「いや、いや確かにそうですけど、僕の記録はファームですし、完全試合と言ってもね。。」と笑うのは、現役時代は投手として日米球界でプレーし、現在は野球解説など幅広い分野で活躍を続ける五十嵐亮太氏である。

 日米通算で906試合に投げた実績を誇る五十嵐氏だが、これはすべてリリーフでの登板。その五十嵐氏が「完全試合」とはどういうことか? アマチュア時代の話ではない。ヤクルトスワローズ(現在は東京ヤクルトスワローズ)に入団して1年目の1998年9月26日、イースタンリーグのロッテ戦で「参考記録」ながらパーフェクトゲームを達成しているのだ。

「二軍と一軍ではちょっと比べ物にならないですけどね(笑)。しかもこの時は雨で(6回)コールドになったんですよ。達成したときは嬉しかったですけど、やっぱり二軍だっていうのがどこかにあって、早く一軍で投げたいなっていう気持ちのほうが強かったです」

 勝てばイースタン優勝が決まるという大事な試合で先発を任された19歳の五十嵐氏は、6回まで80球を投げて6奪三振、被安打、与四死球はともにゼロ。6回裏終了後に突如として振り出した雨による参考記録とはいえ、そうそうできることではない。しかも当時の五十嵐氏は、変化球はカーブぐらいしか投げられず、ほとんどストレートのみでこの記録を達成した。

「高校から入って1年目で、シーズン終わりには5キロぐらいスピードが上がって140キロ後半まで投げられるようになったんです。でも、ほかのボールが投げられないから、真っすぐ(ストレート)で追い込んで、真っ直ぐで仕留めるみたいな感じでした。だから真っすぐでもファウルを狙うのか、空振りを取るのかっていう投げ分けは、ある程度してましたね」

 今から四半世紀近く前のこととはいえすごい話だが、時は流れて現代のプロ野球でほぼストレートとフォークだけで、しかも一軍の舞台でパーフェクトゲームを成し遂げたのがほかならぬ佐々木である。五十嵐氏はこの試合をプレーボールからテレビで見ていたという。

「その日は、スワローズ戦が(高橋)奎二だったんでそっちも見たかったんだけど、気になって最初から見てました。あの序盤のピッチングを見たら『(完全試合の)可能性はあるんじゃないかな』って頭をよぎった人はまあまあいると思いますけど、僕もそうでした。(コントロールに)バラつきが全然なくてストライクゾーンで勝負できているにもかかわらず、バッターがとらえるのが難しい。ほぼ真っ直ぐとフォークの2択しかないのに打ち返すことができない状況で、本人も高めでファウルを取るとか、カウントを取るとか、空振りを取るっていうところをものすごくシンプルに、簡単にやってるように見えたんですよね」

 この試合で佐々木が奪った三振は、1回2死からの13連続(プロ野球新記録)を含む19個(プロ野球タイ記録)。フェアグラウンドに飛んだ打球はわずか7つで、うち外野まで飛んだのは2本の外野フライのみと、オリックス打線は手も足も出なかった(ほかにファウルフライ1)。いったい佐々木の何がスゴかったのか?

「分かりやすいところでいうと、やっぱり真っすぐのスピードですよね(この日は最速164キロ)。ただ、160キロっていったら速いですけど、バッターが対応できないかっていうと、そういうわけでもないんですよ。(バットに)当てることはできるし、前に飛ばすこともできると思うんです。それでもなかなか前に飛ばすことができないのは、ボールの質が良いから。それは投げているフォームであったり、バランスとか体の使い方が良いからですよね。フィジカル的にもすごく効率的な体の使い方をしてるから、あれだけ伸びのあるボールになると思うんです」

 そのストレートに加え、佐々木には球速がありながらも落差の大きいフォークボールがある。この日の19奪三振のうち、ストレートで取ったのは4つだけ。残りの15個はフォークによるものだった。

「あの真っすぐがあるからこそ、フォークが生きると思うんですよね。フォークもキレイに落ちるのと、ちょっとスライド回転する球があるので、余計に打つのが難しかったと思います。(フォークも)150キロ近く出てますから、バッターからしたらボールが(手から)離れた瞬間に真っすぐかフォークか判断しなきゃいけないんですけど、それが難しい。真っすぐのタイミングで打ちにいって『あれ、違う』みたいな感じですよね」

 岩手・大船渡高3年の時に、非公式ながら高校野球史上最速の163キロをマークし、「令和の怪物」と騒がれた佐々木だが、ドラフト1位でロッテに入団した2020年は一・二軍ともに実戦登板ゼロ。2年目の2021年にようやく一軍で11試合に先発し、3勝を挙げた。そんな佐々木に対して「過保護ではないか?」との声があったのも事実だ。

「出力を出すピッチャーっていうのは、ケガのリスクも高いんですよ。そう考えたら、佐々木投手の場合は慎重にはなりますよね。そこで守りに入りすぎても成長っていうのはなかなか難しいし、プランの中である程度、刺激を強めに入れるところは入れて、休ませるところは休ませるっていうメリハリが上手くないと、選手というのは伸びていかないと思うんですよ。それが上手くできたんでしょうね。この今の段階での彼のパフォーマンスを見たら、ロッテの育成方針は絶対に評価されるべきです」

 完全試合も含め、今シーズンの佐々木はここまで3試合に先発して2勝0敗、防御率1.57、パ・リーグでもダントツの42奪三振と素晴らしいスタートを切っている。今後の佐々木に、五十嵐氏が期待することとは何か。

「期待というか、彼がこの後どんなピッチングを見せてくれるのかっていうのが楽しみですよね。その中でやっぱり相手も対策を練ってくるので、どこかで何か変えなきゃいけない時もあると思うんです。その時にどうアジャストしていくのか。今のように真っすぐとフォークみたいなスタイルで行けるところまでは行くと思うんですけど、ずっとそうはいかないと思うので。そうなった時の彼の成長とか、(高卒新人捕手の)松川(虎生)選手とのバッテリーでどう組み立てていくのかとか、そういう変化を見ることができたら面白いなと思います」

 今季はここまですべて日曜日に先発している“サンデー朗希”が次も中6日でマウンドに上がるのであれば、登板は4月17日の北海道日本ハムファイターズ戦。開幕から16試合を消化して4勝12敗でリーグ最下位に沈み、1試合平均2.25得点は両リーグワーストと打線も低調なだけに、2試合連続の偉業も期待したくなるが──。

「さすがにあれだけ真っすぐとフォークで来ると、バッターもそんなに振らなくなりますし、コンパクトに打っていこうとなると(前回のオリックス戦と)同じようにはいかないと思います。でも、やっちゃったらすごいですよね。これは絶対に見ないといけないです」

地上波での野球中継が少なくなる近年において、登板予定の17日にテレビ東京で緊急完全生中継が決まるなど一気に野球ファンだけではなく、国民の関心事となった佐々木朗希。

投手心理などに関する論理的かつ落ち着いた解説で引っ張りだこの五十嵐氏もこの試合の解説が決まったが、マイクを前にどんな話をするのか楽しみだ。

 過去に2試合連続でノーヒットノーランを達成したのは、メジャーでも今から84年前のジョニー・バンダミーア(シンシナティ・レッズ)だけ。2試合連続の完全試合はもちろん、パーフェクトゲームを2度成し遂げたピッチャーは、日本にもメジャーにもいない。佐々木がBIGBOSS(新庄剛志)監督率いる日本ハムを相手にどんなピッチングを見せるのか、五十嵐氏が言うとおり「これは絶対に見ないといけない」試合になりそうだ。

※文中の今季データは4/14現在


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。