこの大会の成長に貢献し、“テニスのワールドカップ”というパワフルなプラットフォームにすることができると自信を持っています」

 この楽天の言葉を信じたいところではあるが、楽天も一企業として厳しいコロナ禍を生き残っていかなければならない。東京2020オリンピック・パラリンピックが終わった途端、スポーツへの関心が低くなったり、あるいは興味すら無くなってしまったりするような企業を、われわれは少なからず見てきている。果たして、デビスカップの再構築を手助けする楽天は、同じ轍を踏まずにいられるだろうか。Withコロナ時代、そしてAfterコロナ時代に、楽天の手腕と共に、楽天の企業理念と価値も改めて問われている。

伝統を大切にしつつも時代の変化に合った変革を

 新フォーマットによる初めてのデビスカップ開催は、当然のごとく賛否両論あった。デビスカップ・ファイナルズでプレーした世界ナンバーワンのノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、時代の変化に見合ったデビスカップの変革が必要であることをいつも訴え続けてきた。

「何かを成す時には犠牲はつきものです。多くの選手が、99%の国がホームでプレーできるチャンスがなくなることについて不平を述べる。でも、今回のフォーマットは、犠牲のうえで作られなければなかった。個人的に最も恋しいのは、ホームであるセルビアでデビスカップをプレーすることです。でも、旧フォーマットからの変化した事実を支持したいとも思う。ワールドテニスとしてはもちろん、一般のワールドスポーツとして興味をもってもらうためには、旧フォーマットでは十分に機能できなかった」

 伝統あるデビスカップを失くしてはならない、と多くの人が思っている。だが、伝統にあぐらをかいているだけではいられない現状であるのも確かだ。デビスカップは、新しいフォーマットになったものの、今もなお岐路に立たされているのではないだろうか。楽天とのパートナー関係がいつまで続くのか不透明だからだ。

 無くしてしまうにはあまりにも惜しい大事な大会であるからこそ、今後も改善が必要な部分は修正しながら、ファンにも選手にもスポンサーにも可能な限り理解してもらえ、そして、できるだけ楽しめるデビスカップであり続けることを望みたい。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。