単年ベースでは2018年のダルビッシュ(当時カブス)の2500万ドルを抜いて日本選手最高額の年俸を手にすることになった大谷。今季のメジャー全体で見ても、その額を超えるのは14人程度しかおらず、破格な条件であるのは間違いない。一方で、出場登録3年以上、6年未満の選手に与えられる年俸調停の権利をあっさり放棄して契約延長に至った流れを「理解に苦しむ」と報じる米メディアも。70~80億円での契約更新もあるとみられていただけに、予想以上に早い決着を驚く向きは多い。

《大谷の年俸推移》
2013年 日本ハム 1500万円
2014年 日本ハム 3000万円
2015年 日本ハム 1億円
2016年 日本ハム 2億円
2017年 日本ハム 2億7000万円
2018年 エンゼルス 54万5000ドル(約7630万円)
2019年 エンゼルス 65万ドル(約9100万円)
2020年 エンゼルス 70万ドル(約9800万円)
2021年 エンゼルス 300万ドル(約4億2000万円)
2022年 エンゼルス 550万ドル(約7億7000万円)
2023年 エンゼルス 3000万ドル(約42億円)
※18年以降は1ドル=140円で換算

《米大リーグ・主な日本選手の年俸》
ダルビッシュ有(カブス):2018年 2500万ドル
田中将大(ヤンキース):2020年 2300万ドル
イチロー(マリナーズ):2008-12年 1800万ドル
鈴木誠也(カブス):2023年 1700万ドル


 ただ、これで大谷がしばらくエンゼルスでプレーすることになるかといえば、決してそうは言い切れないのが実際のところだ。ポイントは来季終了後にフリーエージェント(FA)になるという事実に変わりがないということ。7月末までの夏のトレード期間に移籍する可能性が消えたわけではなく、実際には次のさらなる大型契約に向けて“たたき台”ができたに過ぎない。つまり、去就問題は先送りされただけともいえる状況なのだ。

 エンゼルスにとって「1年限定」でも契約を延長することは、可能な限り最適な“妥協点”だった。今年8月に球団売却の方針を発表し、現在は手続きを進めているところ。ロサンゼルス・タイムズ紙のオーナーで医師のパトリック・スンシオン氏や米プロバスケットボールNBAウォリアーズのオーナーであるジョー・レイコブ氏のほか、日本人の候補がいるとの報道も出ている。そのプロセスで、球団の価値を確定させる必要があり、それを大きく左右するのが大谷の存在だった。

 スポーツマーケティングの米大手「スポンサー・ユナイテッド」が先ごろ公表した2022年のデータで、大谷は史上最多となる17社とパートナーやスポンサーなどの広告契約を結んだことが明らかになった。本拠地エンゼルスタジアムに広告を出したのは日本企業だけで22社にのぼったという。大谷は投打二刀流で歴史的な活躍を見せるプレー面のみならず、球団経営に大きな影響を及ぼしている。

 MLBのロブ・マンフレッド・コミッショナーは「エンゼルスは魅力的な球団。複数の候補が入札するだろう」との見通しを示しており、“争奪戦”となる要因の一つに大谷の存在がある。エンゼルスとしては、売却手続きをよりスムーズに進めるためにも、大谷の去就という不確定な要素を減らす必要があったわけだ。

大谷の描くキャリアプランは

 では、大谷の来季中、もしくはシーズン終了後の去就はどうなるのか。投打二刀流という異質なプレースタイルを持つ大谷にとって、シーズン途中での他球団移籍は調整面からも支障が大きいのは確か。移籍先のチームとしても、編成を大きく左右する選手とあって、なかなかシーズン中に手を出しにくいという側面もある。それだけに、開幕をエンゼルスで迎えることが確実になった今、シーズン途中での球団主導のトレードではなく、現実的にはFA権を取得する来季終了後に大谷自ら主導権を持って移籍か残留かを決断することになる可能性が高い。

 となると、気になるのは大谷がどのようなキャリアプランを描いているかという点。ただ、そこは明快で大谷が望むのはただ一つ、「勝てるチーム」かどうかだ。2021年9月26日の記者会見で、「ファンの人も好きですし、球団の雰囲気も好き。ただ、それ以上に勝ちたい気持ちが強い。もっとヒリヒリするような9月を過ごしたい」と明言。しかし、願いかなわず今季もエンゼルスはプレーオフ進出を逃した。実に8年連続。大谷は加入してから一度も「ヒリヒリする9月」を送れていない。米スポーツサイト、コール・トゥー・ザ・ペンが「大谷に優勝候補だと思わせる補強を、このオフにできることを切に願う」と報じるなど、まさに球団の“本気度”が試されている。

 もちろん、新オーナーの意向に大きく左右される問題でもある。その点に関してミナシアンGMは「新オーナーにも、大谷の重要性を認識してもらうよう伝える。ゴールは、彼が長くわれわれのチームにいることだ」と、球団売却後の方針を説明。さらに、来季のコーチ陣として、投手コーチ補佐に大谷のオフのトレーニング拠点の一つである「ドライブライン」でピッチングコーディネーターを務めるビル・ヘゼル氏を招聘するなど、流出阻止への布石となる動きを進めている。

 11月17日(日本時間18日)にはジャッジ(ヤンキース)、アルバレス(アストロズ)とともに最終候補にノミネートされている記者投票によるア・リーグ最優秀選手(MVP)の発表も控える。今や大谷は、一球団のチーム編成や経営方針を大きく動かすまでの存在。その一挙手一投足に、日本のみならず全米が熱い視線を注いでいる。


VictorySportsNews編集部