田中といえば、高校時代は井上拓真(現大橋)とライバル戦を繰り広げ、18歳でプロに転向すると、数々のスピード記録を打ち立ててきた。10代のうちに世界タイトルを初獲得したが、これはわずか5戦のキャリアで達成したものだった。その後もプロ8戦目で2階級制覇、12戦目で3階級制覇といずれも世界奪取は最短出世の記録付き。

 4階級制覇も……と意欲満々で挑んだところ、井岡一翔(志成)に8ラウンドTKOでキャリア初黒星。昨年大みそかの名勝負は記憶に新しいところである。あれからほぼ1年の時を経て、再びリングに立つのが今回の試合。

予想以上の実力差で再構築を余儀なくされる

 井岡戦は田中をも「よき敗者」として引き立たせる名勝負だったが、負けた田中自身が突き付けられたものは大きい。試合後の田中は「これほど差があるとは」と率直だった。井岡戦で出た課題と向き合って過ごしたこの一年だったという。

 なぜ、より速いはずの自分が打たれて倒されたのか……スピードに絶対的な自信を持つ田中は考えなければならなかった。井岡戦までなら、パンチが思うように当たらなくてもスピードとパワーの力で巻き返すことができた。しかし絶対的な武器を押し付けても通用しない状況に直面したわけである。

 田中は再起に向かうにあたって「ガードから手をつけた」と明かした。ガードをしっかり上げておくことから始めて、ディフェンス全般に着手し、それが必ず攻撃につながっていくと見通しを立てている。

 田中ほどのボクサーがここにきて自分のボクシングを組み立てなおそうというのは、かなり思い切った試みである。くどくなるが、負けてから初めて立つリングだ。これがふつうなら、ボクシングスタイルの再構築をはかるのに手ごろな相手を呼ぶところだろう。

実力者との再起戦は接戦必至

 ところが田中が今回対峙する相手は生易しくない。元日本スーパーフライ級王者で、田中と同じく世界再挑戦を目指すベテラン石田匠(井岡)。

 コロナ禍で海外選手を招くことには相変わらず興行的なリスクが付きまとう。そうでなくとも難敵を選んだものだ。「石田選手は、この階級では国内で実績、実力も一番だと思います」と田中が語ったのは決してプロモーションの一環ではあるまい。

 実績では3階級で世界王座に就いている田中のほうだが、階級を上げてきた田中と比べて石田は生粋のスーパーフライ級。173センチのすらりとした体型は線が細くも映るが、これまで31戦して負けたのは2試合だけ。それも世界挑戦と、それに準じる世界挑戦者決定戦で喫したものだ。

 シャープな左ジャブと右ストレートを駆使したアウトボクシングが真骨頂。これに今回はビッグネーム田中に勝って名を上げようとする野心が加わる。KOを狙いに行くスタイルではない石田が「倒すつもりで戦う」とストレートに言うほどだ。

 くしくも、石田は井岡一翔の後輩である。井岡が一度引退して井岡ジムを離れるまで、一翔の背中を間近に見て成長してきた。いまや井岡ジムの看板選手となり、自分が後輩たちを引っ張る立場だ。世界チャンピオンの夢を果たすまで、もう負けられないという意識が強い。

 こうしてみてくると井岡の影響を受けた者同士の戦いという見方もできる。石田はもちろんのこと、田中にとっても勝利の意味は大きい。

 再起戦(テーマは「REBORN」という)の発表会見で田中はこう言っていた。

「先の未来があまり見えなくなって、なぜ負けたのかと過去を振り返るようになった」

 勝ち続けていた時とは違い、初めて味わう感覚だった。今回の再起戦を終えてどんな未来を見るのだろうか――。主催者によると、有観客興行で行われる試合には約700席が用意される。チケット(1万円から3万円)は一般発売後たちまち完売した。


VictorySportsNews編集部