因縁のリマッチ
一方で、9ラウンドに寺地が負った右目上の出血をめぐり、試合後に寺地陣営から「故意のバッティングがあった」とのクレームがつき、これを否定する矢吹陣営ともども主張を譲らず対立。事態は紛糾したが、JBC(日本ボクシングコミッション)、WBC双方「故意のバッティングはなかった」との見解で、同時にWBCは4年間王座にいた寺地の貢献にも理解を示し、両者の再戦を指示した。
かくして「因縁のリマッチ」は実現する。状況がこじれて因縁が生じはしたものの、矢吹対寺地が「もう一度観たい」とファンに思わせる好カードであるのは間違いない。
ともに別の相手との試合は挟まずに再戦のリングに臨む。つまりダイレクト・リマッチ(直接再戦)である。さて有利なのは矢吹なのか、それとも寺地なのか。微妙なところだ。
寺地の場合、前回の敗北で王座とともに喪失したのが、連続防衛記録の夢である。具志堅用高の日本記録13度超えを目指すと公言し、それも現実味を帯びてきそうなところで敗れた。さあ続きから、とはいかない記録である。
しかし寺地本人は、「しょうがないという感じ。防衛記録がなくなったぶん選択肢も増える」と吹っ切れた様子で、王座返り咲きに意欲をみせる。
返り討ちにあう挑戦者たち
挑みがいのあるシチュエーションではある。というのも、こんなデータがあるからだ。世界タイトルマッチで王座を奪われた相手とダイレクトに再戦して勝った例は過去に数えるほどなのである。
雪辱と王座奪回をかけてリマッチを挑んだケースは、古くは日本初の世界チャンピオン白井義男から最新の村田諒太まで13例。このうち成功したのは輪島功一(2度)、徳山昌守、そして村田だけ。寺地が勝てば日本では5例目の快挙となるが、同じ相手に連敗はできないという重圧も相当のしかかる。
初戦は途中公開採点制度が勝負のあやとなったという主張には、それなりに説得力があるだろう。4ラウンド終了時に発表されたジャッジのスコアで、予想外にポイントを取れておらず焦った寺地がペースを乱した、というのがその根拠である。寺地自身もこの点は「手数を増やして、明確にポイントを取る」ことを再戦のキーにあげている。
「(前回は)初めて負けたけど、僕の中では負けた試合とは思っていない。いつも通りの戦いをすれば絶対に勝てる」と以前と変わらず強気な寺地だが、さて―。
隙が無いチャンピオン
そんな前チャンピオンの挑戦を受ける矢吹はどうか。こちらは世界初挑戦で無敵の寺地を崩してみせた自分のボクシングスタイルに自信を深めているはず。世界チャンピオンになったからといって祝福ぜめに浮かれるタイプでもない。
「拳四朗選手は総合力が高い。今回もチャレンジャー精神で戦うだけ。強い選手に勝って防衛をしていきたい」(矢吹)
初戦の矢吹は寺地の武器の左ジャブを逆手に取るしたたかさも光ったが、何よりファイティングスピリット旺盛な積極姿勢を貫いたのが勝因だった。それは決して簡単なことではないし、試合後「これで死んでもいいと思っていたので」と語ったのも本心だったろう。今回もチャレンジャー精神で戦う―そうでなければ寺地を返り討ちに遭わせることは覚束ないとチャンピオンは承知しているに違いない。
100%有観客、無料生中継で大きな注目を集める
いかに初戦から学ぶかがリマッチの鉄則だが、さまざまな思惑が入り乱れる日本人対決であることもポイントになる。まずたしかなのは、この一戦が初戦よりも注目度が格段にアップしていることだ。新型コロナウイルスの感染状況にもよるが、主催者側が今回の観客動員を100パーセント(会場の定員4000人)にしたいとアピールするのも当然なのである。
この矢吹-寺地再戦も従来のテレビ地上波ではなく、インターネットでの配信。インターネットTV「ABEMA」の格闘チャンネルで中継されることになった。当日午後2時から全試合を無料で完全生中継するという。スポーツ観戦に特化した様々なVODサービスがある中、無料中継でボクシングだけではなくスポーツファンの囲い込みを狙うようだ。中継モデルも試行錯誤しながら確実に変わりつつある。