廣中は女子5000m予選で14分55秒87の自己新をマークすると、同決勝(9位)は入賞ラインに約6秒届かなかったが、福士加代子(ワコール)が保持していた記録(14分53秒22)を16年ぶりに更新する14分52秒84の日本記録を打ち立てた。女子10000m決勝はラスト1周で2人を抜き、7位でフィニッシュ。自己ベストの31分00秒71(当時・日本歴代4位)をマークして、この種目の日本勢では25年ぶりの入賞を果たした。

 田中は現在同志社大の4年生(ただし学連登録はしていない)で、廣中は大学に進学していれば3年生になる。女子の場合、同世代といえども大学と実業団で大きなレベル差があるが、東京五輪後に大学生の〝超新星〟が現れた。「陸上界のフワちゃん」こと拓殖大学1年生の不破聖衣来だ。

驚異的な区間記録で大学デビュー

 昨年10月31日の全日本大学女子駅伝。過去最長レースが6㎞だったという不破はエース区間の5区に登場した。そして、「前にいる選手は全員抜く気持ちでした」と9.2㎞という未知の距離を〝爆走〟する。順位を9位から3位に押し上げると、従来の記録を1分14秒も塗り替える28分00秒という驚異的な区間記録を打ち立てた。このタイムは10000mに換算すると30分20秒台。日本記録(30分20秒44)に迫るようなパフォーマンスだった。

 12月11日には関西実業団ディスタンストライアルの女子10000mに出場。初の10000mレースを独走して、30分45秒21(日本歴代2位)のU20日本記録、日本学生記録を樹立した。また、12月30日の富士山女子駅伝5区(10.5km)は最初の1㎞を3分切りのハイペースで突っ込んだ。5㎞の通過は5000mの学生記録(15分13秒09)、自身の自己記録(15分20秒68)を上回る15分09秒。区間記録を2分近くも短縮する32分23秒で走破して、10人をぶち抜いた。さらに、今年1月16日の全国都道府県対抗女子駅伝は4区(4㎞)で区間新&13人抜きの快走を見せるなど、フワちゃんの快進撃は止まらない。

五十嵐監督の言葉が進学のきっかけ

 不破は中学時代から全国大会で活躍してきた選手だ。全中1500mやジュニア五輪B1500m、同A3000mの優勝経験を持つ。しかし、健大高崎高(群馬)では2年時に長期の故障(シンスプリント)があり、3年時はコロナ禍で主要大会が中止になったため、ド派手な活躍はできなかった。高校卒業後は実業団に進むか、大学に進学するかで悩んでいたという。女子の場合、世代のトップクラスは実業団を選ぶ傾向が強いが、「日本一ではなく、もっと先を見据えて、世界で戦える選手にしたい。一緒に世界を目指して頑張ろう」という五十嵐利治監督の言葉にハートをつかまれて、拓大に進学した。その後の活躍は前述した通りだ。

 五十嵐監督は佐倉アスリート倶楽部で、有森裕子、高橋尚子らを育てた故・小出義雄さんに4年間師事した経験を持つ。選手としては亜細亜大時代に松野明美をコーチした岡田正裕監督(現・小森コーポレーション陸上競技部総監督)の指導を受けている。個人的に不破の登場は、松野明美の姿を思い出させた。松野は小柄(当時・身長147㎝、体重35kg)ながらアグレッシブな走りで快走を連発した選手だ。社会人1年目の全日本実業団女子駅伝では最長4区で12人抜きを披露。翌年のソウル五輪に10000mで出場すると、予選で日本記録をマークしている。その後はトラックだけでなく、マラソンでも活躍した。

 不破の身長は154㎝で松野ほど低くはないが、田中や廣中と比べて、華奢な印象だ。細身ながら、体幹が強いのか上半身のブレが小さく、上下動もない。そして、身長の割に大きなストライドが武器といえる。また不破は腕時計をつけずにレースを走っている。駅伝では1㎞などの通過タイムを確認して走る選手が多いが、「タイムを気にしすぎてペースが乱れたりするのが好きじゃないんです。そのときの感覚でいこうと決めています」と不破。目標タイムを定めていないからこそ、我々の想像を超える〝爆走〟ができるのではないだろうか。

トラックを引っ張るのは田中、廣中、そしてフワちゃんだ

 10000mで日本記録を持つ新谷仁美(積水化学)は3月の東京マラソンに挑戦することもあり、今後のトラック種目(5000m・10000m)は田中、廣中、不破の3人がリードしていくことになるだろう。昨季は5月3日に行われた日本選手権10000mは廣中が31分11秒75で優勝。日本選手権(6月24~27日)の5000mは廣中が15分05秒69で制すと、新谷が15分13秒73で2位。1500mと800m(予選、決勝)に続くレースとなった田中が15分18秒25で3位だった。一方、不破は昨年の日本選手権には参戦していないが、日本選手権と同時期に開催されたU20日本選手権の5000mを15分26秒09の大会新記録で独走している。

 今年はオレゴン世界選手権、来年はブダペスト世界選手権、再来年はパリ五輪が開催される。不破は大学4年時に迎えるパリ五輪が大きな目標となるが、まずは今年7月のオレゴン世界選手権がターゲットだ。すでに10000mの参加標準記録(31分25秒00)は突破しており、5月の日本選手権で「3位以内」に入れば日本代表が内定する。

 今季は若き3人が日本選手権などのトラック長距離種目で激しいバトルを繰り広げることになるが、それぞれタイプは異なる。田中は1500mと5000mがメインで、廣中は5000mから10000mに距離を延ばして、両種目で結果を残した。不破はというと、5000mより10000mの方が適正はありそうだ。将来的にはマラソンでも大きな期待ができる。ただし、トラックのラスト勝負では、田中や廣中には敵わない。これまで日本人トップ選手とのガチンコ対決がなかっただけに、今後は終盤の競り合いで互角に戦えるだけのキック力を身に着けていく必要があるだろう。

 3月25日に19歳を迎えるフワちゃんがどんな進化を遂げていくのか。女子長距離界の新ヒロインから目が離せない。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。