エージェントの矜持

 将来を嘱望される有望株らしく、メディアへのリリースもセンセーショナルだった。メディアに送られた1月9日付の発表文。発信地は米ニューヨークで、PGAツアー3試合への出場や、国際的なネットワークを持つ「SPORTFIVE(スポーツファイブ)」という会社とのマネジメント契約締結などが告知された。さらにはクラブと帽子は「PING」、ボールとグローブは「Srixon」といずれも複数年契約を結んだとの内容だった。

 中でも蟬川にとってPGAデビューとなる3試合、ソニー・オープン(ハワイ州)、アメリカン・エキスプレス、ファーマーズインシュアランス・オープン(ともにカリフォルニア州)に参戦できると記した箇所には、スポーツファイブの矜持がにじんでいた。「三つの連続した試合にスポーツファイブが獲得したスポンサー枠で参戦し、PGAツアーにデビューします」との文言。会社の底力が伝わってくる一文だった。 

 蟬川といえばアマチュア時代の昨年、9月のパナソニック・オープンでプロツアー初優勝を果たし、10月の日本オープン選手権では第1回大会以来95年ぶり2度目のアマチュア制覇を成し遂げた。その後の10月31日にプロ転向。今年からプロとしてのキャリアを本格的にスタートさせた。

 将来はメジャー全制覇を目標に掲げるなど、海外志向は強い。関係者によると、マネジメント会社を決める際には「海外ツアーのスポンサー枠をいくつ引っ張ってこられるかも大きな条件だった」と明かす。狙い通りの交渉先が見つかった形に、蟬川は「グローバルな組織構成とスポーツ界におけるさまざまなコネクション、エージェンシーとして世界規模の視野で今まで何人もの最高のプレーヤーたちを導いてきた長い歴史のあるスポーツファイブは、パートナーとして理想的です」とコメントした。

海外でものいうステータス

 スポーツファイブと契約するゴルファーは他に、アメリカン・エキスプレスで優勝するなど現在の男子で世界トップ3に入るジョン・ラーム(スペイン)や、タイガー・ウッズ(米国)以来となる21歳になる前にPGA2勝のトム・キム(韓国)、今はPGAツアーを離れて新リーグ「LIV招待」に行ったものの知名度抜群のフィル・ミケルソン(米国)ら、そうそうたる面々が名を連ねる。

 現在、世界の中で常に活躍できている日本の男子選手は松山英樹くらいしかいない。いくら日本で快挙を果たしたからといってそうそう契約できなさそうな組織だが、なぜ蟬川がスポーツファイブと組めたのか。国際事情に詳しい関係者は「海外では世界アマチュアランキング1位という肩書はものすごくステータスが高い。相当な注目を集めている」と説明する。

 事実、蟬川は昨年の世界アマチュアチーム選手権で個人2位などの実績を残し、世界ランキング1位の座に就いていた。蟬川の前に日本勢で世界ランキング1位に君臨していたのが中島啓太。アマチュア世界一に贈られる「マコーマックメダル」を初めて2年連続で受賞した経歴を持つ。その中島もマネジメント会社は「エクセルスポーツ・マネジメント」。ウッズも契約している一流エージェントだ。

 今回、スポーツファイブの支えを受けた蟬川はソニー・オープンで67位に入り、賞金1万6353㌦(約213万円)を獲得した。アメリカン・エキスプレスでは予選落ちし「レベルが違う」と語ったように壁を感じた様子だったが、両大会の優勝賞金はそれぞれ約1億8千万円と約1億9千億円。世界レベルの舞台で、日本ツアーとは桁の違う高額と名声を得る機会を手にしていたという意味で、アマ時代からの頑張りによって適切なマネジメント会社と契約したといえる。

スポーツビジネスの源流

 現代ではスポーツがビジネスとして巨大なマーケットを構築している。選手を広告業界に売り込んだり、活躍の場を与えたりと多方面にわたってサポートするマネジメント会社は、重要な役割を担っている。中でも長い歴史を誇るのがインターナショナル・マネジメント・グループ(IMG)という老舗で、ゴルフやテニス、米大リーグ、フィギュアスケート、自動車F1など各競技のトップ選手たちを顧客に抱えてきた。1960年に創設したのが米国の弁護士だったマーク・マコーマック氏。ゴルフ界のスーパースター、アーノルド・パーマー(米国)の仕事を手伝うのがきっかけだった。アスリートを導いて富を創出する源流はゴルフにあった。

 ビジネスと親和性の高い業界に、流れを加速させるような動きがあった。昨年、ゴルフ規則が大幅に改訂され、アマチュア選手でもエージェントやスポンサーとの契約が可能になった。実際に中島もアマチュアとして昨年1月にエクセルスポーツ・マネジメントとの契約書にサインし、プロ転向は同9月だった。

 今年に入り、用品使用の契約でビッグニュースとなったのが女子のアマチュア、馬場咲希。東京・代々木高2年の17歳で、1月16日にクラブ、ボールなどの使用についてブリヂストンスポーツとの契約が発表された。昨年、全米女子アマチュア選手権制覇を成し遂げた逸材は身長175㌢から繰り出すドライバーショットを武器に、今年は多くのメジャーに出場予定。本人は「中学生の頃から慣れ親しみ、大きな信頼を寄せるブリヂストンのギアとサポート体制で精いっぱい頑張りたい」と意気込み、マネジメント契約先も注目されそうだ。

 市場拡大や海外志向の浸透という潮流は確かにあるが、やみくもに海外のマネジメント会社がいいというわけではない。その選手にふさわしい契約先を選ぶべきで、日本での土台作りを狙う場合は国内できめ細かく対応できる会社の方がベターといえる。アマチュア関係者によると、選択の際に出身校や師弟関係などのしがらみに縛られるケースもある。自らの目指す方向性とは異なり、イベント出演やトレーニング方法など周囲に振り回される状況に陥りかねないだけに、今後ますます指導者層の理解も必要となる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事